人工知能(AI)による自動データ処理が急速に拡大し、製品のデザインと市場導入にデータサイエンスを取り入れる動きが広がっています。その際、最高の製品を生むために大事なのは、デザインプロセスの全体を通じ、定性的な手法と定量的な手法が補完し合うこと。その相乗効果によって、ユーザーを中心に据えた、かつ信頼性の高い製品が実現するのです。frogでは両方の手法を組み合わせて、クライアントにとってより良い方法を常に考え、試しています。
製品のデザインや市場導入を担当するチームの多くは、データサイエンスを既存のプロセスを自動化・強化するためのツールと考えています(例えば、デザインリサーチでのインタビュー音声の自動文字起こしや、コンセプト案のコンピューター上での視覚化・クラスター化など)。
確かに私たちは日常の業務でこうした支援を必要としています。しかし同時に、データサイエンス導入の本質は、クライアント課題に対する理解力の増強と、しっかりと検証された信頼性と成長性のある解決策を開発する能力の向上にある、とfrogでは考えています。
データサイエンスは、新たな方法でユーザーデータと接触することを可能にするだけでなく、これまでにない種類のユーザー情報を収集・分析する手段となり、デザインに統計的な裏付けと検証機能を与えてくれます。結局のところ、データサイエンスとデザイン思考の融合とは、エンドユーザーの理解、さらにはそのユーザーに最善のサービスを提供するにはどうするかを理解することに尽きるのです。
デザイン思考をデータで強化する
デザイン思考とは、問題解決への構造的なアプローチです。人を中心に考え、物事の本質を突いたインパクトのあるデザインソリューションの創出を支援するさまざまな活動が含まれます。プロジェクトの性質ごとに活動は変わりますが、基本的に、①共感、②定義、③観念化、④プロトタイプ、⑤テストが含まれています。
frogでは、これらの定性的なリサーチに定量的な手法を加えて強化しています。定量的な手法はデザインプロセスの中で出てきた仮説の検証に用いられ、また新たな考察の源にもなります。多くの場合、この2種類の手法は必然的に並行して実行されるものですが、私たちはプロセスのキーポイントで必ず両方が交わるようにしています。
これから挙げる活動の一部は、デザイン思考の中でもユーザーのニーズやペインポイント(ユーザーの悩みや困りごとの原因)を明らかにし、プロトタイプを通じて解決策を検証する「デザインリサーチ」系のプロジェクトで効果を発揮します。一方、その解決策を、さらに製造や継続的な改善まで持っていく「デザイン・構築」系プロジェクトに効果的なものもあります。
それでは、ユーザーを中心に置いた製品デザインと市場導入のプロセスの五つの段階について、各段階にデータサイエンスがどう関わるのか、事例と併せて解説します。
第1段階:共感
コンテキスト: デザイン思考プロセスの第1段階は、ユーザーとの共感の構築です。定性的な面でいえば、多くの場合、比較的少人数のユーザー群に対しフィールドワークリサーチを行います。ユーザージャーニーと、デザイン上の問題に関するペインポイント、動機、その結果として生じる行動について理解を深めることが目的です。
専有情報や公開情報による2次リサーチは、この種のリサーチの全体構造を決定する際には役立ちます。しかし私たちは常に予想外の回答を引き出すような自由回答型の質問を心がけています。そういった回答は、純粋に演繹的な推論によるプロセスでは達することのない結論を浮かび上がらせ、後のデザインへとつながる重要な発見となり得るのです。
データサイエンスの必要性: 分野としてのデータサイエンスは、この共感プロセスにはあまり関心を向けないのが普通です。しかしfrogでは、ここがデータサイエンスを導入すべき重要な段階だと考えています。定性的リサーチに定量的な知見を取り入れることで、例えば、強く共感できる話をしてくれるユーザーを重視し、逆に共感できないユーザーのペインポイントを軽視するといった、先入観による誤りを防ぐことができます。
アクティビティの事例: SNSのコミュニティーでは貴重な情報が見つかるだけでなく、より広い問題意識まで知ることができます。データサイエンスは、その情報を大局的にとらえ、デザインリサーチの結果に照らして検討する際に役立ちます。例えば、良質で構造化された質問群で定量的調査を行えば、ユーザーのペインポイントや意識、その結果として生じた行動の間の統計的な因果関係とその強度を確証する助けになります。
この種の調査は、まずこれらの関係性の正体についての仮説がなければ、適切に設計することはできません。質的手法からは、実際に何が起きているのか、その理由は何なのかが分かり、量的手法からは、発生の頻度や、その理由がどのくらい重要なのかを把握できます。
第2段階: 定義
コンテキスト: ユーザーとの共感を構築し、その行動の理由を理解できたら、次は問題の性質と範囲をより正確に定義します。このプロセスでは、私たちの仮説を裏付ける、またはその反証となるパターンを特定して、それまでに分かったすべての情報を合成します。このプロセスでは私たちがデザインリサーチから得た予想外の発見と、一般的に確立された理論が結び付き、重要な知見が浮かび上がることも少なからずあります。
明確なユーザーニーズの定義から導き出された仮説。それは思いもよらない新たな方法でニーズを満たす、革新的デザインの出発点となります。このプロセスはクライアントにとって他にはないメリットを生み出します。クライアントの競合他社は、業界の専門知識に大きく頼りがちで、ユーザーについての理解は比較的浅い傾向があるからです。
データサイエンスの必要性: データサイエンスは、構築した仮説の質を評価する上で極めて重要なツールとなります。共感段階でデータの取得と分析を体系的に行っていれば、定義段階で仮説を量的証拠に照らして直接検証し、それぞれの仮説の強度を比較して優先順位をつけることができます。例えば質的調査であるペインポイントが非常に強く表れたものの、ユーザーの10%にしか影響しないのに対し、付随的に言及された別のペインポイントがユーザーの90%に影響する場合などです。まずどの問題を解決する必要があるのか、そして解決にどれくらい労力が必要になるのか、より効果的な仮説を立てることができます。
さらに、ペインポイントとユーザーのタイプとの相関関係を見つけることにより、特定のユーザー類型や特定の行動様式にのみ適用できる、微妙に異なる複数の仮説を立てることもできます。
アクティビティの事例: 定義段階は非常に反復的なプロセスで、定性的な仮説の形成→定量的なテストと検証→仮説の精緻化を何度も繰り返します。例えば、サインアップのプロセスを途中でやめるユーザーがいる理由について、サインアップに時間がかかり過ぎる、またはユーザーの手元にない情報を求められるという二つの仮説を立てたとします。その場合、ABテストなどの定量的手法を用いて、手続きを終えたユーザーと途中でやめたユーザーがかけた時間を比較したり、ノートパソコンとモバイルデバイスの完了率を比較したりできます。さらに掘り下げて、モバイルデバイスのユーザーとノートパソコンのユーザーがかけた時間をそれぞれ比較すれば、どちらかの仮説が原因因子ではなく付随的な因子である可能性が見えてきます。
第3段階: 観念化
コンテキスト: 観念化の段階では、ユーザーのペインポイントに対する解決策をブレーンストーミングします。「アイデアがないというのは間違った考え」をモットーに遠慮なくアイデアを出してもらい、一見効果的とは思えないものや、ぴったりはまりそうにないものも含めて、さまざまな解決策を導き出します。最初のブレストの後、出てきたコンセプトを絞り込み、整合しそうなものをまとめてクラスターに分類します(同じようなペインポイントを解決するもの、特定のユーザー類型やテクノロジーに適したものなど)。
データサイエンスの必要性: 一見、各種のペインポイントや仮説の強度を定量分析するというのは、観念化において必要な、可能性に制限や制約を設けないという条件と対立するように思えます。このため、私たちはブレーンストーミングの間はこうした定量分析にはなるべく目を向けず、アイデアの起点とすべき問題空間への理解を、全員で共有するための枠組みとして利用しています。
一方、コンセプトの絞り込みと分類の段階では、定量的な知見が、アイデアをクラスター化する上で極めて重要な役割を果たしたり、どのアプローチが最善なのか、複数の意見が競合したときに決着をつける手段になったりする場合があります。
アクティビティの事例: 観念化段階でもプロセスの自動化を行うことはありますが(自然言語処理や教師なし学習法〈機械学習の手法のひとつ〉でアイデアのクラスター化を自動化するなど)、この段階におけるデータサイエンスの最大のメリットは、ユーザーのペインポイント、その原因についての仮説、そしてその解決のため構築したコンセプトの合成にあります。
その際には、双方向のオンラインプラットフォームで簡易化・高性能化された定量的調査を活用します。調査結果に基づき行動モデルを設計・強化することで、各コンセプトがペインポイントをどの程度解消し、ユーザーの行動にどう影響を与えるかを予測していきます。この種のモデルは、特定の解決策から得られる効果を最大化するのにも利用できます。
第4段階: プロトタイプ
コンテキスト: コンセプトを形にするのがプロトタイプの段階です。ビジュアルデザイナーが画面のデザイン案と製品の特長を大まかにスケッチし、インタラクションデザイナーがユーザージャーニーと主要なユーザーフロー、インタラクティブなプロトタイプを構築します。ストラテジストは、製品の取り込み率と収益を最大化するためのビジネスモデルと製品ロードマップを作成します。リサーチで見つかったペインポイントに十分に対処できているかを確認するため、プロトタイプは何度でも作り直します。
データサイエンスの必要性: 試作段階における具体的なデータサイエンスはプロジェクトによって異なりますが、どのような場合でもプロセスに入れる必要があります。デザインリサーチ系のプロジェクトで極めて重要なことは、開発したプロトタイプが最重要課題を解決しているか、さらに、それが正しい順序で実現できているか。行動モデルへの参照を行えば、その成否を確認することができ、ユーザージャーニー改善の指針ともなります。デザイン・構築系のプロジェクトでは、私たちはよく行動モデルを活用します。最初のプロトタイプにデータ不足による使い勝手の問題がないか、ターゲットを絞ったデータ収集戦略が製品ロードマップに含まれていて、本格展開の前にユーザーと交流して高度な機能を検証できるかどうか、確認する際に使っています。
アクティビティの事例: デザインリサーチ系のプロジェクトでは、製品の持つ機能それぞれの相対的価値を判断することが重要です。行動モデルを活用して、製品の各機能がそれに対応するペインポイントをどの程度解消するのか評価し、さらにその結果を市場における各ペインポイントの蔓延率と掛け合わせれば、その製品の潜在ユーザー総数が推定できます。また、各コンポーネントによって解消されるペインポイントやその潜在ユーザー数の重複ができる限りゼロに近づくよう、デザインソリューションの冗長性をなくすのにも行動モデルを利用できます。
デザイン・構築系プロジェクトの場合、frogではMVP(Minimum Viable Product:実用最小限の製品)で小規模な市場テストをするのが普通です。行動モデルはそのテストの際、有益なフィードバックを能動的・受動的に提供してくれるユーザー像を把握するのに役立ちます。また、どの機能をどう組み合わせたものがそのユーザー群に最適かを評価するのにも利用できます。ユーザーのフィードバックをすでに把握済みのユーザー情報に照らして解釈するために、この時点で初期的なデータ収集ラインと分析コンポーネントを構築します。
第5段階: テスト
コンテキスト: ここまでの各段階でもある程度の概念テストは行いますが、テスト段階はやはり独立した段階とするだけの価値があります。デザインソリューションがユーザーのニーズにどの程度対応しているか、初めて実際のユーザーからフィードバックを得られるのはこの段階だからです。全ユーザーのニーズに対応できるようにどれだけ努力をしてもテストでは何らかのミスが見つかることがあります。特定のユーザー群を十分に考慮していなかったのかもしれないし、リサーチで把握できていなかったペインポイントやユーザー行動が表面化したのかもしれません。
デザインリサーチ系のプロジェクトでは大抵の場合、物理的あるいはデジタルのプロトタイプをユーザーが使用できるようにし、感想を口頭でリアルタイムにフィードバックする機会を設けます。私たちはそのフィードバックを利用して、製品機能のどの部分を変更し、改善する必要があるのかを把握します。
デザイン・構築系のプロジェクトでは、「試して学ぶ」を繰り返すアプローチが役に立ちます。ローンチ初日に完璧だったからといって、そのソリューションが永遠に完璧であり続けるわけではありません。ユーザーのニーズや行動は変化するものですし、競合他社が私たちのデザインの効果的な要素を模倣し、こちらはさらに相手の先を行くイノベーションを迫られることもあります。
データサイエンスの必要性: 十分に事前知識のある少数のユーザー群に対してうまく機能するモデルもあるのですが、あらゆるデータサイエンス手法は規模を拡大した方が有効に機能します。私たちが少数ユーザーを対象にデザインを行うことはまずないため、できるだけ大規模なユーザー群を使ってテストすることで、市場での成功に向けた確信を持つことができます。データサイエンスは、私たちのデザインを偏りのない目で評価し、比較検討するための手段です。デザインプロセスの進捗状況や、投入できるリソースによってはテスト精度に差が出たり、テストを行う範囲が変化したりすることもあります。その際にデータサイエンスの力を借りれば、異なる条件下での評価が可能となります。
アクティビティの事例: 深みのある定性的フィードバックは、少人数のグループにフォーカスすることでしか得られません。しかし、ある程度の定性的フィードバックであれば、統計的テストによって大人数のユーザー群から集めることができます。その結果を参照すれば、デザインと開発のリソースを効率化でき、さらに追加のセッションで精査を行うことで、それまでに見つかった予想外の傾向やパターン、相関関係の原因の掘り下げも可能となります。
デザインリサーチ系のプロジェクトでは、コンセプトや機能の有効性をテストしないまま最終的な製品にたどり着くことは、まずありません。定量的調査やオンラインでのユーザーテストを通じて機能や情報のレイアウト、デザイン言語、ユーザーフローのテストを行えば、少人数のグループでは顕在化しなかった隠れた問題やボトルネックを明らかにすることができます。また、製品を使用した際の行動の変化や、既存のプロセスや回避策を考えた上でなおこの製品を使いたいか、ユーザーに質問することもできます。耳の痛い話を聞かされることになるかもしれませんが、軌道修正をして効率よく手を打てるように、悪い話は早めに知る方が得策です。
また、デザイン・構築系のプロジェクトでは、デザインを効果的に製品化しようと思えば、「試して学ぶ」方法をもっと構造的に考える必要があります。コンバージョン率やクリックスルー率といった従来のKPI(重要業績指標)だけでなく、以前はデザインラボ内でなければ測定できなかったユーザー体験指標も測定・視覚化しなければなりません。ABテストなどの一般的な手法でも、サイトのレイアウトや機能の他、デザインソリューションで解消を試みたペインポイントそのものや望ましくない行動もテストできるように拡張する必要があります。
データサイエンスを正しく取り入れる
以上のように、データサイエンスは、古典的なデザイン思考プロセスを機械的に拡充する以上のものをもたらす可能性があります(もちろん、その種のツールも役に立つことは間違いないのですが)。
データサイエンスを従来の定性的アプローチと相容れないものと考えたり、どちらのアプローチが最善かをめぐってイデオロギー論争を起こしたりする理由はどこにもありません。デザイン思考、戦略、データサイエンスを組み合わせることで、コンセプトとしても体験としても優れているだけでなく、市場でも成功するデザインソリューションを実現できると私たちは考えています。
この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「DesignMind」に掲載されたコンテンツを、電通CDCエクスペリエンスデザイン部・岡田憲明氏の監修でお届けしています。