REPORT | コンペ情報
2021.04.19 10:04
2021年3月13日、東京・六本木のAXISギャラリーで「コクヨデザインアワード2021」の最終審査が行われた。同アワードは例年、最終審査と公開形式の表彰式を同日に行ってきた。しかし、新型コロナ感染拡大防止の観点から、表彰式・審査員トークショーをオンライン中継するとともに、最終プレゼンと審査の模様も同時配信した。その結果、応募総数1,401点(国内795点、海外606点)の中からグランプリに選ばれたのは、フィンランドからの応募作「RAE」(ミーラ アンド アーランド)。同アワード史上2回目となる、海外デザイナーのグランプリ受賞となった。
コトからモノへ。
昨年から続くパンデミックにより世界の人々の暮らしが一変、ニューノーマル(新しい日常)が模索されるなか、コクヨデザインアワード2021が提示したテーマは「POST-NORMAL」。今の生活や身の回りを見つめ直し、次のノーマルとは何かを考え、その答えをプロダクトとして提案することが求められた。
最終審査と同日に行われた審査員のトークイベントでは、このテーマに決定するまでに何度もやりとりがあったことが明かされた。アワードの方向性について、ここ数年の流れを変えるような熱い議論が交わされたためだ。特に審査員のあいだから、プロダクトデザインのコンペとしてモノのデザインに力を入れたい、という声が上がったという。
6回目の審査員を務めた植原亮輔(KIGI 代表/アートディレクター・クリエイティブディレクター)は、「ここ数年はモノよりもコトのデザインを重視する傾向にあり、テーマの難易度も高くマニアックになりつつあった。この流れをいったんリセットしようということになった」と話す。同じく6回目となる、アートディレクターの渡邉良重(KIGI/アートディレクター・デザイナー)も、「今回は特に強くプロダクトデザインへのこだわりを求めた」という。その結果、最終審査では、ファイナリスト10組のプレゼンテーションの内容はもちろん、モデルの完成度も高く、川村真司(Whatever/チーフクリエイティブオフィサー)は「10組すべて1次審査から最終審査へのジャンプが大きく、審査をしていて楽しめた」と語った。
満票のグランプリ受賞作
グランプリの「RAE」は、審議が始まってから2分足らずで満票を得て決まった。近年稀に見る早さだ。ロックダウン中のフィンランドからオンラインでプレゼンに参加したミーラ アンド アーランドのふたりは、引っ越しやテレワークといった生活の変化に合わせて環境を心地よく整えるアイテムとして、1枚の紙を折ってつくるデスクトップオーガナイザーを提案した。紙というフレキシブルな素材を採用しながら、考え抜かれた構造で容器として十分な強度を持ち、何よりもでき上がったときのフォルムが美しい。審査員全員が、プロダクトとしての総合的な完成度の高さを評価した。
さらに「印刷したらどうなるか」「サイズを大きくして家具にできないか」など展開の可能性があること、「もともと底面はテープで留める仕様だったが、最終審査では紙だけで完成するように構造をブラッシュアップした」というふたりの取り組み姿勢もプラスに働いたかもしれない。オンラインでグランプリ受賞を告げられたふたりは「毎年すばらしい受賞作を見て憧れてきたが、今回は自分がその立場になったことが夢のよう」と語り、涙を流して喜ぶ場面もあった。
優秀賞は、「質感認識する鉛筆」(ソー ユンピン)、「コドモノギス」(山浦晃司)、「学びに寄り添うマイボトル」(松浦泰明)の3作品。中でも多くの票を獲得した「コドモノギス」は、プロダクトデザインとしてのクオリティの高さが評価された。ノギスという計測道具をモチーフに、子どもが「測る」という行為を楽しく学ぶための文具として、4つの機能に分解して再構成したもの。思わず手にしたくなるような、見た目にも楽しい造形やグラフィックが審査員の心をとらえた。作者の山浦さんもオンラインで、「今回はプロダクトデザインの部分を頑張ったので、そこが評価されてよかった」と感想を述べた。
受賞ならずも印象的な作品
受賞には至らなかったものの、審査員の興味や関心を強く引きつけた作品があった。筆頭は「パッケージなペン、ペンなパッケージ」(長谷川泰斗)だ。再生紙のパッケージと一体化したペンの提案はサステナブルで、使用済みペンの回収も兼ねた販売什器のアイデアも評価されていた。ところが、商品の特性上避けられない汚れの問題や、それを素材で回避できるかという点が焦点になり受賞を逃した。ただ商品化の可能性は十分にあるとの高評価であった。
同じく審査員が注目した「NURIKAMI – 塗紙 -」(NEW+YOSHIOKA 坂本俊太、吉岡俊介)は塗料の提案だ。身の回りのモノに塗ると、紙粘土の表面のような毛羽立ちのあるテクスチャーを付加することができる。色やビーズなどを混ぜてカスタマイズすることも可能だ。紙を塗料にするという発想は斬新だが、素材によっては剥がれやすくなる点や、使い方に難しさのある点などが課題とされた。
「エル・メジャー」(青木 佳)もまた、審査員から「便利! 普通のメジャーと併せて持ちたい」と声があがり、鋭い着眼点が評価された。メジャー先端の金具部分が大きくL字になっているため、従来のメジャーではできなかった球体や丸みのある形状のサイズを測ることができる。優秀賞の「学びに寄り添うマイボトル」もそうだが、よくある日用品や道具の形にわずかな変化を加えるだけで、新しい機能や使い勝手を実現する提案だ。
プロダクトのパワー
パリからオンラインで審査に参加した田根 剛(Atelier Tsuyoshi Tane Architects 代表/建築家)が「デザインコンペらしいコンペ」と印象を語ったように、今回はこうした明快な問題解決のアイデアが多く集まった。昨年から審査に加わった田根と柳原照弘(デザイナー)は、ものづくりの現場や現実を熟知する立場から、素材や強度に関する具体的な質疑や助言を行い、本人たちも「プロダクトを審査する手応えがあった」と感想を述べた。ここ数年の情緒や感性を重視する傾向から流れが変わりつつあるようにも受け取れる。
「コクヨデザインアワードは、応募者と審査員、主催者であるコクヨの3者によるクリエイティブな作業だ」と田根。そのコクヨはプロダクトの会社だ。だからプロダクトデザインのコンペとして原点回帰、とまでは言わないが、こうした先行きの見えにくい時代だからこそ、改めて骨太のプロダクトが持つ突き抜けるようなパワーを求め、応募者たちもそれに応じたのかもしれない。コクヨデザインアワードの特徴のひとつは「商品化」であり、粒ぞろいの今年は商品化の当たり年になるかもしれない。同社にとってはアワードが閉幕したこれからが本番であり、早速具体的な検討が進められていくはずだ。ひとつでも多く、世の中を元気づけてくれるような商品の誕生を期待したい。