INTERVIEW | アート / プロダクト
2020.12.24 10:08
メルボルン中心部から北に10kmほどのエリア、Reservoirにオーストラリアの建築家やデザイナーたちから一目置かれる陶芸家ブルース・ロウが率いるアンカー・セラミックスの工房がある。彼らは、シンプルな形状の陶器を用いた照明器具や、オリジナルの装飾タイルなどの仕事でよく知られている。同スタジオの創設者であり、最近はアンカー・セラミックスでのものづくりと並行して、個人名を冠した作品をアーティストとして発表しているブルースを訪ねた。
アンカー・セラミックスのプロダクトとの最初の出会いは、数年前にミュージアムショップで偶然目にしたウォールフックだった。壁に取り付けるフックといえば、耐久性の面からたいていは金属製や木製だが、割れものである陶器の使用とその直線と円を組み合わせた幾何学的な形状は印象に残った。彼らが手がけるのは照明器具やテーブルなど幅広いが、どれも無駄のないラインに個性があるものばかりだ。
建築家から陶芸家へ
これまでのキャリアをブルースに尋ねると、「西オーストラリア州のパースにいた学生時代にグラフィックデザインを学び、20代では彫刻づくりに取り組んだ。彫刻に携わるうちに空間的なデザインに興味を持ち、あらためて建築学科に入学した。建築家になるための勉強はハードだったが、とても充実していた。卒業後、2006年にメルボルンに移り、オーストラリアを代表する建築家のひとりであるグレアム・ガン(Graeme Gunn)率いる設計事務所のスタッフとして働き始め、その後、メイク・アーキテクチャー(現スタジオ・ブライト)に加わった。ふたつの素晴らしい設計事務所で、デザイン、光と陰の効果、マテリアルの特徴などを学んだ経験は今の自分に大きな影響を与えている」。
陶芸を始めたきっかけは偶然で、当時、趣味として描いていた水彩画を壁一面にタイルで表現してみたいという思いから、2011年に陶芸の夜間クラスに参加したところ、手でものをつくる魅力に惹かれ、電動ろくろを購入して週末は常にろくろに向かうほどのめり込んだという。
「そんな頃、メイク・アーキテクチャーで設計していたプロジェクトでペンダントライトが必要となったときに、自作の陶器製シェードをつくったことがあったんだ。すると、クライアントはとても気に入ってくれて、その写真を見た建築家が使いたいと声を掛けてくるようになった。そのときはビジネスにしようとはまったく思っていなかったが、手づくりした照明の写真がメディアに載るたびに問い合わせや注文が入るようになったんだ。建築の仕事を続けながら、2012年の終わり頃にアンカー・セラミックスという名前を使い始め、2015年にフルタイムでの建築の仕事を辞めて、陶器づくりをメインにする決断をした」。
今となっては良い判断だったと言えるが、建築家になるためにずいぶん長い期間を費やしてきたし、45歳で建築家から転身するというのは大きなリスクがある決断だった振り返る。
建築デザインと、現在の仕事の違いを尋ねると、「創作の自由を得たことだ。建築設計というのは、基本的にクライアントの要望に対してデザインを提案する仕事であり、今、僕らがつくっているものは、100%自分たちでリスクを負い、自らの企画で制作するものだ。本当にいいものをつくろうと未知の分野に挑戦するときには、成功する保証はまったくないからね。しかし、そうしたビジネス面のプレッシャーはあるが、自分たちで企画して、ちょっとしたクリスマスギフトをアイデアから考えたりするのは楽しいことだ」と言う。
2016年にはアンカー・セラミックスを法人化し、初期に商品化した、ろくろで成形したシンプルなシリンダー状の人気商品「Earth Light」はバリエーションを増やし、現在はロングセラーとなっている。2019年に発表した、押し出し成形による新作照明「FLUTE」は、角張ったボディにゆるいカーブを描く凹みを組み合わせたブラケットライトだ。側面の模様は、古典的な建築の溝彫りパターンからインスピレーションを得たという。
アンカー・セラミックスのものづくりのコンセプトを聞くと、「僕たちは、マテリアルが持つ豊かなテクスチャーの表現や、本物が醸し出す質感を大切にしている。例えば、ろくろを使った陶器づくりはとても時間と手間のかかる仕事だけれど、使う人が共感を得てくれるのはそうした部分だと思う。大量生産の工業製品と手仕事でつくる器にはそれぞれの特徴があり、どちらが良いということではないが、僕らは人と人との関係性がとても大切だと思っているので、アンカー・セラミックスのプロダクトから人間らしさ、手のぬくもりのようなものを感じてほしい。もっと簡単に言うと、朝起きたときに僕らの照明器具や器を見て、いい気分で1日を始めてくれたらいいな、って思っているんだ」と笑顔を見せる。
また、デザインの手法については、「僕は世界にある陶器の歴史に大きな敬意を持っているが、古くからある手法にこだわるわけではない。手書きのスケッチからすべては始まるが、図面はCADで描くし、レーザーカットや3Dプリントといったラピッドプロトタイピングの手法を使いながらデザインを調整し、新旧を問わず、複合的なアプローチで制作していくのが特徴だ。また、金属や木材加工のプロや照明器具を組み立てるチームなど、社外の優秀なコラボレーターの協力により、僕らの焼いた陶器が製品になる」と語ってくれた。
アートとプロダクトの間にある領域への取り組み
プロダクトを拡充する一方で、2019年11月にはアーティストとして、米ロサンゼルスのギャラリー「スタール+バンド」にて米国では初となる個展を開催した。これは、もともと彼らの照明器具に興味を持ったギャラリーオーナーがメルボルンの工房を訪れた際に、ブルースが作家として制作してきたアートワークを気に入り、実現したものだったという。
アーティストとしてのものづくりと、アンカー・セラミックスとしてのプロダクトづくりをするうえで、自身の中で線引きがあるかを尋ねた。すると、「僕が行うすべてのデザインやアート制作は、何かを創造するための行為であって、アートとプロダクトのどちらに属するかということは重要ではない。一本の線の上にここから右はアート、ここから左はプロダクト、というような区分けがあるわけではなく、僕の中ではふたつのレイヤーがあり、それぞれが重なり合っているんだ。だから、自分では、アーティストとアンカー・セラミックスの代表というふたつの役割があるとは考えておらず、そのふたつを併せ持った、クリテイティブなものづくりをする実践者だと思っている」との答え。
取材の終わりに、今後の手がけたいことを聞くと、「僕の一番の興味は、素材から形をつくり、それを空間に生かすことだ。アートを含めて、進めたいアイデアは10以上あり、もっと大きな彫刻的なプロジェクトや木材を使ったものなども考えている。また、陶器の成形も釉薬についてもさらに技術を高め、今やっていることを深めていきたい。常に新鮮な目でものを見て、同じ製品をもっと良くするにはどうしたらいいか、どんなバリエーションがあったらいいかをいつも考えているんだ」。
また、アートに取り組んだことで、アートとプロダクトの間には未知の広い領域があることに気づいたという。「2018年にアンカー・セラミックスから発売した『Scape』というアイテムは、焼き物でつくった積み木のようなもので、山々やシティスケープのように自分で好きな風景をつくることができる。これは、ひとつひとつ異なるパターンでつくり100セット限定で販売したところ、バックオーダーを抱えるほどの人気を得ることができた。こうした、アートとプロダクトの要素が重なり合うものをもっと考えてみたい。また、アウトドアテーブル『Anchor Table』は、家具メーカーのグラツィア&コーとコラボレーションで生まれた製品だが、そんなふうに誰かと連携することにもとても興味がある」と語ってくれた。
2021年以降も、リサイクル素材を用いた陶器の可能性を探るプロジェクトなど、今はまだ公開できないR&D案件が進行中という彼ら。オーストラリアで採れる土を用いた陶芸に、現代のテクノロジーと建築家として身につけた感性が重なり合うことで生まれるアンカー・セラミックスの進化と、今後のアーティスト活動に注目したい。