スロベニアで開催中の世界最古のデザインビエンナーレ
テーマは「スーパー・ヴァナキュラーズ」

▲スロベニア人の約20%は公共の水道が使えない環境にいるという。建築家Shneel Malikがメンターを務めたチームPjorkkalaは、電気の通っていないところでも水を濾過することができるフィルターを3Dプリンターで開発。粘土に有機物を混ぜて焼成し、多孔性を高めている。スラブ語の雨の女神にちなんで「Dodola」と名づけられた。Photo by Klemen Ilovar/MAO

▲中庭に展示されていたのは、同じくPjorkkalaによる「Indus」。セラミックタイルの溝にカドミウムなどの重金属を除去する藻を生やし、汚染水を濾過するシステムのプロトタイプだ。Photo by Klemen Ilovar/MAO Special thanks to Algen d.o.o.

昨年新たに世界遺産に登録された、スロベニアの首都リュブリャナ。中心部にはバロックやウィーン分離派の歴史的な建物が残る美しい街で、リュブリャナ・デザインビエンナーレ(通称BIO)が9月末まで開催中だ。BIOは1963年に初開催された世界最古のデザインイベントで、27回目を迎える今年のテーマは「Super Vernaculars(スーパー・ヴァナキュラーズ)」。キュレーターにデザインコンサルタントやライターとして活躍するジェーン・ウィザーズを迎え、再生可能な未来のためのデザインを探る試みとなっている。

▲作品群の説明をするジェーン・ウィザーズ(Jane Withers)(左)。Photo Urban Cerjak/MAO

「スーパー・ヴァナキュラーズというテーマは、新進のデザイナーや建築家たちを観察しているなかで、地域の伝統や資源という観点からヴァナキュラーに言及したプロジェクトが数多く見られることが出発点となっています」と語ったウィザーズ。メイン会場であるリュブリャナ建築デザイン博物館(MAO)には、ローカリズム、自然とのつながり、生態系の回復などをテーマとした世界各国からの事例が集められ、それらケーススタディを通して現代のイノベーションや未来への可能性を示唆していた。

▲BIO27のオリジナルフォント。Image by Kellenberger-White

BIO27のロゴやポスターに使われている書体は、ロンドンを拠点とするグラフィックデザインスタジオケレンバーガー-ホワイトが開発。ビエンナーレの他の参加者が自由に使用できるオープンソースのフォントであり、リュブリャナ出身の建築家ヨジェ・プレチニックのドローイングに記されていた手描きのテキストにインスパイアされたという。サステナビリティを考慮し、インクやプリンターの電力消費を抑えるための細身の書体だ。

展示はこれまでの歴史を遡り、人々が身の周りにあるものを使って行ってきた、その地域特有の営みを通じてヴァナキュラーの本質を探ることから始まる。展示室で一番最初に目に入るのは、19世紀の労働者のためのサルノコシカケでできた帽子。ほかに現在もスロヴェニア各地で見ることができる、干し草を干すための伝統的な小屋など、ごく身近なものから日常に必要なものをつくり出していた過去の事例を紹介している。

▲サルノコシカケでつくられた帽子は撥水性もある。Photo by Klemen Ilovar/MAO

▲干し草を干すための「ヘイラック」はスロベニア独自の文化。Lender: Ethnographic Museum, Ljubljana Photo by Klemen Ilovar/MAO

▲Adam Štěchのキュレーションによるスロベニアとクロアチアのヴァナキュラーモダニズム建築を集めた展示。Photo Urban Cerjak/MAO

次の部屋はどのように伝統をアップデートしていくかを、現代のデザイナーたちのプロジェクトを通して考えさせる。ローザンヌ州立美術学校ECAL出身のキャロライン・ニーブリングによる、未来のソーセージのあり方を探る「The Sausage of the Future」プロジェクトに、スロヴェニア版の新作が登場。リュブリャナのレストランや肉屋とともに、地元の食文化からインスピレーションを得て、そば粉、ワイルドガーリック、キノコを使った新しいレシピを考案した。

▲キャロライン・ニーブリング(Carolien Niebling)による「The Sausage of the Future」シリーズも展示された。左は今回つくられたスロベニア版の未来型ソーセージ。右は2017年発表の初期作品。Photo by Klemen Ilovar/MAO

3つ目のセクションでは、システムとインフラの再構築をテーマに、ソーラーパネルや給水システム、新素材を紹介する。例えば建築設計事務所スノヘッタとノルウェーのスタートアップ、セーフロックがタッグを組んだ、セメントを使わないジオポリマーコンクリートは次世代の建築素材として注目を集めている。産業副産物を利用し、従来のコンクリートに比べて70%以上もCO2排出量を抑えることができると語り、さらに2025年までにカーボンニュートラルなコンクリートの製造を目指すという。

▲システムとインフラの再構築をテーマにしたセクション。左はその地域の土を使い、3Dプリントによって短時間で完成する「Tecla 3D Printed House」のモデル。Photo by Klemen Ilovar/MAO

▲スノヘッタとセーフロックによる、ジオポリマーコンクリート。Photo by Klemen Ilovar/MAO

最後のセクションでは、コミュニティの活性化がテーマ。ここでは徳島県上勝町のゼロ・ウェイストセンターなど、人々やコミュニティをデザイン思考の中心に据えるプロジェクトに焦点を当てている。カナダのニューファンドランドにある離島、フォゴ島において地元で入手可能な素材を使ってつくられる地産地消の家具プロジェクトも興味深い。自然環境の厳しい島では大ぶりな北米の家具はフィットせず、地元の素材を用いて地域の人々とつくることで収益を還元できるよう、これまで熊野亘を含む3名のデザイナーが実際に島に滞在して家具をデザインしている。

▲カナダのフォゴ島でつくられた熊野亘の「Pins Chair」。右の表はチェアの売上の内訳。余剰分は島のコミュニティに再投資される。

イベントそのものもサスティナブルにするため、薪を束ねて展示台にするなど、エキシビションデザインにもこだわったBIO27。ビエンナーレ期間中はリュブリャナ建築デザイン博物館(MAO)以外でも、サテライトプログラムやワークショップが予定されている。今年はリュブリャナの都市計画を手がけた建築家、ヨジェ・プレチニック生誕150周年。街の中央広場にある彼が手がけたキオスクもひとつの拠点としてイベントが開催され、リュブリャナの街と一緒に楽しめるのも魅力だ。

▲イタリア国境付近の小さな村で活動するRobidaは、スロベニアの伝統的な農作物である蕎麦の実を多角的に分析。蕎麦のライフサイクルに沿って、時間軸で内容を構成した新しい形式のレシピ本も開発した。Photo by Klemen Ilovar/MAO

▲ヨジェ・プレチニック(Jože Plečnik)のキオスク。

環境問題や資源の枯渇などさまざまな問題を抱え、変革を迫られている現代の私たち。世界中からリュブリャナに集まったヴァナキュラーな取り組みは、それぞれデザインの力で未来をポジティブに変えるためのインスピレーションにあふれ、これまでの消費社会から時代が確実にシフトしつつあるという現実を浮かび上がらせる。各プロジェクトは大規模な実用化には課題もあるだろうが、土地固有の伝統を見直し、その再解釈によって豊かな文化が育まれる予感とともに、未来への希望を感じることができるはずだ。End