過日、京都で「工芸から覗く未来—Tangible/Intangible 手仕事にふれること」というシンポジウムに参加した。このことは、改めて、「店」と「接客」を考えるきっかけとなった。主催者である米原有二さん(京都精華大学伝統産業イノベーションセンター長)から与えられたテーマは「コロナ後のリアル・非リアル」。
新型コロナウィルスというものが世の中に出回るようになり、最初の緊急事態宣言が発令され、お店は一斉休業。世の中が止まった。見えない敵であるウィルスも怖かったが、初めて味わう“予測がつかない”ことへの恐怖もあった。
今まで、頑なにオンラインショップを拒んでいた工芸・生活道具などを扱う店の多くも、一斉にECサイトを立ち上げた。自分たちが生き残るためでもあり、作り手が生き残るためでもある。筆者も2020年5月に石巻のカンケイマルさんで売り上げが補填され、次の月をどうにか生き延びられた。他の取引はほぼストップしたときだったので、本当に有り難かった。
だが、モニター上に上げてもらった商品の一覧、そこにいくつか書かれた「売り切れ」の文字を見て、店での販売とはまったく異なることが次第に解っていった。
住んでいる場所や生活の状況で、店や展覧会に行きたくても行けない人は山ほどいる。オンラインショップは、平等に物を見て、購入できる機会となった。だが、モニター上に映った商品リストの中での買い物は、売る側にとって物や人ではなくカートの「数字」に偏らざるを得ない。
ふと、2020年5月に接客を生業としている友人に宛てたメールを読み返してみた。
むらむらと現実での購買への想いが溢れてきて、「お店で、迷いたい、選びたい、相談したい、直接見たい」という思いが溢れて、一人涙してしまいました。この涙は悔し涙でもあり、寂しさからの涙でもあります。
今後、接客という仕事は不要になるのでは、という不安に苛まれていた友人からはこんな返事がきた。
その人の好みや生活を聞きながら、こんな器もいかがですかと提案できる喜び。やっぱり私は直接販売をしたいんだと強く思いました。展示会は、ギャラリー、作家さん、企画する人、お客さん、それぞれの思いや偶然の出会いを重ねてできるんですよね。その場でないとその空気は出せないし、会期中、毎日変化があるから楽しい。それぞれの調子もお客さんも違う舞台みたいなもの。だから面白いし、その場に居たいんだよなぁって思います。
シンポジウムで、登壇者の三越伊勢丹・相馬英俊さんが「百貨店は新聞」という話をしていた。紙面を広げる。興味のある記事だけ、と思っても、その記事を探して、紙をめくるたびに引っかかる。大掃除や引っ越しの際、古新聞に面白い記事を見つけて、仕事が捗らない、あれに共通する、と。
コロナウィルスを妨げるには非接触が一番。ということで、ファミレスもメニューが紙からタッチパネルに切り替えたところが多い。メニューとはいえ、紙なら迷う楽しみがあったこと、オーダーを取りに来るスタッフの動きがたとえマニュアル通りでも、確認し合うだけで、「通じ合っていた」ことに気づきに驚いた。
年に一回だけ、全日程、開店から閉店まで店主として在廊するイベント「生活必須品展」(神楽坂・フラスコ)でのこと。今年、河辺 実という故人の作品を未亡人から預かり、展示販売させていただいた。展示アイテムはたったひとつ。5個が端正に重なる組み碗だった。
もう作れない物、ということもあり、お客様にどんな作り手だったかを説明しながら、一緒に器を見ていたところ、お客様がその器の魅力をどんどん広げていってくださった。実際に物を見て、触り、迷い、考え、楽しみながら、お求めくださることの達成感は買う側と売る側、両方に感じられた。
品は手元からなくなったが、お客様との対話の記憶は残った。
すべてのものを、このように丁寧に、ご説明すること、時間をかけることはできはしないが、たとえ、お金の受け渡しだけでも、「人と接することで、残る気持ち」が、現実の接客にはある。
昨年の「店を開けられなかった」、あの究極の時間があったからこそ、今までの「直接/リアル」がいかに重要だったかを感じることができた。実は、「接する」は空気と同じくらい重要なものであることを痛感するのだった。
2020年には、まだこの話はできなかった。最近になってようやく感染者数が減っているからできることだ。変異株の出現でまだまだ油断はできないが、この2年でわかってきたこと、学んだこと、そして失いたくないものごとを考えながら、新しい年を迎えたい。
《随分前の話題のおまけ》
19年の記事「伝説のインテリアショップとモダンデザイン」でご紹介した「グッドデザインのセールスマン」梨谷祐夫さんが関わられた「国際デザインコミッティー」(現・日本デザインコミッティ-)の展覧会「戦後デザイン運動の原点 デザインコミッティーの人々とその軌跡」が、2022年1月16日 (日)まで、川崎市岡本太郎美術館で開かれています。