2019年度の東京ビジネスデザインアワード(TBDA)でテーマ賞を受賞した第一合成と9FEET Designによるプロジェクトだが、商品化に向けて走り出した矢先にコロナ禍となった。リモートワークの推進などオフィス環境が大きく変わるなか、コンセプトから見直し、個人向けの商品づくりへと方向転換。新しい発想を歓迎するオープンな姿勢が、商品化の実現を可能にした。
ダンプラの可能性を広げたい
――TBDAに参加した理由は?
設楽文法(第一合成 常務取締役 統括部兼広報部 部長) 初代社長がプラスチックコンテナの製造会社から独立して、専門商社を立ち上げたのがはじまりです。当初は工業製品や食品などの物流向けに卸販売していましたが、お客様のニーズに応えるなかで、埋蔵文化財の運搬・保管するための箱や静電気を抑えるダンプラBOXや工場の製造ラインで使用されるラインパレットなど、分野に特化した商品を開発するようになりました。
また、コンテナを販売するなかで、「中で部品が動かないようにしてほしい」という要望があり、間仕切りとして提供するためのプラスチックダンボール(ダンプラ)の加工も手がけるようになりました。
現在、物流用途としてのダンプラ加工品が工業部門の3割を占めているのですが、競合が多いです。価格競争に巻き込まれないためにも、新しい業界の開拓も含めてダンプラの可能性を見出したかったのです。
平井恵美(第一合成株式会社 製造部 部長) ただ、社内でデザインを取り入れた製品のアイデアを考えられる人がいませんでした。2019年にTBDAのことを知って、すぐに「これは応募したほうがいい」と思い、社内で「外部のデザイナーさんとチームを組んでやってみたい」という話を通したのです。
――一方、9FEET Designはなぜ、第一合成が提示したテーマ「繰り返し使え、耐久性に優れた『ダンプラシート』」に興味をもったのですか。
木下 豪(9FEET Design プランナー) TBDAの説明会で第一合成社の話を聞いたときに、とにかくダンプラという素材の面白さに惹かれました。軽くて、丈夫で、加工しやすくて、メンバーとも「コンシューマ向けに何でもつくれるし、広がりもありそうだ」という話をしていました。応募した2019年は、「働き方改革」のもとオフィス環境が見直されているタイミングでした。日本の屏風みたいに、レイアウトを手軽に変えられる機動的なツールはどうだろうかという話から「パーテーション」というアイデアを提案することになりました。
コロナ禍で振り出しに
――パーテーションの提案はテーマ賞を受賞しました。すぐに商品化に向けて動いたのでしょうか。
木下 そうではないんです。最終審査が行われた2020年2月頃から新型コロナの感染が一気に拡大し、誰もオフィスに行かなくなってしまった。根本から考え方を変えないといけないということになったんです。
平井 実は社内でパーテーションの試作をするなかで、歪みや反りといった製造上の課題が指摘されていました。加えてコロナ禍となり、そもそもこれを使うオフィスがなくなりそうということで、社内では積極的に商品化しようという動きにはならなかったのです。
木下 2020年の3月中旬に、皆さんと「コロナを踏まえて、これからどうするか」を話し合いました。パーテーションというアイデアがいくら面白くても、マーケットに受け入れられないと続かないし、歪みや反りといった素材の課題も考えなければいけない。ほかにも製品のアイデアがいくつかあったので、マーケット環境と商品の実現性という視点から優先順位をつけていきました。その結果、当初の提案の精神を受け継ぎつつ、可能性がありそうなのがパーソナルホワイトボード「WIPE」のアイデアでした。
何でも仕入れて、使えるものは使う
――改めて企画を練り直すなかで、WIPEのポイントというのは?
木下 意識したことがふたつあります。ひとつは、リモートワーカーの働き方。テレワークや、オンラインを介したコミュニケーションの場で、どう使われるか。もうひとつは、教育の文脈です。もともと第一合成社が教育事業に熱い想いをもっていて、これから手書きが大事にされるのではないかという感覚知ですね。
――ネーミングのとおり、書いたところを拭いて消すフェルトカバー部分が大きな特徴となっています。
木下 「ホワイトボードは消すのが面倒」というユーザーの課題について話し合っているとき、「カバーで拭いて消せたら」というアイデアが出ました。通常はペン先についている小さいフェルトで消しますが、WIPEの消し面はその150倍や200倍も大きいんです。
――このカバー部分は、これまでの第一合成の商材にはなかったものですよね。
設楽 当初は「ダンプラの加工技術の活用」という考えしかなかったのですが、逆に「多くの協力会社と、さまざまな材料や技術を駆使してやっていることが第一合成の強みなのでは」と指摘されて、なるほどと思いました。そこから、あまり気にしなくなりましたね。
平井 確かに、何でも仕入れて、使えるものは使うというマインドがあると思います。今回も「どこで素材を入手できるか」「ホワイトボードなら、あの会社に聞いてみようか」といった割り振りが自然と起きて、新しい会社にもたくさん電話をかけました。
木下 「うちになければ他でつくってもらい、組み合わせたらいい」というオープンな風土があって、もともとが商社という源流によるのかもしれません。ほかの取引ネットワークを使うことに躊躇がなく、それが多様な製品の実現につながっています。
――最終的に、ホワイトボード部分もダンプラではなくなりました。
平井 検証するなかで、ダンプラのカット面が危ないといった指摘などがあり、最終的に発泡ポリプロピレンのシートを採用しました。電子部品の製造や物流で使われる導電性の素材で、インクペンの粉が画面に吸い付かないので消しやすい。筆記面の白いシートも皆で書き心地を試してみて、建材で使っているものを選びました。
――商品が完成して、周囲の反応はいかがでしたか。
設楽 とても良い反響をいただいています。もともと、いろんなことをやっている会社ですので、特別な驚きはないようです(笑)。
平井 社内でも「今度は何をつくったの」という感じですね。販売開始がこれからなので不安もありますが、まずは商品ができたことが率直に嬉しい。コロナ禍で9FEET Designさんとも対面しての打ち合わせができないまま進めてきたので、喜びもひとしおです。
社会に影響を与えるような商品に
――8月頭からいよいよオンライン、オフラインで販売を開始します。今後の販路については?
木下 WIPEというひとつの独立したブランドとして考えてはどうかという話をしていて、具体的な販路やプロモーションを提案しながら進めています。今のところ考えているのは、ビジネス、教育、福祉という3つの方向性です。最後の福祉というのは、クラウドファウンディングの「マクアケ」で掲載したところ、「ろう者の方々との筆談」という使用シーンに大きな反響があったので、この方向性も探っています。
――教育についてはどうですか。
設楽 文化財事業を手がけていることもあって、教育分野につながりもあることから、以前から貢献したいと考えていました。9FEET Designさんが私たちに提案してくれたプレゼンの中に、「児童たちがWIPEを手に持ち、積極的に発言しているスケッチ」がありました。これがとても印象的で、アクティブラーニングに使えると思いました。ぜひ実現したいです。
木下 実際に、第一合成社とお付き合いのある小学校で、先生や児童にWIPEを使ってもらいました。そこで得たフィードバックを踏まえて今後の展開を検討していますが、今は「このまま進んでいいんだな」という確信のもと動いています。
――TBDAに参加した感想を教えてください。
設楽 9FEET Designさんによる進め方や考え方、プロジェクトに向き合う姿勢を含め、すべてにおいて新鮮で、すごく学ぶことが多かったです。
平井 当社にはない知見やアイデアがたくさんあって、毎回お話を聞くたびに感心するばかりでした。綿密な計画や集中力とともに、私たちを引っ張ってくれて、とても楽しかったですし、「自分たちもやらなくちゃ」という気持ちにさせてくれました。
木下 単なる受発注の関係ではなく、ひとつのチームとして、対等な関係性のもとでやらせていただいたのは本当にありがたかったです。
――最後に、これからの展望について教えてください。
木下 WIPEはアイデアを生み出すためのツールだと思うのですが、将来的には、社会になんらかの影響を与えたり、社会課題を解決していけるようなブランドに育てていきたいと考えています。
設楽 教育の文脈であれば、子どもたちが楽しんで学ぶことに貢献できる商品になっていってほしいですね。
平井 実際、わが家で子どもが使っている様子を見ると、子どもの発想が豊かになるような気がします。コロナ禍を経て、学校の方針なども変わっていくタイミングだと思うので、こういったツールを活用して、授業のあり方も変わっていけばいいなと思います。
木下 大人も子どもも使えるユニバーサルなツールになるといいですよね。
第一合成 https://www.daiichigosei.co.jp/
9FEET Design https://9feet.design/
WIPE https://wipe.daiichigosei.co.jp/
東京ビジネスデザインアワード https://www.tokyo-design.ne.jp/award.html
(写真:西田香織)