新型コロナウイルス対策の営業規制により、世界中で多くの飲食店が打撃を被っているなか、いまブラジルでは日本的なミニマリズムでデザインされたカフェ・チェーンが急成長している。
ブラジル南部の主要都市クリチバ市で2018年3月に創業した「ザ・コーヒー」は、この国でカフェとしては未だ新しいトゥーゴー(持ち帰り)主体の営業形態を取りながら、白、黒、薄茶の3色でコーディネートした極小空間の店舗を展開中だ。
当地でパンデミックが始まった2020年3月までに24店舗、以後これまで1年間のパンデミック中に新たに29店舗をオープンした。
パンデミック以前から低調な経済下において、副収入としてフランチャイズ経営に乗り出す事業主が増えていることや、パンデミック中にイートイン形態の飲食店の経営がことさら困難であることが背景にあるが、ザ・コーヒーの成長には日本的なデザインが不可欠だったようだ。
「いま世界でコーヒーをより美味しく味わう消費文化がますます広まっています。そのグルメな文化を支えるのは、コーヒー豆のピュアな美味しさとコーヒーを淹れるための丁寧な作法で、そこには日本のミニマリスティックなデザインと共通する折り目の正しさがあると思います」と経営者3兄弟の末弟、アレシャンドレ・フェルトナニさんは語る。
カフェブランドの立ち上げを考えていたフェルトナニ兄弟にとって、日本的なデザインをテーマに選んだのには、2017年の日本訪問の経験が大きかったそうだ。
店舗の内外には、日本建築に特徴的な垂直線を強調した装飾を用い、路上に面した看板を兼ねる照明には四角い灯籠のような白い直方体の形状を選んだ。外観の色調はニュートラルな白黒2色で統一され、内装には材木の薄茶色を生かした。店内に備えられた映像モニターには、東京の無音の風景映像がループで流されている。
こうした日本的なデザインの店舗に好意を寄せるのは利用客だけではない。フランチャイズを募集せずとも、加盟店参加希望者からの問い合わせは増え続けているそうだ。
サンパウロのモエマ地区に店舗を構えたアロイジオ・シュチェチンスキーさんもその一人だ。弁護士業の傍ら、愛するコーヒーを扱うフランチャイズ経営についての情報を求め、目に留まったのがザ・コーヒーだった。
「余計なものを置かないすっきりした店舗デザインに魅力を感じました。また会計管理もキャッシュレスを推奨するミニマルなものであることに惹かれました」と語る。
2020年8月にオープンしたモエマ店は、シュチェチンスキーさんの意見を受け入れ、ザ・コーヒーの中で、初めてイートインも可能なカウンターを設けた店舗となった。これに端を発して、同様の店舗が各地で増えているようだ。
「トゥーゴーの形態に固執するつもりはありません。私たちがこだわりたいのはカフェのブランドとして確立し、拡大していくことです」とアレシャンドレさん。加盟店オーナーの意見に応じつつも、カフェブランドとしてのコンセプトを徹底するため、営業担当のアレシャンドレさんはパンデミック中でありながらも各地の店舗見回りを欠かさない。
そしてなにより印象的なのは、店舗の看板や消耗品のカップには英語とカタカナで「ザ・コーヒー」と店名を併記している点だ。
「それが日本語であることはお客様のほとんどが認識しています。カタカナの店名から、外来のエキゾチックなものだと感じながらも、コスモポリタンなものと理解してくれる人が多いようです」とブランドのデザインを担う次兄のルイス・フェルトナニさんが語ってくれた。
そもそもエキゾチックであったが、いまやコスモポリタンなものといえばコーヒーがまさにそれに当てはまる。カタカナとコーヒーに備わる共通点に注目したが視点が面白い。
ザ・コーヒーは創業わずか3年目にして海外進出に乗り出そうとしている。パンデミックのさなかにも関わらず、2021年上半期にはマドリード店とリスボン店のオープンを予定しており、パリ出店への準備も進めているそうだ。
ヨーロッパにおいて、カタカナで「ザ・コーヒー」と店名を掲げたカフェが、実はブラジルのカフェ・チェーンと知って驚く人も出てきそうだ。しかし、私たち日本人が西洋の言語を何気なく店名に掲げることを鑑みれば、日本語や日本的なデザインが、エキゾチックなだけではなく、普遍性も携えて伝播しているのだと、喜ばしく見るべきだろう。