INTERVIEW | カルチャー / 建築
2022.06.01 20:30
ロンドンのAAスクールで、建築フォトグラファーであるイワン・バーンの写真展が2022年3月12日〜6月11日まで開かれている。世界各地を撮影のために飛び回るバーンと、本展の協力者であり今年のプリツカー賞受賞建築家でもあるフランシス・ケレに話を聞いた。
ノマドな気鋭の建築写真家
イワン・バーンと言えば、世界の名だたる建築家から絶大な信頼を得ているフォトグラファーだ。私たちは、バーンの写真を見ることはあっても、実際の彼と話すことは稀だ。なぜなら、新しい建築物が完成するや、誰よりも早く現地に赴いて写真を撮り、プレスが到着する頃には、次の場所へと移動している。バーンは、自宅が火事で全焼して以来、カメラ機材、PC、スーツケースひとつで世界を駆け巡る。その姿は、まさに、現代のノマドなのだ。
筆者が、最初に彼と話したのは、忘れもしない2012年のこと。デザイン誌「AXIS」161号の特集取材のためだった。彼の携帯に電話をすると、中国にいるらしく、おそろしく電波が悪い。数日後に電話をかけ直すと、今度はハリケーン・サンディで洪水に襲われたニューヨークの街を、ヘリコプターから撮影するところだった。次にもう原稿が間に合わないと電話をかけると、「今、日本にいる」とバーン。なんてクレイジーで面白い人なんだろうと思ったものだ。
そんな彼が、ロンドンのAAスクールのギャラリーで、西アフリカの小国ブルキナファソを題材に、面白い写真展を開いているという。ロックダウン後、久々にバーンに会いたい気持ちと、もともと旅好きな筆者は、まだ行ったことのないアフリカ西部の国への興味がムクムクと湧き上がった。もちろんそれだけでなく、写真展の第一の協力者として、なんと、今年プリツカー賞を受賞した建築家でブルキナファソ出身のフランシス・ケレの名前が挙がっていたのだ。
フランシス・ケレが撮影の案内人
オーストラリアの照明会社ツントーベル・グループの30周年を記念して特別に開かれた「Momentum of Light(光の力)Iwan Baan and Francis Kéré」の会場に足を一歩踏み入れると、ブルキナファソの伝統的な泥の建築物と、その薄暗い室内に差し込むサハラ砂漠以南の強い光、人々の生活を表したバーンの写真群に魅了される。
ツントーベル・グループが起用した歴代のアーティストやクリエイターの名前を見ると、オラファー・エリアソン、デイヴィッド・チッパーフィールド、アニッシュ・カプーアといった錚々たる面々が挙げられていたが、アフリカ本土を題材に取り上げた者は今までいなかった。「年に数回、アフリカの地を訪れる私にとって、ブルキナファソ独特のジェネリックな建築物にひじょうに興味がありました」と語るバーン。旅慣れた彼であっても、ブルキナファソでは安全性に細心の注意を払ったという。
マリ国境付近の治安の悪さや、直前に外国人ジャーナリストが殺害されたこともあり、2021年2月に決行された10日間の旅程では、訪問地をブルキナファソの南部に限り、首都ワガドゥグーから延びる国道をいっさい使わず、すべて脇道を使用。そのため、移動のたびに8時間ほどを有したという。聞いているだけでも大変な旅であることが伝わってくるが、一方で素晴らしいのはバーンのガイド役を務めたのがフランシス・ケレだったことだ。泥の家はこれまでもフィーチャーされているが、その内部まで公式にカメラが向けられたのは今回が初めて。ケレという最高の案内人あってのことだったのだろう。
手作業で修繕が可能な建築
バーンとケレは、伝統的な泥の家が多く存在するティエベレ、泥のモスクがあるボボデュラッソ、そして、ケレの生家があるガンドの3カ所を周り、その模様をバーンが写真に収めた。そのなかで、私を含め、会場を訪れた人々の一番の関心を集めたのは、泥でできた家の室内だった。室内の暗闇と天井から差し込む一条の光の美しさが新鮮だったのだ。
最近の建築物は、大概オープンプランで、大きな窓ガラスが使用され、室内はひじょうに明るいつくりが多い。それが、生活の中で機能するならば良いが、夏は蒸し風呂のように暑く、冬はひじょうに寒いうえに、それを解消するために多大な光熱費が必要となる。
「ブルキナファソの泥の家は、アフリカの強い日差しと暑さから、穀物や調度品、そして身を守る、実にインテリジェントで、ヴァナキュラーな建築なのです。雨季があるので、1年に一回は修繕しなければなりませんが、それはローカルな泥を用いて、手作業でできますから、特別なツールもコストも必要ありません。泥の家は、まさにブルキナファソの風土に合った建築なのです。しかし、ブルキナファソの多くの人は、泥の家を好まず、お金さえあれば、コンクリートブロックやコルゲートの屋根で家をつくろうとします。そのほうが、メンテナンスも楽だと思っているのでしょうが、こうした素材はもちろん外国製ですから、輸入が途絶えれば修繕ができないので、かえって不経済であることに気づくべきです」(バーン)。
確かに、ロックダウンやウクライナへの侵攻で、物流が滞るだけでなく、さまざまな物価が高騰するなか、ローカルなマテリアルや手作業でできる修繕は、これからの建築のテーマとなっていくだろう。
不要なテクノロジーを削ぎ落とす
バーンは、現在のサスティナブルな動向を懐疑的にとらえる。「現代の建築は、重装備すぎるように感じます。サスティナブルという言葉が流行っていますが、それは最新テクノロジーを建築にやたらと装備することではありません。むしろ、生活に不必要なテクノロジーの設備を削ぎ落としていくことこそが、真のサスティナブルな建築ではないでしょうか? そういう意味で、私は、フランシス(ケレ)の思考にひじょうに共感しているのです」(バーン)。
筆者は、スイスに滞在中のバーンとzoomで話した後、「AXIS」のためにフランシス・ケレのインタビューを行った。ケレは、インフラが存在しない、資源に乏しく貧しいアフリカの国々で活動しているが、完成した彼の建築はその土地の素材と知恵を大切にした究極のサスティナブルと言えるものだ。作品は一見シンプルだが、ラディカルな考えが凝縮されているだけでなく、気品が漂い、人物像には懐の深さが感じられた。なによりバーンとの旅について触れると、ケレは嬉しそうに、バーンを「僕の友人」と何度も呼んでいたのが忘れられなかった。
イワン・バーンの建築写真には、そこに集い、暮らす人々とその場所が、どのような関係を築いているのかがドキュメントされている。「Momentum of Light(光の力)」にケレの作品はひとつも収められていないが、実は、ケレとバーンの建築への思いが溢れた展覧会であり、同名の書籍と言えるだろう。