INTERVIEW | アート
2021.06.28 10:42
メルボルンから南西におよそ80km、ビクトリア州第2の都市、ジーロング中心部にあるジーロング・ギャラリーで、ストリートアーティストRone(ローン)による個展が2021年2月〜5月の会期で開催された。1980年にジーロングで生まれた彼は、現在、グラフィティの最前線・メルボルンを拠点とし、この地のストリートアートシーンで1、2を争う実力派として知られる。タイミング悪くロックダウンで延期されていた対面インタビューがようやくかない、彼らが作業場として使うウェアハウスを訪ねた。
女性の表情を、色調を抑えたモノトーンのタッチで描くグラフィティで知られるRone。アーティスト名は、本名Tyrone Wright(タイロン・ライト)のファーストネームの一部から取ったものだ。2000年代前半から「Beauty and Decay(美と退廃)」をテーマに作品づくりをする彼は、ニューヨークをはじめ国外から招かれた実績も多く、近年は廃墟内に描いた大型作品で、より大きな注目を集める存在になった。
公の美術館では初の個展となった「RONE IN GEELONG」では、過去のプロジェクトの変遷に加え、メイン展示となる大展示室でのインスタレーションが圧倒的だった。そのコンセプトを尋ねると「もともとは、これまでの活動を振り返る回顧的な展示をしたいと声を掛けてもらったんだ。企画を始めたとき、僕らは、廃墟になっていたアール・デコ様式の豪邸を一棟まるごと使ったインスタレーション『Empire』をちょうど終えたところで、オリジナルの音楽や香りを含め、ビジターが没入できる展示の効果を実感していたところだったので、ジーロングでも同じような体験をつくれないかって考えた」とRoneは当初のアイデアを振り返る。
列柱や天窓などのクラシックな意匠がある展示空間からインスピレーションを得た彼は、設営期間や現状回復の制約があるなかで、トロンプルイユの手法を取り入れながら空間を徹底的につくり込む方法にチャレンジした。
「この大展示室では、『光と闇』をテーマに対照的な2つの世界を表現している。ただ正反対の世界を描くのではなく、片方は明るい光に溢れていながらも、ダークな憂いの感情が含まれていて、もう一方は、闇の中に、かすかな希望が感じられるように女性の表情を描いていった。普通なら1つの部屋には1テーマとするけれど、この部屋には十分なスペースがあったので、向かい合わせに壁画を配置しようっていうクレイジーなアイデアが浮かんでね。そうすることで、絵の中の2人が対話しているような感覚を持たせたかったんだ」。
実際の展示にあたっては、設営期間を考慮して、展示室のレプリカを自分の作業場内に仮組みし、そこでパネルに描いたペインティングを分割して移送する方法がとられた。「別の場所で描くなんて初めてだったし、ギャラリーではトップライトを部屋の片側だけ覆ったり、かなりリスキーな方法だった。何が大変だったかというと、ペインティング以外のすべてだよ。描くのはいつもやってることだから」と笑う。
また、Roneが子どもの頃からジーロング・ギャラリーで見ていたという、オーストラリアの画家Frederick McCubbin(フレドリック・マッカビン)の名画「A bush burial」(1890年)や、1930年代のFlorence Royceの陶器作品を選び、絵の複製をエージングして展示するなど、独自の解釈でインスタレーションに加えたことも、このサイトスペシフィックな展示のアクセントになっている。
映画セットのようなシーンづくりは彼が信頼するスタイリストのCarly Spoonerが、会場用のオリジナル音源はNick Batterhamが担当し、Empireでもコラボレーションしたこの2人の協力はとても大きかったという。
展示中の反響を聞くと、「メインの展示室で、感情が高まって泣いてしまう人もいたし、ある人からは、廃屋に描いた作品を部屋ごと再現した作品『Green Room』で、自宅で使っていたヒーターなど日常のシーンから当時の家族との暮らしを思い出して涙したというメッセージをもらったよ。ディテールまで丁寧につくったことで伝わるものがあったのだと思うし、情感に訴えかけられたのは、アーティストとしてとても名誉なことだった」。
「僕のすべての作品は、取り壊されることが前提にあるので、その儚さを含め、作品に向かい合う瞬間を記憶に残してほしい」というRone。今後は、来年のビクトリア州内でのインスタレーションに向けて準備しているところで、全身で浸るような体験を提供するプロジェクトにこれからも国内外で取り組んでいきたいと語る。ホワイトキューブの次は、取り壊される間際の廃墟で、彼の作品を見てみたい。