近い将来、フィジカルとバーチャルを横断するくらしが当たり前となっていくだろう。 これからのくらしのなかで豊かさを生み出していくためには、バーチャルな世界のフィルターを通して見たフィジカルな世界の価値を再認識し、未来に向けて実装していく必要があるのではないか。
「Creators Session」では、パナソニック 未来創造研究所とアクシスデザイン研究所がさまざまな分野の若手クリエイターたちとともに、全5回のセッションを通じて未来のくらしを思考する。第1回はバーチャル建築家の番匠カンナ氏を迎えた。
登壇者
番匠カンナ(idiomorph)
齋藤直輝(パナソニック デザイン本部 未来創造研究所)
迫 健太郎(パナソニック デザイン本部 未来創造研究所)
小山真由(パナソニック デザイン本部 未来創造研究所)
モデレーター
魚住英司(アクシスデザイン研究所)
建築からメタバースへ
ーーバーチャル空間上で空間設計に取り組まれている番匠さんに、建築とメタバースの関係性についてうかがえたらと思います。
番匠カンナ(以下、番匠):皆さんメタバースという言葉から、どのようなイメージを連想しますか。VRゴーグルやアバター、NFTやWEB3、クリプト、そういったものと関係があるのではないかと漠然と感じつつも、やはり範囲が広すぎてよく分からないというのが正直なところだと思います。
今日、私が「メタバース」と指すのは、上図黄色の領域です。VRSNSはVR技術から派生して、多くの人がバーチャルな世界をプレイしている空間です。私が興味を持っているのはまさにこの部分です。今回はメタバースの、特にVR+VRSNS領域についてお話しします。
その前に、私自身の出自について簡単にご説明します。私は東京大学大学院の建築専攻を卒業後、隈研吾建築都市設計事務所で7, 8年ほど働いていました。リアルの世界で、日本や中国などの建築プロジェクトに携わってきました。
そしてそろそろ独立かという時期に、VRChatというものに初めて触れました。たまたま友人から教えてもらったVチューバーのミライアカリさんの動画でVRChatの存在を知り、そこで人々がバーチャル空間上で思い思いに活動しているのを見て興味を持ちました。最初はアンビルト建築をバーチャル空間上で再現して、その中に他のユーザーを呼び込んだり、VR上で何ができるのか試行錯誤をしていました。
その後、建築物ではないものもバーチャル空間上でつくれるのではないかと考えて、「立体核図表VR」を何人かのバーチャル世界の友人の力を借りながらつくりました。原子核物理学という分野ではX軸が中性子数、Y軸が陽子数、Z軸がエネルギーを表す三次元の図「立体核図表」があります。2Dの教科書で見るよりも、みんなでその表の中に入ったら面白いんじゃないかと。実際につくってみると、宇宙の誕生から重い原子核がどういう順番で発生したか体感できたり、研究者と交流を持ったりすることができました。
加速する価値の移動
ーー世間では、メタバースについて「メタバースが来る」という言われ方をしています。これはいったいどういう状態のことを指すのでしょうか。
番匠:簡単に言えば、リアルな世界(アトム)からデジタルな世界(ビット)への価値の移動が加速するということだと思います。これまでは液晶画面のような、2Dのインターフェイスを介して両者が繋がっていましたが、XRの登場によってこのインターフェイスが無くなり、価値の移動がさらに加速しています。
身振りなどといったファジーな情報を、アバターコミュニケーションとしてリアルタイムに伝えられるようになっていることは、メタバースが「来ている」一例と言えます。
こういった変化に対して、空間設計者は何をすべきか。アトムとビットが入り混じった、新しい世界の空間が果たせる価値を考えることは面白い課題です。同様に、この入り混じった世界に残るフィジカルな価値を考えることも重要な課題だと思います。今後、もしかしたらフィジカルなものは贅沢品になるかもしれないですし、フィジカルな空間の意味は問い直されつつあります。
そんな今こそ、リアルの建築とバーチャルの建築を分け隔てなく、重なる部分を空間として考えていきたいと思っています。
バーチャルの世界ならではのコミュニケーション
ーーフィジカル空間で仕事をされている未来創造研究所の皆さんは、バーチャルの世界についてどう感じたでしょうか。
迫 健太郎(以下、迫):私はコミュニケーションデザインを専門としていますが、いまフィジカルなものが嗜好品のようになっていく変化を肌で感じています。コミュニケーションにおいて、フィジカルとバーチャルの間にはそれぞれ向き不向きがあると思いますが、そこにはどんな違いがあるでしょうか。
番匠:向き不向きは両者にあると思います。バーチャルの世界は全て誰かがつくったものです。極端な話、雨が降っていてもその作者が必ずいる。フィジカルな世界が持つ物質のアウラとか余計なノイズ、そういったものもバーチャルな世界では、作者がつくらなければ存在しません。逆に言えば、受け手の体験を緻密に設計できるところが良い点です。何かの体験や要素に特化した豊かなコミュニケーションは生まれやすいかもしれないですね。
フィジカルの世界はバーチャルの世界に比べて情報量が桁外れです。バーチャルの世界は、見た目がどんなに綺麗でも裏側はポリゴンなのでペラペラですし、バーチャルの世界には持って行けない体験もあります。例えば、今のところVRで遊んでいる人は単身者が多いですが、子どもを育てるとか触れるといったインタラクションは持って行ける気がしません。そこにフィジカルとバーチャルを横断するくらしのヒントがあるような気がします。
齋藤直輝(以下、齋藤):今まではフィジカルの特権であった身体性、触覚などはバーチャル上でも再現できますし、嗅覚や味覚も長い目で見れば再現できると思います。一方で、場から感じる空気感や背後の人の気配などは、今後も再現することが難しいのではないかと思っています。森の中に入った時、ふと風が吹いて、良い香りがして記憶を思い出すというような偶発性は、バーチャル空間でどうつくるのか。アルゴリズムを組めば再現できるのかと思いますが、誰かが意図的につくったものだと考えると、どこまで自然の中にいるような感覚、偶発性を生めるのかは、フィジカルとバーチャルの境目だなと感じています。
番匠:ここ5年、10年で実現されないにしても、いずれは嗅覚や触覚も再現できるように大学などでの研究は進んでいます。先ほど、作者の意図しかないとは言いましたが、自然もある程度、数式に換えることができますので、風から匂いを感じるといったことも長い目で見れば実現できると思います。フィジカルの特権と言えるのも、いつまでか分からないと思っています。
齋藤:技術が進んでいった先が、映画「マトリックス」のような世界になった時に、それは幸せなんだろうかと思うことがあります。夢の中では空を飛ぶ感覚や、すごくイヤな触感を感じられるのと同じように、ブレインマシンインターフェイスによって再現できるのかと思いますが、どこまでいくのが正解なのでしょうかね。
魚住:意図に関してだと、ディズニーランドへ行った思い出で、待ち時間がすごく印象に残ることってありますよね。それを求めて行ってはいないけど、偶然生まれてしまったものが記憶に残るということもあるでしょうし。どこまで意図的にやるのか設計できるからこそ、体験に影響しそうだなとすごく感じます。
迫:ユーザーが不快だろうなと思うものを作り手が事前に全部取り除いてしまうので、バーチャルは快適になってしまうのですが、逆に快適すぎてつまらない。待ち時間が暑かったけど、あれも楽しかったなということがあるじゃないですか。どうバランスを取っていくか、難しいし面白い部分だと思います。
バーチャルの世界で繋がる感覚
ーー小山さんと齋藤さんはそれぞれ都市デザイン、空間デザインを専門とされています。お二人の立場からバーチャルに対してどんな疑問をお持ちでしょうか。
小山真由(以下、小山):私はバーチャルの世界で、どうやって人と人の居場所をつくっていけるのかに関心があります。バーチャルの世界は同じ属性の人を同じ場所に集めることに向いていると思いますが、一方で、なんとなく一緒にいるような、緩やかに場所を共有する感覚は持てるのでしょうか。
番匠:今後、技術が向上することで可能かもしれませんが、現実の都市のように大勢の人がいる環境でゆるやかなつながりを持つことは、現状では難しいかもしれません。自分が好きなアバターで、お互いに同期したコミュニケーションができるのは、今はひとつの空間に30人程度が限界です。1万人みんなでいたら、街の雑踏のように知らない人もいる。そういう感覚になると思いますが、今は友達の友達ぐらいの関係性の共有に留まっています。
小山:バーチャルの世界でもコミュニティづくりは活発に行われていると思いますが、バーチャルだからこそ生まれる関係性に何か特徴はありますか?
番匠:アバターでコミュニケーションすることで、フィジカルの世界よりもノイズが少なくなることです。表情は10種類ぐらいですし、アバター自体もリアルな人体と比べたらずいぶん簡略化されています。
一見、不便に思われるかもしれませんが、逆に内面のつながりは深まります。ラジオのパーソナリティとの距離感って、現実よりも近く感じることがあるじゃないですか。それと似ていて、より腹を割って話すことができる。それはフィジカル世界の私たちのコミュニケーションでは生まれにくいことかなと思います。
バーチャルにおける空間設計
齋藤:フィジカルの建築は外部環境の影響や、ステークホルダーをどうまとめていくかといった制約の中でつくっていきますよね。他方、バーチャルはフィジカルに比べて制約が少ないように思えます。実際、バーチャルとフィジカルの間で設計手法や考え方の違いはありますか。
番匠:バーチャルの世界では音楽や動画をつくるように、つくりながら考えたり、後で変えたりすることができます。一方、フィジカルの世界の建築は絶対にミスできない。みんなで事前に完璧な図面をつくって、完璧に管理する必要があります。
バーチャルの世界は一見、制約がないように見えますが、実はたくさんあります。描画負荷という制約が一番分かりやすいかもしれません。みんなバラバラの環境でバーチャル空間を体験するのですが、スペックが低いマシンを使う人たちのフレームレートが極端に下がらないようにといった配慮が必要です。
コンテンツの観点では、バーチャル空間は特定の目的に特化することに向いていると思います。先ほどの「立体核図表VR」のように、バーチャル空間ではアバターなども含めてトータルに設計することが可能です。尖った目的を立てたらとことんつくり込むことができるので、設計者としては面白い世界だと思います。
齋藤:フィジカルとは全く異なるコミュニケーションを行えるバーチャルの空間設計は、さまざまな事例やディスカッションを含め刺激的でした。体験設計を主軸に、フィジカルとバーチャルを融合した空間づくりを、ここから考えていきたいと思います。
番匠:バーチャルの良さは、内面的なつながりを元にした、少人数による「小さな公共」がとても強い部分だと感じています。一方でフィジカルには、知らない大人数が集まる楽しさや予想できない出会いもあります。現状ではバーチャル側の弱いところかもしれません。そのような深層の違いをさらに言語化・活性化していきたいなと感じました。私はここ数年はバーチャルの世界をしばらくメインにしてきたのですが、今度はフィジカルの世界のことも同時に考えていきたいですね。
番匠さんにとってのフィジカルとは/バーチャルとは
番匠:そこに差異はないと思ってフィジカルからバーチャルへと設計対象を拡げましたが、やってみるとむしろ差異は明確にあり、そして差異があるからこそ、フィジカルで得たアイデアをバーチャルへ、バーチャルで得たアイデアをフィジカルへと、移動させることに価値が生まれるのではないか、と思っています。
パナソニック 未来創造研究所 X アクシスデザイン研究所 Creators Session
第1回「メタバースにおける空間設計とコミュニケーション」ゲスト:番匠カンナ
第2回「もうひとつの世界で生きる」とは? ゲスト:バーチャル美少女ねむ
第3回「バーチャルな社会のつくり方」ゲスト:加藤直人
第4回「身体感覚・体験を共有する未来」ゲスト:玉城絵美
第5回「人類が調和する社会」とは? ゲスト:佐久間洋司
(文/水谷秀人、写真/西田香織)