長くミラノで活動してきたが、2008年に拠点を京都に移し、2014年にMOLFO合同会社を設立。近年では、人にも環境にもやさしく、古くから日本で使われてきた麻の一種、ヘンプ素材を用いて「ヘンプブレッドバスケット」や、今年は音響壁装材「ZAMA」を発表。90年代末に活動をスタートしてから、一貫して地球環境を考慮し持続可能な社会に向けて取り組む、ヒロミ・キムにデザインに対する考えを聞いた。
日本とイタリアでデザインを学ぶ
高校生の頃にインテリアデザイナーの仕事を知って、デザインの仕事に興味をもった。「頭の中で考えたことを具現化できる仕事に感動して、女性デザイナーが活躍していることにも勇気をもらいました」と語る。京都芸術短期大学に入学し、建築インテリアを専攻する。
在学中に研修旅行で訪れた、イタリアの歴史的な街並みや文化遺産に触れてカルチャーショックを受け、この地でデザインを学びたいと思い、ミラノ工科大学への留学を決めた。80年代当時、イタリアのデザインがひじょうに活気を帯びていた時期でもあった。
ミラノ工科大学では、アンドレア・ブランジをはじめとする名だたる教授陣のもとで建築、インダストリアルデザイン、デザインマネジメントを普通科やマスターコースと合わせて5年間学んだ。
1997年から、ミラノでフリーランスとして活動を始める。その頃から地球環境を考え、持続可能な社会に向けて再生素材やMDFを使った家具をサローネサテリテに出展していたのが印象に残っている。今も同じ思いのもとで取り組んでいるが、そうした考えに至った背景をこう語る。「私は京都で生まれ育ったのですが、父がよく海や山に遊びに連れて行ってくれて、その美しい自然の風景が原体験として心に残っています。次第に環境汚染や気候変動による自然災害が進む状況を見聞きすることが増えていき、胸が痛みました。そこで自分にできること、デザインを通じてやれることをしていきたいと考えたのです」。
美しく機能性も高い、ヘンプ素材との出会い
2008年に京都に戻って個人事務所を立ち上げ、2014年にMOLFO合同会社を設立。その前年に、ヘンプという素材に出会った。ラミーやリネン、ジュートなどと同じ麻の一種で、どんな環境下でも育ち、栽培時に化学肥料や農薬は不要で、土壌改良もしてくれる地球環境にやさしい一年草の植物である。
日本の神道とも深いつながりがあり、伊勢神宮の神札やおはらいをするときの神具、天皇即位の中心的儀式「大嘗宮の儀」では、徳島県でつくられた麻(ヘンプ)の織物「麁服(あらたえ)」が供えられるなど、古くから使われてきた神聖な植物としても知られる。3メートルほどの長い茎の部分の繊維でつくられる生地は、シャリ感があり、品のある光沢が美しく、吸湿や吸汗性、通気性、抗菌性、消臭性に優れ、紫外線防止指数が高く、耐久性は綿の4倍と、機能面でも利点が多い。
そんな魅力あふれるヘンプという素材を用いて、パンを美味しく保つための「ヘンプブレッドバスケット」を制作し、2016年に販売をスタートした。着想のきっかけは、イタリアの暮らしで体験したことだった。
「イタリアでは、パンを購入したときには紙袋に、配達してもらう際は麻のバッグに入れられ、レストランでは布を敷いたカゴに入れて出されます。ところが、日本では購入するとビニール袋に入れられることが多く、焼き立てなのにしんなりしてしまって、美味しさが損なわれてしまうのが気になっていました」。そして、布で容れ物をつくれないかと考えていたときに、ヘンプ素材と出会って結び付いた。2017年には、持ち運びに便利なブレッドバッグ「デネブ」を発表し、2020年には、汚れが目立ちにくいブラックの新色を加えた。
音環境のデザインを考える
今年6月には、ヘンプ素材を用いて開発した音響壁装材「ZAMA」を発表した。これは新型コロナウイルスの影響によって在宅時間が長くなり、住民間の音の問題が高まっていることが発想の契機となった。音楽家や収録スタジオなどで使う黒いウレタン製の吸音材もあるが、石油由来の素材でつくられたものが主流で、家の中に設置するには存在感がやや重い。
そこでヘンプをはじめ、地球環境に配慮した素材を中心に用いて、インテリア性を兼ね備えたものを開発しようと考えた。「ZAMA」の表面はヘンプの生地で、内部は吸音下地材やコルクなどで構成されていて、吸音性はもとより、断熱性や吸放湿性、調湿効果もある。
「ZAMA」のもうひとつの特徴は、デジタルの鑑定書や証明書となるNFT(非代替性トークン)という、ブロックチェーン技術を導入していることだ。これまでデジタルアートや音楽の分野で取り入れられてきたが、近年ではファッション界の参入も相次ぎ、デジタルのものだけでなく、リアルなプロダクトにもつけられるようになったことで、世界的に注目されている。
NFTの最大のメリットは、唯一無二の作品であるという証明になるので、アート作品のような資産的価値や希少性が高まることだ。また、偽造や複製品の抑制にもなり、二次流通時にロイヤリティが発生するので、クリエイターの権利と利益を守ることにもつながる。また、多様な可能性を秘め、今後のビジネスの発展が期待されていることも魅力だったという。
デザインとは、つくり手の思考を表すもの
活動を始めてから、今年で25年目を迎える。一貫して地球環境を考えたものづくりに取り組んできた、ヒロミ・キムが考えるデザインとは何か。
「デザインというのは、自分は何者で、何者になろうとしているのかという、つくり手の思考そのものだと思うのです。デザインには、どういう素材や色を使って、何のために、誰が、どうやって使うのか、どのようにプロダクトサイクルが終わるのかまで考えることが含まれています。例えば、素材の選び方や使い方によっては、地球環境に悪影響を及ぼすものになってしまう一方で、数世代にわたって使い続けられるものにすることもできます。つまり、ものにはつくり手の思考が表現され、人としてのあり方が反映されると思うのです。私は地球環境に配慮することはもちろん、今、活用できるものを駆使して、今までの生活のクオリティ以上の快適さや喜びを人々にもたらし、あるいは問題解決をして、心の平安や調和を生み出すものづくりをしていきたいと考えています」。
コラボやマッチングにも挑戦していきたい
「ZAMA」は、オフィスやホテル、公共施設などへの納入も視野に入れて、大きな面積を飾る空間のシミュレーションをインスタグラムで紹介している。縄編み調のものやパラメトリック調(CADで創出した模様のバリエーション)にデザインしたパネルなども織り混ぜて、多彩なインテリアシーンを提案。今後、色や形状のバリエーションを加えていく予定だ。
「ZAMAを通じて、建築家や異分野のクリエイターとのコラボレーション、ほかにもAIのような新しいテクノロジーや伝統工芸とのマッチングにも挑戦してみたいですね」と願望を語る。ヘンプという魅力的な素材と出会ってから、自身が目指すものづくりの世界が大きく広がりを見せ始めている。コラボレーションやマッチングに興味がある方は、ウェブにぜひアクセスしてください。
Hiromi Kim(ヒロミ・キム)/クリエイティブディレクター&デザイナー。京都生まれ。京都芸術短期大学で建築インテリアデザインを学んだ後、ミラノ工科大学修了後、ミラノを拠点にフリーランスとして活動。2008年、京都にHIROMI KIM DESIGN OFFICEを設立後、2014年MOLFO合同会社を設立。手がける分野は、プロダクト、グラフィック、ウェブ、空間デザイン、デザインプロデュースと多岐にわたり、持続可能な社会の確立を目指し、表層的な美しさの追求でなく、真の人の幸福や喜びに焦点をあてたアプローチを行う。