2019年度の東京ビジネスデザインアワード(TBDA)でテーマ賞に選ばれた「あらゆる仕様をユーザーが自由に選べるノート設計システム」(株式会社研恒社)。最終審査で、そのビジネスモデルを拡張するためのプラットフォームづくりを提案したのがデザインコンサルティングファームの「kenma(ケンマ)Inc.」だ。アワード終了後、両社の協働によって新しいルーズリーフブランドが生まれた。「ありそうでなかった」コンセプトやプロダクトに辿り着くまでの道のりを聞いた。
商業印刷からオリジナルノート作成サービスへ
——研恒社について教えてください。
神崎太一郎(株式会社研恒社代表取締役) 1972年創業の商業印刷の会社です。書籍などの印刷とは異なり、会社案内や広告ポスターなどの商業印刷を手がけています。印刷業界では部数に応じて導入する機械が異なり、分業している会社がほとんど。当社は小さな機械による小規模部数で、校正作業を大切にしていることが特徴です。社内に専任の校正作業者がいて、正確な情報を出すことに力を入れています。そのため大学やシンクタンクからの受注が多いですね。
——2013年にはオンラインでノートを作成できるサービス「kaku」を立ち上げました。
神崎 注文を受けて納品して終わりというだけではなくて、独自のものづくりをしたいと考え、御中元や御歳暮の予算を使って、自分たちで考え工夫したギフトをつくっていました。 あるとき、ダンボール会社と一緒に箱をつくってオリジナルのノートとペンをセットにしたところ、「ノートは研恒社らしくて面白い」という話になって、それがkakuの発想につながりました。ノートを何百冊も買ってきて商品化を検討しましたが、とても大手メーカーには敵わない。そこで用紙や罫線などたくさんの選択肢を用意したプラットフォームをつくって、ユーザーにノートをカスタマイズしてもらうという方向にシフトし、kakuのコンセプトが生まれました。
——オリジナルノートの作成サービスから、kaku souvenirという文房具シリーズも展開しています。
神崎 kakuはウェブサービスのブランドなので、店舗で売ってもらうためにkakuをベースにした商品をつくったのです。罫線を73色で印刷した「73色の風景を包んだノート」、92種類の用紙を一冊にまとめた「書きごこちを92回楽しむメモ」など、コンセプチュアルなノートを提案し、少しずつ広がってきています。
——2019年度TBDAに応募した経緯を教えてください。
神崎 2015年にkakuの第1弾ECサイトができたので展示会に出展しました。会場に小さな製本機を持ち込み、その場で製本すると皆さん喜んでくれたんです。それで自分たちの取り組みに自信を持ち、第2弾はしっかりコストをかけてバージョンアップすることにしました。それが2018年に完成したのでまた展示会に出展したところ、TBDA事務局から「アワードに参加しないか」と声をかけてもらい、興味を持ちました。
マッチング相手を信じる
——一方、kenma Inc.はなぜ研恒社のテーマに興味を持ったのですか。
今井裕平(kenma Inc. 代表/ビジネスデザイナー) kakuのウェブサービスは「こういうのがあったらいいな」と発想することはできると思うんです。ただ超小ロットなので実現するのはとても大変。それをやり切るところに研恒社のケイパビリティを感じたので応募しました。
神崎 私たちもTBDAに参加するからには、過去に実績のあるデザイナーに会いたかった。社内で「今井さんたちのような人と会えたらいいね」と話していて、マッチングできたのでラッキーだと思いました。そのときから、今井さんたちの言うことを信じようと心に決めたんです。
——最終審査ではどんな提案をしたのでしょう。
今井 新しいノートマーケットをつくろうという提案をしました。kakuのECサイトでどんなノートでもつくれるのであれば、ニッチなユーザー向けにニッチなノートを提供し、「こんなノートが欲しい」という声があればそれもつくる。ユーザーがデザインした罫線をシェアするといったアイデアもありました。
ノートでもルーズリーフでもない新しい提案
——まず、何から始めましたか。
今井 サービスのデザインです。ユーザーが用紙を選び、書いて、収納するまでの一連の流れを「ノートエクスペリエンス」とし、ノートの使い方を見直し、デザインし直しました。そこから「PageBase」というルーズリーフブランドのコンセプトを立てました。同時に、プロダクトデザインも進めていきました。用紙とバインダーをソフトとハードの考え方でわけ、ハード(バインダー)の「SlideNote」を開発していきました。パーツは、表紙ボード、スライドフレーム、クリップ金具の3つ。ビジネスデザインにおいて押さえるべき要素のひとつはコストなので、僕らのほうでまずイニシャルコストからプランニングし、製造は神崎さん主導で進めてもらいました。
神崎 いちばん苦労したのは紙を押さえておく機構の開発でした。最初は10枚の紙を挟むのが限界でしたが、なんとか「ノート」と呼べる30枚まで可能にしたかった。枚数が増えるほどクリップ金具のスライド感が固くなるので、金型を何度も修正し、滑らかになるまで試作を繰り返しました。組み立てのときに、厚みのある表紙ボードにクリップを取り付ける作業が大変なんです。表紙ボードの強度を測りながらカットしたり、クリップの曲げの強さや位置もミリ単位で調整したりしていきました。完成したのは、本当に発売ギリギリでした。
——穴あき用紙とリングによる機構ではなく、スライドクリップにこだわった理由は?
神崎 自分が書き込んだ用紙だけではなく、配布資料など他の紙も一緒に挟みたいじゃないですか。わざわざ2穴パンチしたり、簡単に順番を変えられないのは不便ですが、クリップであれば簡単に整理できます。
今井 いいノートを買っても、最後まで使い切れないことも多く、紙がもったいないですよね。ノートやルーズリーフでできること・できないことを徹底的に考えた結果、PageBaseはノートでもリングでもない新しい提案としてSlideNoteを実現したかったんです。
ユーザーが使いたい紙をセレクト
——用紙のラインアップについては。
神崎 kakuで約2000種の中から用紙を選定した経験があるので紙には詳しいんです。ただユーザーの心に届くのは商品名ではなく用途なので、特徴の違いを明確に出せるものをかき集めて、今井さんたちと精査していきました。
今井 普通の人は、紙の名前を見ても選べないですよね。でも「ほぼ日」の手帳やモレスキンの手帳に使われている紙だったら、ユーザーも使いたいんじゃないかと思ったんです。ホテルの高級紙や、建築用のトレーシングペーパーなど、紙のことをよく知らない人でも「欲しいな」と思ってもらえる紙にこだわりました。
神崎 最終的に、書き味の良さが求められるステーショナリーとしてふさわしい紙を12種類選びました。用紙を購入できるECサイト「Paper & Print」での発売開始から、どの紙も満遍なく売れています。「全種類を体験できるセットをつくってほしい」という声も多いので、用意しているところです。
一緒にものづくりに向き合える
——発売後の反響はいかがですか。
今井 展示会に出展したときから変わらず、「こういうものが欲しかった」と「これって今までなかったっけ」という声が多いですね。基本的には「ありそうでなかった」という反応です。売り上げも順調で、当初設定した販売数は確実に超えています。
——今後について教えてください。
今井 私たちが提唱するノートエクスペリエンスのうち「紙を選ぶ」「書く」についてはやることが決まっています。現在、SlideNoteはA4サイズのみですが、A5やB5といったサイズを展開すること。また「Paper & Print」での用紙のラインアップを増やしていきたい。ユーザーのニーズがわかれば、罫線のフォーマットも追加したい。加えて「収納」の部分についても、SlideNoteを収納するための製品を開発していきたい。僕らがTBDAで開発した「wemo」という製品とつなげられるのではないかとも考えています。
神崎 同時に、SlideNoteのバージョンアップも図っていきたいですね。
——TBDAに初めて参加してみていかがでしたか。
神崎 製品を開発しながら、商標や意匠、特許など権利のマネジメントが重要だと思っていたので、TBDA事務局がその部分をフォローしてくれているのは助かっています。そしてなにより、TBDAを通じて今井さんたちと一緒にものづくりに向き合うことができたのは良い経験でした。
——バージョンアップしたSlideNoteも楽しみにしています。ありがとうございました。
株式会社研恒社 https://www.kenkousya.jp/
kenma Inc. https://www.kenma.co
PageBase https://www.pagebase.tokyo/
東京ビジネスデザインアワード
https://www.tokyo-design.ne.jp/award.html