インテリア業界の重鎮 クラウディオ・ルーティ氏に訊く
2021年ミラノサローネとKartellの今後

近年、インテリア業界ではリサイクルプラスチックなど、樹脂素材のイノベーションが進んでいます。1990年代より、その分野の研究で業界を牽引してきたメーカー<カルテル>の代表であり、ミラノサローネの会長を務めるクラウディオ・ルーティ氏に、カルテルが精力的に取り組むサスティナビリティについての考えや、パンデミックの影響で本年度は延期されたミラノサローネの2021年に向けた考えなどについてお話を伺いました。


ーールーティさんは、カルテルの代表として、ミラノサローネの会長として、業界の大きな責任を担っていらっしゃいます。今回のパンデミックでデザイン業界が受けたもっとも大きな影響は何だったでしょうか?

ネガティブな変化は間違いなく、今年のミラノサローネの延期です。苦渋に満ちた決断でしたが、人々の健康、そして企業とサプライチェーン、関連産業を守るための迷う余地のない選択でした。同時に業界の生産性を完全停止させないようにするため、できる限りの手段を尽くしてきました。

ーーご自身はコロナ禍をどのように過ごされていましたか?

緊急事態の行方を注視していましたが、仕事を中断することはありませんでした。カルテルのチームのアイデアとクリエイティブな思考、デザイナーとの対話が止むことはなく、私の日常は、仕事と家族に捧げる時間との間を行き来していました。自宅でのリモートワークと家族との親密な時間とで構成される非日常的な期間でも、思考は常に未来へと向かっていましたね。

▲ミラノサローネの自社スタンドで、クラウディオ・ルーティ会長(左から6人目)を囲むデザイナーたち。左から吉岡徳仁、佐藤オオキ、両氏。クリエイティブ・ディレクターを指名せず、ルーティ会長が世界的に傑出したデザイナーとコラボレーションするのがカルテル流といえる。

ーー世界の見本市の延期、中止を受けて、多くの企業がオンライン・プレゼンテーションを行う一方で、カルテルは独自の方法でのプレゼンテーションを計画されているそうですね。その理由をお聞かせください。

リアルに手にすることができない状況にもかかわらず、ヴァーチャルな体験でそれを可能にするデジタル技術の革新を私は歓迎しています。しかし一方、ミラノサローネは体験されるべきもの、プロダクトは実際に手で触れリアルに観察されるべきものです。マテリアルの仕上げの表情や、表面の感触は、直接の体験を通じてこそ評価できるものでしょう。

現在カルテルでは、技術と生産プロセスの革新、また新たな創造的ソリューション、リサイクル、バイオ、木質など、より高パフォーマンスで環境配慮型の新素材と技術革新に向けて、総力を結集して取り組んでいます。

こうしたイノベーションのクオリティと美とは、その独自性を実際に確認し、いかに生きた検証ができるか否かにかかっています。こうした理由から私たちは、2020年に向けて開発した多くの新作を顧客の皆さんに実際に体験していただけるよう、今秋、カルテル実店舗でのプレゼンテーションを予定しています。

ーー環境問題の観点からプラスチック樹脂のイノベーションを積極的に行っていらっしゃいます。その取り組みについて教えていただけますか?

カルテルと環境の間には、ブランドの歴史にまでルーツを遡る強い結びつきがあります。環境への配慮とサステナビリティはブランドの核であり、それをより強化するため ”Kartell Loves The Planet” も誕生しました。これは環境への責任と持続可能性を目指す実践を中心に据えたインダストリー企業の宣言です。

70年ほど前の創設時にリサーチと技術革新によって新しいマテリアルを開発したように、現代は同様の方法で、再生可能で環境にインパクトを与えないマテリアルを特定することが可能になりました。

カルテル製品のパッケージが100%再生可能であるように、私たちは生産の全プロセスを通じて、環境の保護と持続可能性に関するプロトコルの尊重に取り組んでいます。それは、単に”グリーン”に見える製品を作ることではなく、事業計画からマーケティング、コミュニケーション活動から販売ネットワークまで、生産プロセス全体を巻き込むインダストリーの戦略を生み出すことを意味しています。

ーー昨年のミラノサローネで発表された新作は革新的でした。

産業廃棄物を100%再利用したプラスチックを使い、さらにデザイナーが人口知能にデータ入力して完成したチェア「A.I.」。農産物廃材から作られた生分解性プラスチックを初めて応用したコンテナ「COMPONIBILI BIO」。これは1967年にアンナ・カステッリ・フェリエーリがデザインした名作「COMPONIBILI」のバイオ素材版です。

▲「A.I.」(2019)
「A.I.」シリーズは、<カルテル>とフィリップ・スタルクが、<オートデスク>社(AutoCADに代表される3Dデザイン・設計用CAD、ソフトウェアなどを開発する企業。本社アメリカ)とのコラボレーションで実現したプロジェクト。カルテルが初めて、産業廃棄物100%再利用によるマテリアルを使用した椅子で、サーキュラー・エコノミー(環境型経済)への取り組みの一環となる。また、最小限の素材でもたらすことができるクオリティとコンフォートをいかに生み出すかを、AI(人工知能)に問いて実現した世界初の椅子ともなった。AIは鋳型の設計のサポート、製品完成に到るまでの時間短縮にも与している。

▲「COMPONIBILI BIO」(2019)
<カルテル>創業者の一人で、デザイナーであるアンナ・カステッリ・フェリエーリが1967年に発表して以来、ロングセラーを誇るコンテナ「COMPONIBILI」。同モデルを、欧州の生分解性プラスチック認証機関「TÜV」の認証を得たバイオプラスチックを用いて初めて製品化したのが「COMPONIBILI BIO」となる。このバイオプラスチックは、食品や動物飼料と競合しない農業系廃棄物を原料とし、微生物の働きによって、従来のプラスチックに似た物質を合成してできる素材で、製品の廃棄後は生分解され自然界へと循環していく。

再生プラスチックに留まらず、さらなる挑戦もありました。カルテル初の木質素材によるシーティングのコレクション「Smart Wood」です。椅子のシェルに、合板ではなく薄さの限界に挑む一枚板を用い、これを3次元成形する独自の技術を開発、特許を取得したのです。素材には持続可能な森林資源のみを利用しています。

▲「SMART WOOD」(2019)
フィリップ・スタルクがカルテルのために新たに挑んだマテリアルは木材。しかも、積層合板ではなく薄い単層シートを使用し、カルテルが特許を取得した特殊な成型機械を駆使してもたらされた3次元成型によって、これまでにない丸みを持ったシェルを生み出すことに成功している。木材には、FSC®(森林管理協議会®)の認証を受けた森林木材のみを使用する。

ーー昨年、カルテルは創業70周年を祝いました。会長からご覧になったカルテルの現在、そして未来をどのように表現されますか?

現在、カルテルには数多のデザインプロジェクトを熟成させる素晴らしい環境があります。ここは、世界を牽引するイタリアのデザイン産業をサポートすべく、弛まず活動する創造的ラボラトリーなのです。カルテルだからこそ生み出せた、と認知される製品を目指し、今も数々の新規プロジェクトを開発中です。

コロナ禍でも私たちのアイデア、クリエイティブな思考、デザイナーとの対話が止まることはなく、限界を超えて挑戦する熱量を原動力に、ビジネスの新たな在り方を生み出しています。

将来的にもこれまでのように、不可能と考えられてことへの挑戦から生まれる創造力と、イノベーションのロジックのもと、新しいアイデアを提供しつつけることでしょう。

ーー2021年のミラノサローネに向けて、どのようなプレゼンテーションを計画されていますか?

多くの新しいプロジェクトをすでに始動させています。私たちの展示スタンドが実現し、新たな情熱をもって世界からのクライアント、デザイナー、ジャーナリストの皆さんを実際にお迎えできる日を心待ちにしています。

来年は間違いなく格別なエディションとなるでしょう。ミラノサローネだけが動かすことができる唯一無二の祝祭的な空気を再び呼吸できるよう、すべてのエネルギーを注いでいます。

ーー世界が注目する来年のミラノサローネについて、会長からお話をいただけますか?

コロナ禍からの再出発となる来年、ミラノサローネは60周年を迎えます。その歴史上初めてかつ唯一のエディションとなります。というのも、毎年開催のサローネ国際家具見本市、サローネ国際インテリア小物見本市、Workplace3.0(国際オフィス見本市)、S.Project、サローネサテリテに加え、隔年開催で来年の開催が予定されていたユーロルーチェ、さらにユーロクチーナ/ FTK、サローネ国際バスルーム見本市までが一堂に会するのです。

ーー多くの人たちがミラノへの訪問を心待ちにしています。その一方で、コロナ禍で来場者数が縮小することも想定されます。経済再生と逆行する考えかもしれませんが、見本市人口のコンパクト化は、例年起こっていた市内の混乱や大気汚染を改善する契機となる可能性もありませんか。

2021年のミラノサローネは、一年間のソーシャルディスタンスを経て、おそらく緊急事態後としては初めての大規模見本市となりますから、その責任は非常に重いものです。

サローネで展開されるクリエイティブなコンテンツをミラノに来られない方も享受できるよう、デジタル化が強化されることでしょう。それでも私は、デザインを語るのにフィジカルな体験に代わるものはないと確信しています。プロダクトは見て触れられるべきもの、サローネは体験されるもの。サローネは、肌を通じて伝わる感覚と感動なんです。

来場者数が例年に比べコンパクトになったとしても、それで市内のカオスや大気汚染の問題が解決されるとは思いません。私たちがオペレーションにおいて、責任をもってオーガナイズしサスティナブルな方法によって行動するしかないのです。

今は心の底から、感染の次の波が来ないことを祈っています。そして危機はチャンスにも変えられる。今、本当に大切なのは、ポジティブな思考で私たちの創造力を起動させ、人々の新たなニーズ、新たな習慣、新たな感情に応えサポートすることです。私たちは行動を始め、感度を上げて聴くことを学び、昨日まで信じていたものとは異なる未来と世界をイメージしなければなりません。そこから新しいデザインプロジェクトが生まれるはずです。(文/聞き手:田代かおる)End