この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「Design Mind」に掲載されたコンテンツを、電通BX・クリエーティブ・センター、岡田憲明氏の監修でお届けします。
スタートアップ企業と大手企業との戦略的パートナーシップは、成功すれば素晴らしい結果が得られますが、物別れに終わることもあり、その場合は大きな痛みをもたらします。スタートアップと大手の企業、双方が注意すべき点について、そしてお互いの「愛を貫く」方法について紹介します。
リソースへのアクセス、資金の確保、企業としての成長を願うスタートアップ企業にとって、大手企業とのパートナーシップは大きな魅力があります。大手企業側は、スタートアップ企業のような柔軟性や俊敏性には欠ける一方、それを補うだけの顧客リーチや資産を保有しています。スタートアップ企業と大手企業が手を組むことによって、戦略の転換、チームの育成・雇用、全く新しい事業の立ち上げなどが、迅速かつ大規模に実施できるようになります。
スタートアップ企業も大手企業も、パートナーシップから得るものが多いことは確かですが、両社の属する世界は大きく異なり、それはさまざまな場面で表面化してきます。パートナーシップを結ぶ過程には、プロセスやビジョンをめぐる対立や争いがつきものです。第三者――多くの場合はコンサルタント会社――による支援がなければ、組織構造や企業文化の衝突によって、当初は有望に見えた関係が台無しになってしまう可能性もあります。
ビジネスの世界でも正反対の者同士が惹かれ合うというのは本当のようです。2020年、Vodafoneが消費者向けリーガルテック(法律に関わるIT技術やサービス)市場に進出するために提携したのはリーガルテック・スタートアップ企業Sparqa Legalでした。フランスに本社を置く世界的な電気機器メーカーSchneider Electricは、エネルギー分野の有望なスタートアップ企業の選定にあたって、気候技術分野のインキュベーターであるGreentown Labsと提携しました。将来を見据えてスタートアップ企業と大手企業がともにイノベーションを起こしていくためには、双方がコミュニケーションや協働のあり方を学んでいく必要があります。
パートナーシップを築くうえで注意すべきサイン
スタートアップ企業と大手企業間のパートナーシップでよく見られる摩擦の原因として、以下のようなものがあります。
スピード
スタートアップ企業は、ミッションの実現に直結する重大な意思決定を、実用主義で日々行っています。大手企業が同様の判断を下すには、半年から1年という時間がかかるでしょう。
プロセス
スタートアップ企業には、大手企業のように形式の決まったプロセスがありません。業務のやり方に互換性がないと、いずれ大きな問題や重大なミスを引き起こしかねません。
目的
大手企業は大きなポートフォリオを保有しており、そのミッションの成功を段階的に測定します。一方、スタートアップ企業には目的を現状打破に置いているところが多くあります。
リスクレベル
一般的に言って、スタートアップ企業と大手企業が抱えるリスクレベルは同等ではありません。スタートアップ企業は、全社を挙げてパートナーシップに大きな賭けをしています。しかし、大手企業は通常それほど大きな賭けだとは考えていないでしょう。
関係性を築くために必要なもの
スタートアップ企業にとっては、大手企業との最初の接点をつくること自体がなかなか困難なステップです。大手企業にコンタクトする際には、先鋭的なアイデアだけでなく、しっかりとした経営基盤も持っていることが重要です。
フランス・リヨンの医薬品メーカーSanofi社イノベーションラボ部長のSylvain Grivel氏は次のように述べています。「スタートアップ企業は、大手企業とパートナーシップについての協議を始める前に、ある程度成熟していなければなりません。コンセプトの有効性を示すだけでは不十分であり、ビジネスとしての可能性や、その可能性を実現するための方策の両方についてしっかりと考えておく必要があります」
スタートアップ企業が相手企業の意図を疑ってしまうことは珍しいことではありません。frogがサポートしてきたスタートアップ企業の中にも、事業売却の準備ができているにもかかわらず、自社のビジョンにこだわり、間違った相手には会社を委ねられないと考える企業が少なくありませんでした。事業売却は、スタートアップ企業の目的を考えれば、命取りになる危険をはらんでいます。
マサチューセッツ州ボストンで機械学習を活用したソフトウェア開発を手掛けるDeepHealth社のCEO Greg Sorenson氏は、「大手企業が当社を丸ごと取り込みたいのであれば、買収するしかありません」と語っています。リヨンを拠点に起業家のサポートサービスを提供するIncubator Manufactory社で、スタートアップ企業を支援しているAlexandre Andre氏も、買収をめぐって不安を感じるスタートアップ企業を多く見てきました。「多くのスタートアップ企業は買収を目標にしているが、買収されると、吸収され大手企業側に占領されるだけで、何のベネフィットも残らないという不安を感じています」。
パートナーシップを通じて「愛を貫く」には両社の間の信頼が必要です。そのためには、知的財産、共通の目的実現に向けた成功指標、そして明確な出口戦略といった点についてコミュニケーションを重ねていくことが重要になります。これらはまさしく、第三者企業がスタートアップ企業と大手企業の両方の言語を理解する“翻訳者”の役割を担うことによって、両社の歩調を保ち、新しい働き方を試すための中立的な場を提供できる分野です。
第三者による支援のタイミング
企業文化や業務をめぐるギャップを埋めるためには、パートナーシップのライフサイクル全体にわたって第三者による支援が必要とされる場面があります。
1 妥当性の検証
初期評価では、第三者企業が仲人役として、競争者が多い環境の中で、双方にとっての共通基盤を見つけられるようサポートします。
2 話し合いの円滑化
第三者企業は、双方の意見を平等に聞きながら、戦略的なコラボレーションに向けた計画や共通の将来ビジョンをデザインします。
3 関係の構築
スタートアップ企業と大手企業が手を組んで、より大きなエコシステムを形成していくためには、相互の価値が明らかになっていなければなりません。第三者企業は中立的な立場で、双方に利益をもたらす関係構築をサポートします。
4 イノベーションの加速化
迅速にイノベーションを起こしていくには、徹底した顧客中心主義のマインドセットが求められます。第三者企業は顧客の声を代弁することで、顧客体験の向上につながるイノベーションの加速化を支援します。
5 パートナーシップ終了後
すべてのビジネスパートナーシップが長続きするわけではありません。パートナーシップの7割は短命に終わるという報告もあります。第三者企業は、パートナーシップを解消して別々の道を歩むことになった双方の企業の仲介役となり、両社の価値や評判を守ります。「辛い離婚」ではなく、「意識的な分離」と考えましょう。
双方にとっての利益と「ロマンス」を長続きさせるために
「ポスト・コロナ」のビジネスには、急速に変化する顧客ニーズに対応するために継続的なイノベーションがますます必要となってくるでしょう。スタートアップ企業と大手企業はこうした未来を見据え、今後、対処すべき課題に正面から取り組むために健全な絆を結んでいくことが賢明な選択と言えます。
ハッピーエンドを迎えるためには、パートナー双方の配慮と協力、そして時には外部からの支援も必要となります。マッチングが成功すれば、WIN-WINの関係が生まれます。もし失敗しても、どちらか一方が壊滅的な打撃を受けて終わり、というわけではありません。
すべての別れがそうであるように、次のパートナーシップに生かせる教訓を学べたことは未来への希望になります。将来のことは誰にもわかりません。もしかしたら、次のパートナーシップこそ本物になるかもしれません。