ニュアンスカラーが気づかせる新しい世界
――インクカラーへのこだわり

アンコーラ銀座本店にて。棚に並ぶ多くの原色インク。

文具博が賑わいを見せるなど文具人気が続いています。SNSでは “#インク沼”で検索すると、多種多様な画像を見ることができ、思い思いにインクカラーを楽しんでいる様子がうかがえます。デジタルツールによるコミュニケーションが主流の中、あえて文具を手にするのはなぜでしょうか。これまでの文具と比べ、見た目のデザインや使い心地がどう変化しているのか知りたくなり、話題の店に足を運んでみました。

こちらの店では、ボディとキャップの組み合わせだけではなく、色そのものをカスタマイズし、自分だけの万年筆をつくることができます。色の素となる原色インクがたくさん並んでおり、種類・量を調合できるスペースがありました。一見近い色に見える小瓶をあれやこれやと吟味し、インク一滴一滴の効果を確認しながら理想のカラーを生み出す。このスペースはまるで実験室のようです。

また、自分でカスタマイズしなくても、紙の種類によって色の違いを楽しめるインクもあります。実際のところ、色味が大きく違うというよりは、わずかな濃淡で印象が変わる程度に思えますが、このわずかな違いこそが“絶妙”と表現されるニュアンスカラーの魅力なのだと感じます。多くの人と同じではつまらない、変化は欲しいけれど、あまり思い切った変化では浮いてしまう、といったワクワクと安心を求める気分が、“絶妙なニュアンスカラー”に惹かれる理由なのだと思います。

▲セーラー万年筆の万年筆用カラーインク「インク工房」のナンバー123と162は紙によって色が変わるとユーザーの間で話題になった。

ところで筆記具の代表選手でもあるボールペンは、黒、青、赤の3色で十分と思ってはいませんか。最近、若い層から支持を集めているボールペンがあります。フォーマル、華やか、シックなど、気分や用途に応じて使いわけることができる、黒に焦点を当てたボールペンです。実際に文字を書いてみると、パッと見た瞬間はブラックですが、よく見るとそれぞれ異なった表情をしています。わかりやすさで色を選ぶのではなく、絶妙な違いを楽しむための色選びが浸透してきていることを実感しました。


ボールサインiD(サクラクレパス)。全6色の黒インキ。

文字を書くためだけの道具と思われがちなペンですが、ニュアンスカラーを楽しむことが文具人気の理由のひとつだとわかりました。カラーの幅が広がることで新たに絵を描いてみたり、手紙を書いてみたりと、趣味発掘や人とのつながりにまで広がることがとても素敵に感じます。ニュアンスカラーは、中途半端だとかハッキリしないというようなネガティブ表現で認識されることもありますが、それなりの意味合いがあって選ばれる、こだわりの強いカラーだと実感しました。多様性を尊重する時代だからこそ、“絶妙”という言葉だけに頼らず、なぜ惹かれるのかも読み解きながら、心を動かせるカラーを考えていきたいと思います。End