単なるファッションアイテムとしてだけではなく、個人の思い出や哲学を映し出した、象徴としての価値が腕時計にはあるはずです。腕時計をめぐる物語を大事にする、デザインにまつわるプロフェッショナルたちに、腕時計を持つ理由や出会いをうかがいました。
ひがしちか(日傘作家)
7年くらい前、富岡八幡宮の骨董市で「オメガ ジュネーブ」に出会いました。当時は携帯電話を持たない生活をしており、時間がわからないのは困るので時計を探していたんです。“時計は自分のなりたい女性像を表す”と聞いたことがあるのですが、この時計を見たとき、なんとなく自分が憧れるものにリンクするような気がしました。あまりゴージャスではないけど、どこかエレガントさがあって、アナログのかっこよさもある。そんなところに惹かれたのかもしれません。
買ってからすぐに修理に出したのですが、水や振動、香水にも弱い時計で、普通に使っていたらまた壊れてしまって……。かれこれ5~6回はケアーズの石川智一さんに修理をお願いしています。やっとこの時計との付き合い方がわかってきたという感じですね。時計はこれひとつしか持っていないので、大事にしています。
手まき式のため、まくのを忘れると止まってしまいます。そのアナログさが、今の世の中で忘れてしまいそうなものを思い出させてくれる気がするんです。ハイテクなものは便利で面白いし、簡単に人や世間と通じることができるけど、自分だけと向き合う時間も必要だなって。この時計を持つことで、アナログとハイテクの使い分けが大事だと思うようになりました。スマートフォンを持つようになった今でも、絵を描くときはスマホを置いて、この時計だけ着けてアトリエに行くこともあります。(文/喜多見仁子、写真/田口純也)
本記事はデザイン誌「AXIS」208号「腕にまく未来。」(2020年12月号)からの転載です。