東京ビジネスデザインアワード 2019年度優秀賞
菱源株式会社 & 柳沢祐治 防災プロダクト「TOMORI AID」
商品化への道のりインタビュー

2019年度の東京ビジネスデザインアワード(TBDA)で優秀賞に選ばれたが、コロナ禍によりマッチング企業との商品化が難航。そこでデザイナーの柳沢祐治が独自に開発を進めることを決断し、新たなパートナー企業とともに商品化を実現した。「どうしても世に出したい」というデザイナーの強い熱意と行動力が周囲を動かした。

自ら避難所の状況を体験

――「TOMORI AID(トモリエイド)」は、ダンボールの板をポップアップするだけで、とても簡単に組み立てられ明かりですが、どんな懐中電灯でも使えるのですか。

柳沢祐治(デザイナー) はい。セットでUSB充電の懐中電灯が付属していますが、標準的なサイズの懐中電灯ならどのメーカーのものでも使えます。避難するときには、一家庭で3、4個の懐中電灯は持って逃げると思うので、それを使えることがいちばんの利点です。

――避難所での体験から生まれたアイデアとのことですが。

柳沢 多摩川沿いに住んでいたのですが、2019年に19号台風が来たときに増水して避難勧告が出たので、近所の体育館に逃げました。ちょうどTBDAの応募期間で、ダンボール素材と防災を結びつけてはどうかと考えていたところで、実際に避難所の状況を体験してみようという気持ちもありました。

――避難所はどんな様子だったのでしょうか。

柳沢 まず、台風の中を逃げるので、持てる物が限られます。常備していた防災用品がリュックサックに入り切らないので、タオルや着替えを減らして、なんとか詰め込みました。ずぶ濡れでようやく体育館に着くと、ほかにも逃げてきた人や、パトカーで運ばれてきた高齢者が大勢いて、騒然としていました。

持参したキャンプ用の椅子に座って、メモ帳を片手に観察していましたが、明らかに足りないものだらけ。その状況を解決したくても、個人のデザイナーや中小企業が介入できるレベルではないということを思い知らされました。特に気になったのは照明です。消灯後、仮設トイレに行くために懐中電灯をつけると、足元で寝ている人たちの顔に光が当たってしまう。ただでさえ極限の状態なのに、さらにストレスをかけてしまうのが嫌でした。そこで皆さんが持っている懐中電灯を使ってランタンみたいなものができないかと考えたのです。持ち運びしやすいように、ダンボールなどを使って軽くて折り畳めるものなど、どんどんアイデアを発展させていきました。

――見た目もいわゆる「防災用品」という感じではなく、インテリア雑貨のようです。

柳沢 防災用品は無機質で、日常のものとはかけ離れた見た目をしていることが多い。避難所には子どもたちもたくさんいて、親の不安な気持ちが伝染しちゃうんですよね。こういうところにこそ、心を落ち着かせる色や形があるべきじゃないかと思いました。いちばんいいのは、普段使っているものが、いざというときにも持ち出せて使えること。「どこに行ったんだろう」と探すこともないです。

熱意の連鎖

――TBDAで優秀賞を受賞し、これから商品化というときにコロナ禍となりました。

柳沢 もともとマッチングしていた会社がコロナ禍で開発が厳しい状況になってしまったんです。僕としては「一刻も早く世に出したい」という気持ちがあったので、僕がその会社から意匠権を買い取って、法人化し、自分で売り出すことにしました。TBDA事務局や審査委員の日髙一樹さん(特定訴訟代理人・弁理士/デザインストラテジスト)の助言を得ながら、あとで問題にならないように、まずは権利関係を整理しました。

――デザイナーが自らものをつくって売り出そうとする熱意がすごいですね。

柳沢 もともとベルリンで活動していたのですが、海外のデザイナーって、自分で製品までつくってそれをギャラリーに持ち込んで売る、みたいなことが普通にあるんです。海外でそうした行動力を目の当たりにしてきたので、待っている時間がもったいないと思いました。

それで次に、このダンボールの抜き加工をできるところを探すため、ネットで検索して片っ端から電話して聞いていきました。そのなかで1社だけ、愛知県のリープさんというレーザー加工会社が「図面を送ってみて」と言ってくれたんです。いろいろ助言をもらって、サンプルまでつくってくれて。「うちで設計はできるけれど、加工は適任の会社があるからつなぐよ」と、菱源さんを紹介してもらいました。

▲デザイナー 柳沢祐治

――フットワークがいいですね。

赤畑 会社として「いいもの、可能性がありそうなものは食らいつけ」という風土があるんです。創業140年と社歴が長い分、さまざまな加工業者さんとのお付き合いがあるため、社内でできないことがあっても皆さんの協力を得ながら、いただいた案件はなんとか実現するのがポリシーです。

また個人的にも、新しい取り組みに関わって情報を仕入れることは、営業マンにとっていちばん大事な仕事だと考えています。形にならなかったとしても、そこで得た知識やノウハウが次の提案にもつながりますしね。

▲菱源株式会社 営業部 マネージャー 赤畑 透

付加価値を高める

――当初の提案からバージョンアップしたところはありますか。

柳沢 応募時は、本体は複数のダンボールパーツを組み合わせ、シェードカバーも数枚の紙を張り合わせる仕様でしたが、それらをひとつのパーツがポップアップして立体になるようにしました。それによって組み立てがより簡単になり、強度も上がります。また、もともとカバーに絵を描けるようにトレーシングペーパー版も考えていましたが、これは今年の夏に発売する予定です。

――苦労されたことは?

柳沢 技術や製造面ではほとんど問題がなく、僕とリープさんで図面を完成させました。ところが、2019年度審査委員の金谷 勉さん(クリエイティブディレクター)に途中段階を見てもらいにTBDA事務局と伺ったら、かなりのダメ出しをもらってしまって。イケイケのはずだったのにボコボコでした(笑)。特に、商品を買っていただくための見せ方ですね。見た目に対して高く感じてしまう。買う人にとってより納得感のある付加価値を打ち出すため、ダンボールっぽくないカラーリングにしたり、懐中電灯もセットで販売するといった工夫をしました。

赤畑 カラーリングについては当初「ダンボールに色をつけたい」という話がありましたが、ダンボールへの印刷は発色があまり良くないのと、印刷方式が通常と違うためコストが高くなるという課題がありました。そこで、材質そのものに色がついているカラーダンボールを提案しました。柄や質感など選択肢が多いので、サンプルを見ながらコストや見栄えを検討し、当社としてはその素材選びがいちばん苦労したところですね。

もっと防災をカジュアルに

――2021年3月に「TOMORI AID」が発売開始しました。反響はいかがでしたか。

柳沢 クラウドファウンディングの「マクアケ」と自社ECサイトでスタートしましたが、最初の1年はプロモーションをしなかったので、売り上げが伸びてこなかったんです。そこで2年目は、都の助成金を取ってギフトショーと防犯防災総合展に出展してみました。すると小売店やメディア取材がたくさんきてくれて、大きな反響がありました。今年に入ってからは、ロフトなど量販店でも取り扱いが始まり、本格的に伸びてきています。

――お客さんの反応は?

柳沢 「あれ、これ防災グッズなんだ」と驚かれます。近年「Phase Free」といって、平常時と非常時の境界をなくそうという動きがあるんです。例えばキャンプ用品をいざというときにも使うなど、防災をもっとカジュアルなものとしてとらえる方向に転換しつつあり、その流れで着目されていますね。

――コラボレーションや新しい展開などもあるのでしょうか。

柳沢 今、話があるのが自転車の業界です。自転車用のライトって強力で容量も大きいので、実は防災にも適している。自転車のイベントを主催している人たちがこの商品を気に入ってくれて、自転車カルチャーと防災を組み合わせて盛り上げていきたいという話をしているところです。「楽しく取り組んでいたら、実はそれが防災にもなっていた」というアプローチが新しい防災のあり方かなと思っています。

赤畑 実際に、いろいろなところから「オリジナルでつくりたい」という話が増えていて、これからもさまざまな分野から引き合いが出てくるのかなと思っています。

――柳沢さんとの協業はいかがでしたか。

赤畑 印刷業としてさまざまなデザイナーと協業する機会がありますが、柳沢さんがユニークなのは、デザインだけではなく販路やその先の展開まで考えているところ。しかもそれをひとりでやられているところですね。そもそも、このプロジェクトは柳沢さんの想いから始まっていますし、ご本人の「早く進めたい」という意志が強いので、こちらもレスポンスを早くすることを心がけて動いています。データをもらって印刷だけするという仕事も多いなか、こうしたゼロベースから仕上げまで携われるプロジェクトでは新しいことを自らの知識や経験にしていけるので、個人的にもいい機会になっています。

柳沢祐治 https://www.yujiyanagisawa.com

菱源株式会社 https://hishigen.co.jp/

TOMORI AID https://tomori-aid.com

東京ビジネスデザインアワード https://www.tokyo-design.ne.jp/award.html

(写真:西田香織)