かつてプラスチックは、錆びたり腐ったりせず、安価に大量生産ができることが利点としてもてはやされたが、容易に自然分解されない点が今では環境破壊の元凶として非難されている。その一方で、プラスチックバッグに代わるコットン製のエコバッグも、新型コロナウイルス禍の社会では衛生的でないとされたり、綿の栽培から製造に至る過程の水の使用量とCO2の排出量の多さが問題視されたりと、無条件でプラスチックよりも環境的に優れているとはいえない面がある。
詰まるところ、どのような素材にもメリットとデメリットがあり、それらの特性を見極めて何に利用するべきかを考えることが重要といえるわけだが、この観点から2つのユニークな事例を紹介したい。
1つ目は、米ノースウェスタン大学の研究者たちの手で開発が進められている心臓のペースメーカーである。心臓手術後の一定期間、ペースメーカーが必要とされる患者は、これまで役目を終えたユニットを取り出すための再手術を受けなくてはならなかった。この種の装置は、筋肉が電極を包み込んで心臓と一体化してしまうため、それを分離して取り出す際に修復できない傷を残したり、感染症を引き起こす可能性がある。また、配線の一部が心臓内に残ると、MRI検査に影響する点も問題だった。
研究チームは、こうした課題に対して、すべてのパーツを生分解可能な構成にすることを計画。筐体、回路、そして全体をコントロールする半導体のための素材を探したのだが、実は、金属であってもタングステンや、栄養素でもある鉄やマグネシウムは、人体に無害なまま吸収させることができる。ところが、それで回路は構成できても半導体はつくり出せない。しかし、半導体素子のベースとなるシリコン(ケイ素)の薄膜の分子が、水の中で剥がれてなくなることが発見され、プロジェクトは一気に実現性を帯びた。
接着性のハイドロゲルで心臓の組織と結合させ、分解されるまでの時間をコントロールするための溶解性ポリマーで包まれた生分解ペースメーカーは、すでにラット、マウス、ウサギ、イヌによる試験と、人間のドナーからの生体組織による実験で機能や分解性が確認済だ。ユニットは、ベッドや患者の体に貼り付けたNFCアンテナから供給される電力によって、埋め込み手術から約2週間にわたって役割を果たし、約4カ月で消失する。
研究チームは、これをデバイスではなく「電子医薬品」と呼んでいるが、まさに言い得て妙な表現である。
これとは逆に、プラスチックが分解されにくいことを逆手にとった手法で、環境問題を提起しているグループも存在する。Letters to the Futureという本をつくり出したベトナムのクリエイティブエージェンシー、Ki Saigon(キ・サイゴン)だ。
一般にプラスチックバッグは自然に分解されるまで約20年だが、ペットボトルは同じく約450年、発泡スチロールは約500年、釣り糸(テグス)は約600年、そして、いわゆるプチプチパッキンに至っては最大1000年ほどの歳月が必要とされている。Letters to the Futureでは、廃棄されていたこれらの素材をオーブン用のクッキングシートとテフロンシートに挟んで熱処理によって融合させ、そこに世界22カ国から集めた未来の子孫宛の327通の手紙をシルクスクリーン印刷。さらに、リサイクルされたプラスチックシートで挟みこむことで、1000年後の読者にも読んでもらえる本として完成させた。
Ki Saigonは、同社のクライアントであるレストランチェーンのスポンサーシップを受け、ベトナムの路上に捨てられたり、川に浮かんでいたプラスチックゴミをリサイクル業者の協力で収集して、このプロジェクトの実現に漕ぎ着けた。
ペースメーカーの事例とは正反対のアプローチだが、どちらも専門分野を活かして未来社会に希望をつなぐ非凡なアイデアといえるのである。