簑島さとみは、オランダのアイントホーフェンを拠点に活動している、1989年生まれのデザイナーだ。2022年のメゾン・エ・オブジェ・パリ展で次代を担う若手クリエイターに贈られる「ライジング・タレント・アワード」のひとりに選ばれるなど、注目が集まっている。7月1日より、ATELIER MUJI GINZAで「Craft Portrait: Dorozome(クラフト・ポートレイト:泥染め)」のインスタレーション作品が日本で初披露されるにあたり、簑島も帰国するという。展示に先駆けて、オンライン取材でデザインに対する想いや考えを聞いた。
デザインやアートに興味を抱いたのは、小学生の頃
簑島がデザインやアートに興味を抱いたのは、小学生の頃だった。近所に住んでいた空間デザイナーがデザインやアートの話をしてくれたり、自分が描いたイラストを学校の先生がほめてくれたりしたことがきっかけで、将来、イラストレーターになりたいと考えるようになった。その後、高校のときにグラフィックデザイナーの仕事を知り、より幅広いことができると思い、美大を目指す。
2008年に武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科に入学。ジャンルの域を超えて包括的にデザインを学び、その経験が今の自分の道につながっていると感じるという。
オランダの大学でデザインを学ぶ
大学を卒業後、2012年にグラフィックデザイナーとして文具メーカーMARK’S(マークス)に就職。大学時代から考えていた、海外の学校でデザインを学びたいという思いが次第に高まり、休みを利用してヨーロッパの大学や大学院をいくつか見学した。そして、最終的にオランダのデザイン・アカデミー・アイントホーフェン(DAE)への留学を決めた。
その理由を、簑島はこう語る。「DAEは2回ほど見学したのですが、一番魅力を感じました。卒制の作品がバラエティ豊かで、特にマテリアルリサーチをするところや、多様なマテリアルを使った実験的な作品に興味をもちました」。
2015年にDAEに入学。デザインを考える前に、まずリサーチをして根本の部分を掘り起こし、エビデンスを収集することを徹底して学んだ。そのやり方が、現在も役立っているという。
また、在学中、国内外の企業やデザイン事務所でインターンをすることがカリキュラムの一環に組み込まれていた。簑島は日本のデザインスタジオの現場を見たいと思い、we+に2カ月間と、マテリアルの使い方に魅力を感じていたレックス・ポットのスタジオで6カ月間のインターンを経験。各々の事務所で多くのことを学び、自分が独立して働くときのイメージを膨らませることもできた。
代表作のひとつとなった、「Skin Tote」
卒制では、2つ作品を提出しなければならなかった。そのひとつが後に各国で大きな反響を呼んだ、シリコン製のバッグ「Skin Tote(スキントート)」だ。文具メーカー各社がクレヨンや絵の具の「肌色」という表記を「うすだいだい」や「ペールオレンジ」に変えたことや、DAEには世界中から多様な人種の、肌の色の異なる学生がいたことがインスピレーションの源となった。
「紫外線から体を守ったり、人間に必要な栄養素を吸収しやすくするためなど、本来は機能的な理由で肌の色の違いがあるにもかかわらず、文化的・社会的な理由によって差別が起こったりしています。もっとシンプルに、肌の色の多様性や美しさを感じられるものをつくれないかと考えました」。そして、肌の色についてさまざまなリサーチを行い、肌は臓器や人格を内包するただの容器であることを表現するためにバッグというアイテムに落とし込み、素材には義手や義足など、人の肌のオルタナティブ(代替物)として使用されるシリコンを採用して8色を制作した。
伝統工芸の泥染めに取り組んだ作品
簑島はDAE卒業後もアイントホーフェンに留まり、2019年にSatomi Minoshimaを開設。独立後に手がけた「Craft Portrait: Dorozome(クラフト・ポートレイト:泥染め)」は、ベルギーのZ33美術館による若手クリエイターに向けた助成金制度を受けて、DAEの同級生ポリン・アグストーニと協働した作品だ。
「工芸を通して、大量生産・大量消費を軸にしたグローバル社会の仕組みをどのように再考できるか」をテーマに、プロジェクトとしてシリーズ展開していく予定である。その第一弾として、大島紬の染色で使用される奄美大島の伝統工芸である泥染めに取り組んだ。
奄美大島にある染色工房の金井工芸の協力を得て、3週間のフィールドリサーチを行った。職人らの想いや仕事に対する姿勢、奄美の自然に対してどのように素材を守り続けていくか、泥染めの歴史や技法などをインタビューして聞き、実際の制作現場も見せてもらった。
泥染めは、人の手で染めて絞る作業を85回以上繰り返し行うことで、温かみのある漆黒色が完成する。工芸品は、最終の成果物に焦点が当たることが多いが、簑島とアグストーニはピンク色から漆黒色に染まるまでの制作過程で生まれる多彩な色に着目。そこには伝統に培われた職人の技術や精神性、文化が凝縮し、圧倒されるような美しさがあったという。普段は人の目に触れることのない色を作品として表に出すことで、消費社会の物と人との関わり方に新たな気づきを投げかけたいとふたりは考えた。作品は、職人から技術を教わりながら自分たちの手で生地を染めて制作した。
デザインの軸は、「マテリアル」と「色」
「マテリアル」と「色」は、簑島がデザインを考えるうえで最も興味のある、軸になっている要素である。
「私はもともとグラフィックデザインからスタートしたこともあって、布や革などの平面的な素材にとても惹かれます。無意識なのですが、平面的な2Dの物を3Dに立ち上がらせる作品が多いかもしれません。色に関して言えば、一般的にプロダクトをつくってから色を決めると思いますが、私は色からリサーチを始めて、それを形に落とし込んでいくことが多いですね。今後そのプロセスでのものづくりを、さらに発展させていきたいと考えています」。
今、最も興味があり、取り組んでみたい素材とアイテムは、革とバッグだという。「ヨーロッパでは肉の消費量を減らそうという動きがあり、その一方で、キノコやサボテンなどからつくるヴィーガンレザーの開発が進められている状況があって、革はとても面白いポテンシャルのある素材だと感じています。バッグは、2Dと3Dの中間的なオブジェクトで、家具をつくるよりもフットワーク軽く、いろいろな素材を使って形を創造できる。私にとって、表現しやすいキャンバス的な要素があることに魅力を感じています」。
その物を見るだけでメッセージが伝わるような作品
事務所を構えて、まだ3年。現在は「Skin Tote」や「Inflatable Leather」などを自身の手で制作し、販売しているが、今後はセルフプロダクションからマスプロダクションに切り替えていくことが目標にあるという。目指しているデザインを尋ねると、「言葉がなくても、その物を見るだけでメッセージが伝わるような作品をつくりたいと考えています。言葉の代わりに、マテリアルや色で伝えられたら」と語り、「活動の幅を今よりももっと広げていきたい」と意欲を燃やす。人の心を惹き付ける、魅力にあふれた作品をつくる。そんな簑島の今後のさらなる活躍に期待したい。
興味をもたれた方は、ぜひATELIER MUJI GINZAの展示に足を運んでほしい。詳細は、下記にて。
「リサーチ! プロセスを魅せるデザイン」展
- 会期
- 2022年7月1日(金)〜 8月28日(日) ※休館は店舗に準じる
- 会場
- ATELIER MUJI GINZA
- 内容
- デザイン界に新風を送り込む、オランダのデザイン・アカデミー・アイントホーフェン(DAE)の卒業生らによる、各々が取り組んだリサーチや制作プロセスと合わせて作品を紹介する。普段は目にすることのない物の背景に触れることで、私たちはどんなことに気づき、思うのだろうか? トークセッション等の詳細はサイトにて
- 出展作家
- クリスティン・メンデルツマ、シモン・バジェン・ボテロ、簑島さとみ+ポリン・アグストーニ
- 詳細
- https://atelier.muji.com/jp/
簑島さとみ(みのしま・さとみ)/デザイナー。1989年神奈川県生まれ。2012年武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業。2012〜2014年文房具メーカーMARK’Sに勤務。2019年デザインアカデミーアイントホーフェン マン&アクティビティ学科を主席で卒業し、デザインスタジオSatomi Minoshimaを設立。素材、色、歴史、生産プロセスなど、すでにコンテンツの中に存在している事象からデザインリサーチを行い、そこから得たインスピレーションをベースに、素材の新しい可能性を提案する。