多様化する社会を象徴するような、
カラフルなアフタヌーンティーが登場

『AXIS vol.220』(2022年11月1日発売)の特集では、これからを担う若手クリエイターの才能に着目した。そのなかで色彩あふれる華やかな作品で目を引いたのが、ナイジェリア2世の英国人デザイナー、インカ・イロリだ。両国の文化に影響された作品は、底抜けに明るく、カラフルで、私たちを元気にしてくれる。本誌特集では彼の社会的な活動に焦点を当てたが、ここではもうひとつの異なる側面を取り上げたい。

▲アフリカの太鼓を想起させる、ガラス製のケーキスタンド。

多様性が感じられる現代のアフタヌーンティー

2021年のロンドン・デザイン・メダルで新人賞を獲得して以来、イロリはデザインのみならず、音楽やファッションなど、各方面から熱い視線が注がれている。そのなかで、特に興味深いプロジェクトが、ロンドンのナイツブリッジにあるブルガリホテルのアフタヌーンティーをデザインしたことだ。

アフタヌーンティーとは、1800年代中頃、英国貴族の間で始まった喫茶習慣。ランチとディナーの間、ちょっとお腹がすいた頃に、紅茶を飲みながら、サンドウィッチやケーキなどの軽食を取るというものだ。時代は移り変わり、めっきり貴族も少なくなった昨今、英国の人々の食習慣はすっかり変わってしまった。かつてどこの街角にもあったティーハウスは、コーヒーチェーン店へと様変わり。一方で、伝統的なティーセットや3段のケーキスタンドに歓喜しているのは、外国人ツーリストばかりだ。

少し話が逸れたが、現在、英国人と言っても、アジア系やアフリカ系を祖先に持つ、2世や3世が少なくない。多様化する社会にふさわしい、新しいタイプのアフタヌーンティーがあったら面白いだろうと思っていたところに、期間限定(2022年9月中旬より約2カ月間)でイロリのアフタヌーンティーが登場したのだ。

▲色鮮やかなスイーツは、ベスト・イタリアン・ペストリー・シェフの受賞歴があるパティシエ、ジャンルカ・フストとともにつくり上げた。

カラフルな床置きのガラスのケーキスタンドは、アフリカのトーキングドラムの一種である鼓型の太鼓「ドゥンドゥン」を思い起こさせる。「ロンドンというさまざまな異文化が織りなすモザイクのような様を、球体と幾何学を用いたティースタンドとして表現しました。アフタヌーンティーを通じて、人々が、賑やかで、彩り豊かな食事を楽しんでくれることを望みます」と語るイロリ。

彼のデザインしたスタンドには、まるで英国の小説家、ロアルド・ダールの「チャーリーとチョコレート工場」に登場するウィリー・ウォンカのような原色のスイーツが置かれていて、これもイロリの発案というから驚きだ。9月末に開かれたプライベートビューでは、建築家デイヴィッド・アジャイの弟、ピーター・アジャイがDJを務め、お洒落なアフリカンの若者たちが集った。多様性と現代性が感じられる、ユニークなアフタヌーンティーだった。

▲布ナプキンは限定で200枚が販売された。

▲このアフタヌーンティーは、ロンドン・ブルガリ・ホテルの10周年記念イベントのひとつとして催された。

思い出づくり、一体感、遊びがテーマ

12月はクリスマスの準備で忙しい欧州だが、イロリはロンドン東部のショーディッチ地区に、初めてのポップアップショップをオープンさせた。彼は2020年に自身のブランドを設立している。ナイジェリアというルーツと、地元ロンドンの風景からインスピレーションを得たというカラフルで陽気なテーブルウェアやテキスタイルを中心にしたラインアップは、ウェブサイトやミュージアムショップで販売されていたが、ポップアップショップには新たなものが加わった。家庭用品のほかステーショナリーやゲームといった新しいアイテムは、思い出づくり、一体感、遊びがテーマだ。

▲グリーン、ピンク、スミレ色を用いたポップアップショップの店内。西アフリカの家屋やモスクからインスピレーションを得たという。ポップアップショップ(住所:9 Club Row, London E1 6JX)は2022年11月30日〜2023年1月3日まで。Photos by Ed Reeve

例えば、「アヨ・ゲーム」(275ポンド)は、ヨルバ族の間で人気のあるボードゲーム。イロリは、自らのルーツに敬意を払い、インテリア性の高いオブジェとして生まれ変わらせた。また、「チェアマンのTシャツ」(55ポンド)には、イロリの初期の作品であるアップサイクルの椅子が描かれている。チェアマンとは、彼の友人の口癖であり、ナイジェリアのスラングでもあるという。このように、作品には独自の物語があり、トレードマークでもあるカラフルなパターンやプリントが記されている。

▲3色のパターンが用意された「アヨ・ゲーム」。

▲「チェアマンのTシャツ」は、白とクリスマスグリーンの2色。

前回の取材で、イロリの西ロンドンのスタジオを訪れた際、色の持つパワーに圧倒されたが、そのなかにいくつものプロトタイプが置かれていることに気がついた。西ロンドンのスタジオで椅子を自主制作しながら、自らブランドを立ち上げ、それを発展させていく様は、さながら英国人デザイナー、トム・ディクソンの姿を彷彿とさせる。「アフリカのトム・ディクソンみたい」と言うとイロリは大爆笑していた。

▲「愛は常に勝つマグ(LOVE ALWAYS WINS MUG)」と「夢を抱けば必ず成し遂げられるマグ(IF YOU CAN DREAM ANYTHING IS POSSIBLE MUG)」(25ポンド)。これらの言葉はイロリのスローガン。パンデミックの最中、この言葉を街の外壁にペイントして人々を勇気づけた。後日それをマグカップにした人気商品だ。

インテリアのトレンドは、これまでのミニマリズムからマキシマリズムへと移行している。長くつづくコロナ禍で家にいる時間が長くなったためか、自らの好きなものに囲まれて暮らしたいと思う人が増えているからだろう。研ぎ澄まされた工業製品に疲れた人々に、どこか温かみの感じられるイロリのプロダクトは、不思議と人を楽観的な気持ちにさせる。アフリカ系のアートが流行中の現在、イロリの大胆な色彩感覚も、デザインの世界に影響を与えていくだろう。End

インカ・イロリ/1987年ロンドン生まれ。ロンドン・メトロポリタン大学プロダクト&家具デザイン学科卒業。デザイナーのリー・ブルームの下でインターンシップとして働いた後、2011年に独立し、「寓話コレクション」を発表。プリンセストラストからの助成を受け、2013年から2015年まで毎年個展を開催。なかでも2015年の「もし、椅子が喋れたら」が話題となる。2017年スタジオ設立。「リストレーション・ステーション」「ハッピー・ストリート」といったソーシャルプロジェクトが評価され、2020年ロンドン・デザイン・メダルの新人賞受賞。以来、レゴ、アディダス、ブルガリといった企業のほか、エス・デヴリンといったデザイナーらと協業する。Photo by Ed Reeve