YCAMとアーティストのカイル・マクドナルドが企画
オンラインワークショップ「私はネットでできている?」レポート

山口情報芸術センター[YCAM]は、研究開発プロジェクト「鎖国[WalledGarden]プロジェクト」の一環として、2021年1月から2月に、オンラインワークショップ「私はネットでできている」を実施した。

同プロジェクトでは、ネットワーク技術が高度化した現代におけるテクノロジーやコミュニケーションのあり方をテーマに、3年に渡って展開していく予定だ。今回開催された本ワークショップは、その第一弾として、約30人の参加者を迎え、全2回にわたるプログラムだ。参加者の多くは、日常的によくインターネットを使っている人たちだが、今回はWeb会議ツールとしてよく知られるZoom、そして、YCAMが開発したオリジナルのウェブブラウザ「鎖国ブラウザ」を利用して、改めて、インターネットに支えられた自身の日々を振り返りながら、個人情報(プライバシー)の扱い方について考えさせられた。

一日目 インターネットと自分の距離感を認識する

簡単なプロジェクトの紹介を経て、Zoomの背景機能を活用したアクティビティが始まった。今回は、参加者が簡単なQ&Aを答え、他の参加者と回答を比較することで、自身がインターネットやSNSなどに対する意識を再認識するきっかけとなった。特に印象的だったのは、「Googleストリートビューで、自宅が撮影されることに抵抗感があるか?」といった質問に対する議論だ。質問に対して、YesとNoの答えは半々だったなか、「マンションだったら映されてもOKだが、実家はNO」といった意見もあった。その「マンションと実家」の線引きが、ある人にとっての「大衆の中の一人のデータ」と「自分を特定するデータ」の差を意味するものなのかもしれない。

▲ワークショップの質問
画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]

▲Zoomの背景を替えて回答
画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]

二日目 情報は誰かが作っていることを実感

二日目は、情報化社会についての理解をより深めていくため、YCAMが用意したオリジナルアプリ「鎖国ブラウザ」を使ったアクティビティ。

内容は簡単で、この「鎖国ブラウザ」を使って、時間内にクイズの答えを検索するだけ。しかし、検索を進めていくなか、筆者は「情報は作られている」ことを体感した。情報の透明性や中立性、利用者ごとにカスタマイズされた情報が表示されるシステムの表裏一体を実感した。

▲「鎖国ブラウザ」
画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]

その感覚はどこから来るのだろうか?この「鎖国ブラウザ」の見た目は普段使われているウェブブラウザと同様だ。ただ、検索結果は全て監視され、時々鎖国ブラウザ上の表示のみを書き換える処理がなされていた。

アクティビティのなか、筆者がもっとも反省したのは、「トム・クルーズは何年生まれ?」という質問だった。

全てのサイトに、「1957年7月3日(58歳)」と書かれたため、何も考えず、「1957年7月3日」と答えてしまった。少しでも情報を疑う気持ちがあれば、年齢と生まれた年に矛盾を感じ、正解が「1962年」であることに気づくことができたはずだった。

▲「鎖国ブラウザ」上での情報の改ざん
画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]

▲検索キーワードがブロック
画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]

続いて、もう一つのアクティビティでは「鎖国エクスプローラ」という、このプロジェクトのコラボレーターでアーティスト/プログラマーのカイル・マクドナルドが開発したWEBサービスを使用し、自分のFacebookやGoogleアカウントのデータをダウンロードすることで、いつ・どこで・だれと・なにをしたのかをカレンダー形式で見ることで、インターネットが知っている自分の姿を探ることができた。

画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]

また、そのデータを使用して少人数のグループに分かれ、多くのメンバーが訪れたサイトや再生した映像を当てるアクティビティを行った。こちらのWEBサービスは2021年3月中にプロジェクトの特設サイトで公開される予定なので、ぜひ体験してほしい。

▲「鎖国エクスプローラ」の表示の一例
画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]

アクティビティを終えて、最後は、カイル・マクドナルド本人が登壇した。

▲カイル・マクドナルド
画像提供:山口情報芸術センター[YCAM]

「鎖国エクスプローラ」によって、まるで利用者が企業のために働いているかのような感覚を知ってほしかった、さらに、自分のデータをワークショップで匿名で共有したときに感じた居心地の悪さ忘れてはいけない、とカイルは言った。企業によるトラッキングは利用者の過去の行動によって、自分はこういう人間だという箱に自身を閉じ込める。気候変動の問題と同じく、個人でできることもあるが、それだけでは解決しないため、政府や企業に対して適切な規制を設けるように共同で圧力をかけていくことが重要だと彼は語った。

カイルとYCAMは、今回のワークショップを基盤として、参加者の体験を起点に、テクノロジーと人のあり方を議論し、新たな可能性を探し続けていくそうだ。3年後には、その成果を展覧会やパフォーマンスなどで表現することを計画している。

「情報化社会」の到来が近づくとともに、監視社会に関する議論はさまざまな現場でおこなわれている。表現の現場からもそうした問題に対するアプローチが試みられており、YCAMはこれまでにも監視社会を題材とした作品を制作/発表してきた。

▲「監視社会と身体」をテーマとしたインスタレーション作品
三上晴子『欲望のコード』(2010年)
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]撮影:丸尾隆一(YCAM)

不安や複雑な気持ちになるかもしれないが、実態を知れば、ネットワークとの付き合い方は選択できる。いまは、多くの企業がプライバシーの取り扱いの透明度をあげているなか、利用者は、そのポリシーを理解し、選択する力を養うことが大切だと思う。

信じるべき情報とは何か?提供すべき情報とは何か?人間関係もネットワークの取り扱いも、時間とともに経験を積むことで学んでいくことになるだろう。(文:清水 AXIS)End