日本の伝統を次世代につなぐ、株式会社和えるの新たな取り組み

▲吉祥文様をあしらった『愛媛県から 五十崎和紙の 紙風船』。手作業で製作され、丈夫で破れにくいのが特徴。

株式会社和える(あえる)では、2011年の創業以来、日本の伝統を次の世代につなぐための活動に取り組んでいる。今年5月にはコロナの状況を踏まえて、全国の伝統工芸に携わる職人に調査を実施した。その結果から、事業者の約4割が年内に廃業する可能性があることや職人の想いや考えを浮き彫りになり、新聞などのメディアで紹介されて大きな反響を呼んだ。この調査について、また新たに立ち上げた“aeru gallery”や“aeru 電気”事業、そして、来年に創業10周を迎える心境を代表の矢島里佳に聞いた。

▲東京・目黒「aeru meguro」。写真提供(すべて)/株式会社和える

職人の実態調査を独自に展開

新型コロナウイルス影響から、各業界で経済損失をはじめとする調査が行われていたが、伝統工芸関連ではそうした実態を把握しようとする動きは見当たらなかった。そんななか、和えるの社員たちが声を上げた。「私たちが職人さんたちの調査をしませんか」。

日本の伝統工芸の世界では、職人の高齢化や後継者不足などが問題視されてきたが、その危機感や不安感は漠然としていて、きちんとした調査がされてこなかったことを矢島も懸念していた。「和えるを興した原点は職人さんであり、彼ら彼女らがいるからこそ私たちの会社は存在します。コロナ禍のなかで、今、どのような状況なのか、どのような支援を必要としているのか、とにかく現状を知りたいと思いました」。

▲『京都府から 京焼の こぼしにくい器』。“返し”があることで、柔らかいお粥や細かく刻んだ野菜も、スプーンで上手にすくえる。

2020年5月9日から15日にかけて、和えるでは全国の職人に向けて調査を実施した。緊急事態宣言下だったことから調査方法はメールやSNSに限られ、そのツールが使用できる職人が主な対象となった。呉服、陶磁器、漆器、木工品、和紙、仏具といった伝統産業に携わる個人事業主や企業経営者で、最終製品だけでなく、原材料や中間工程、卸売や小売業者も含まれている。

これまでさまざまな伝統工芸に携わる人々と会い、対話を重ねてきた経験をもとに、調査項目は独自に作成した。質問には主要販路、前年同月比の売り上げ、廃業を検討せざるを得ないタイミング、コロナの影響を乗り切るための対策、必要としている支援策などがあり、調査および集計も、社員が行った。

▲「伝統産業従事者 新型コロナウイルス影響調査」(株式会社和える)より、売り上げの主な減少要因。

調査結果には、前向きな意見も

回答者数は、367名。結果は、これまで見えなかった危機感や不安感を数値として可視化し、課題点を浮き彫りにした点で興味深い。例えば、4月の前年同月比の売り上げが、50%以上減少した事業者が過半数。百貨店の休業やインバウンド観光客の減少、冠婚葬祭の中止などが主な要因である。年内に約4割が経営危機に陥る可能性があり、これを機に廃業を考えている人も浮き彫りになった。

持続化給付金や雇用調整助成金といった支援制度を活用した人もいたが、手続きの複雑さから断念する人も。また、伝統工芸品は贅沢品であり、不要不急のものと思われて後回しにされがちなことから、需要の回復に時間がかかることを心配する声も上がっている。

▲「伝統産業従事者 新型コロナウイルス影響調査」(株式会社和える)より。必要としている支援策も多数挙げられた。

結果はネガティブな内容に終始しているだろうと思われたが、和えるの調査では前向きな意見も出たことが特徴的である。「経営の相談がしたい」という意見や、「補助金などに頼る体質から抜け出したい」という声もあった。ほかにも、顧客は中高年層が多く、若い世代の開拓が遅れていること、卸会社や百貨店を通じた実店舗に依存していたことが、今回の打撃を大きくしているといった反省点が指摘され、支援策の案もさまざまに挙げられた。

和えるでは、広く知ってもらいたいという想いのもと、この調査結果を国や行政にも提出した。今後は他機関と連携し、対象者を広げて、さらに踏み込んだ実態調査を行う必要性も感じている。

▲“aeru gallery”では、和えるの社員が職人に撮影の仕方やネーミングの付け方をアドバイスしながらページを制作した。

オンラインを活用したギャラリー、工房訪問

今回の調査結果で意外だったのは、SNSなどができる層が中心だったにもかかわらず、オンラインショップをもたない事業者が多かったことだ。ステイホーム中にEコマースの売り上げが急速に伸びていったことから、その重要性を改めて感じた人も多いだろう。

和えるでは、オンラインショップをもたない工房の商品を購入できるプラットフォーム“aeru gallery”を5月に立ち上げた。ゆくゆくは時間や場所を問わず、美しいものに出逢える場として、それを暮らしのなかに取り入れる入り口となるべく、オンラインギャラリーという名を付けた。


▲オンライン工房訪問では、和ろうそくをつくる京都・伏見の中村ローソク(写真上)や、石川県の加賀陶苑 芳岳工房の九谷焼の若手作家を訪ねた(写真下)」。

4月からオンラインによる工房訪問もスタートさせた。実際にその土地を訪れ、人や物に触れる体験は大切だと思う一方で、「一度に大勢の人につくり手の想いや考えを伝えられること」に矢島は魅力を感じた。

また、これまで伝統工芸の展示会やイベントに訪れる客層は中高年が中心だったが、オンラインイベントは若年層も気軽に参加しやすく、未来の顧客の開拓につながるという利点もある。実際に和えるのオンライン工房訪問には若い世代が多数参加し、9月に開催した九谷焼のイベントではオンラインで興味をもって後日開催されたリアルな展示会に足を運んだ人もいたそうだ。今後も次世代の人々の工芸への理解や興味、関心を高めることも念頭において、オンラインとオフラインを上手く使い分けながら開催していきたいという。

▲『大分県から 竹細工の ベッドメリー』。子どもの成長とともに徐々に飴色に変化していく、永く暮らしに寄り添うインテリア。

さらに、和えるでは5月に“aeru 電気”の事業を立ち上げた。創業時から自然環境や原材料の問題に関してできることはないかと考えていた想いと、今春に自然電力という会社との出逢いが結び付いて生まれた。

この新しい事業について、矢島は説明する。「伝統工芸は日本の自然素材からつくられ、環境にやさしいというイメージをもたれていますが、実際には原材料の多くは近隣諸国に頼っていて、製作工程では環境への負荷もあります。今回の自然電力さんの自然エネルギーは、CO2の排出削減につながります。つくり手さんや商品をご購入いただいたお客様にこの自然エネルギーを使用いただくことで、世界的な環境課題を少しでも抑制することができれば、伝統工芸を次世代につなぐための一助になるのではないかと考えました」。

▲京都・五条「aeru gojo」。https://a-eru.co.jp/gojo

10周年を前に、これからを想う

今年は“aeru gallery”やオンライン工房探訪、“aeru 電気事業”をスタートさせたほか、矢島自身も漆塗りの修行を始め、ものづくりの世界に足を踏み入れるなど、さまざまな新しいことに挑戦した年となった。

来年は創業10年目を迎える。これからへの思いを尋ねた。「和えるは、日本の伝統を次世代につなぐために生まれたということを、職人さんたちが理解してくださって、会社ではなく『和えるくん』というひとつの明るい未来を開拓する子どものような存在として、温かく見守って応援してくださったことに心から感謝しています。ここからは和えるくんがより社会のみなさまのお役に立てるように、より多くの伝統を次世代につなげられるように、これからも真摯に取り組んでいきたいと考えています」。

伝統工芸の動向は、デザイン界でも大いに興味のあるところだろう。職人調査をはじめ、“aeru gallery”、“aeru 電気”について詳しく知りたい方は、下記のウェブサイトにアクセスしてください。End


矢島里佳(やじま・りか)/株式会社和える 代表取締役。1988年東京生まれ。2011年、株式会社和えるを創業し、同年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2012年、日本全国の職人とともにオリジナル商品を生み出す“0歳からの伝統ブランドaeru”を立ち上げる。日本の伝統を泊まって体感できる“aeru room”、日本の職人技で直す“aeru onaoshi”など、日本の伝統や先人の知恵を、暮らしのなかで活かしながら次世代につなぐためにさまざまな事業を展開。著書に『和える-aeru- 伝統産業を子どもにつなぐ25歳女性起業家』(早川書房)など。

和える
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「伝統産業従事者 新型コロナウイルス影響調査」
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“aeru gallery”
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“aeru 電気”
https://note.com/aeru_/n/n5884f4ad3139