鈴木恵太と北畑裕未による設計ユニットSTUDIO DOUGHNUTS(スタジオドーナツ)は、レストラン、カフェ、オフィス、ホテル、住宅など、多彩な空間デザインを手がけている。プロジェクトに携わる人との対話を大切にしながら、細部まで丁寧に目を配ったデザインは、どれも人のぬくもりが伝わってくるような空間ばかりだ。2018年から食とモノのイベント「OLD FASHIONED」を主催するなど、精力的に活動する2人にデザインに対する考えを聞いた。
ランドスケーププロダクツ、中原慎一郎から学んだこと
鈴木は工業系の大学を経て、桑沢デザイン研究所でプロダクトを学び、北畑は大学を卒業後、機械メーカー、京都の設計事務所で働いた経験をもつ。その後、北畑は2006年から、鈴木は2008年からLandscape Products(ランドスケーププロダクツ)に入社し、2015年に独立して2人でSTUDIO DOUGHNUTSを設立した。
ランドスケーププロダクツでの仕事の経験と、同社の代表、中原慎一郎から学んだことが現在の彼らの活動のベースになった。鈴木が一番影響を受けたのは、「何をつくるかを考える前に、誰とつくるかを考える」中原の姿勢だという。
北畑は、「仕事の進め方、プロジェクトに携わる人との関わり方」を学んだという。「一般的に設計事務所では、工務店さんに一括してお願いすることが多いのですが、ランドスケーププロダクツでは、家具や小さなプロダクトまで自分たちでデザインして、お施主さんや工務店さん、職人さんと話し合いながら一緒につくることを大切にします。工務店さんにすべてお願いしてしまったほうが自分は楽ですが、家具などは工場に行って直接、職人さんと話をすることで、こういう素材や納め方があるんだと発見したり教えてもらったりすることもあり、何よりそうしてでき来上がったお店にはいい空気が残ります。今、私たちもできる限り対話の機会をもって、チームで空間づくりをすることを心がけています」。
思い出に残るプロジェクト「monk(モンク)」
これまでの6年間の活動を振り返って、特に思い出に残っているプロジェクトは、事務所を設立したばかりのときに手がけた京都のレストラン「monk」だという。シェフ・今井義浩の「家に招いたような雰囲気にしたい」という思いや素朴な人柄、彼の料理写真集を参考にして、木や石などの自然素材を取り入れた空間デザインを考えた。
北畑は言う。「ピザ生地をこねる台には、以前から気になっていたテラゾーに初挑戦しました。当時、私たちはテラゾーができる職人さんを知らなかったので、工務店さんに紹介いただいた左官屋さんが打ち合わせや検証を重ねて頑張ってつくってくださって、一般的なツルッとしたソリッドなものでなく、角が立っていない、人の手の温度が感じられる温かみのある風合いに仕上がりました。家具は、東京の木工作家、添野順さんにお願いして、でき上がったものを東京から京都まで一緒にクルマで運んで設置したり、今井さんが「なかなかいいものがないんだよね」とおっしゃっていたので、岡山の真鍮作家、Lueさんにオリジナルのピザのスクープをつくっていただいたりと、いろいろな人とコミュニケーションを図りながら完成にこぎつけた、楽しい思い出がつまったプロジェクトでした」。完成後、このお店は彼らの行きつけのひとつになっているそうだ。
施主と一緒につくることの大切さ
これまでは飲食店を依頼されることが多かったが、昨年頃から住宅の仕事が増えているという。写真は今年、マンションの一室をリノベーションしたもので、施主に提案し、互いに話し合いながら、ディテールも丁寧に考えた。
「例えば、カーテンも空間を構成する大事な要素で、それによって印象がかなり変わります。特に裾の折り返し部分は厚みをもたせるのが一般的なのですが、少し古臭く重たく感じてしまう。ここでは軽やかな印象にするために細く仕上げています。それから生活のなかで日々、手が触れる建具のつまみも大切な部分なので、吉村順三さんも使っていた老舗の建具金物メーカーの堀商店さんの金具を採用しました」と鈴木は語る。
最新のプロジェクトは、この7月に大阪にオープンした「Thous」。5年ほど前に、彼らが空間デザインを手がけたレストラン「SAN」のシェフ・秋山卓史から再び依頼を受けたもので、同店の物販を扱う期間限定のショップである。
「最初の頃は、壁の塗装など、お施主さんと一緒に手を動かして空間をつくることもあったのですが、最近は忙しくてなかなかできなくなっていました。今回、再びお仕事をいただいて当時を振り返る気持ちもあり、お店づくりの思い出として何か一緒につくりたいと考えました」と北畑は話す。そこで空間の中で最も重要な部分である、訪れる客と店主がコミュニケーションを図るカウンターにオリジナルで製作したタイルを秋山と一緒に手作業で貼ることを考えた。また、彼らはこれまでも使い手や空間に合わせて家具やプロダクトをオリジナルでデザインし、その一部を製品化することがあった。今回、新たにブックエンドをつくったが、まだ試作品で今後の製品化に向けて検証するためにThousで展示しているという。
「できない」という回答をしたくない
STUDIO DOUGHNUTSとして活動を始めてから6年目を迎え、今後の展望を聞いた。鈴木は、自分たちのコミュニティをさらに充実させていきたいと考えている。2018年から開催している食とモノのイベント「OLD FASHIONED」もそのひとつだ。彼らに空間デザインを依頼した施主同士が仲良くなり、話をするうちに何か一緒にやろうということになって、立ち上げたという。
「ランドスケーププロダクツの中原さんたちが開催しているFOR STOCKISTS EXHIBITIONのようなことを、僕らも自分たちのコミュニティでやりたいと思っていました。面白いものや人が自然と集まってくるような環境をつくりたいという思いと、いろいろな仲間と一緒に面白いデザインが生まれるような活動の場にしていきたいと考えています。昨年はこのイベントに参加したいという人にも出展してもらいました。今年はコロナで開催できていませんが、今後も続けていきたいと思っています」。
北畑は、今後の自分たちの体制について考えているという。「『こんなことできない?』『こんなことで困っている』という相談をもらったら、なるべく『できない』という回答をしたくないと思っています。もし自分たちにできないようなジャンルのことだったら、『OLD FASHIONED』に参加している仲間に協力してもらうなど、何でも打ち返せる体制を整えていきたいですね」。
今後は海外の仕事、子育て中の2人が考える保育園の空間デザイン、そして、これまでもいくつか手がけてきた照明の製品化など、挑戦したいことがたくさんあるという。彼らが手がけるプロジェクトをこれからも楽しみにしたい。
鈴木恵太(すずき・けいた)/デザイナー。茨城県生まれ。工業系の大学に通っていたが、もともと好きだったデザインを学ぶため桑沢デザイン研究所へ。卒業後、ある家具デザイナーとの出会いからランドスケーププロダクツに入社し、自社ブランドの企画やデザイン、営業まで多岐に渡って担当。2015 年より、家具やプロダクトを含めた空間づくりを手がけるSTUDIO DOUGHNUTSとして活動する。
北畑裕未(きたはた・ゆみ)/京都府生まれ。京都精華大学プロダクトデザイン学科卒業後、大手機械メーカーのデザイン部門に就職するも、一生の仕事に思えず退社。FHAMSを経て、ランドスケーププロダクツへ。店舗や住宅の内装設計、イベント会場などさまざまな案件を担当。2015 年よりSTUDIO DOUGHNUTSとして活動。