ベルリンのS+T+ARTSは、科学技術と芸術の交差点
フォレンジック、ヴァン・ヘルぺン、ベッカーらが参加

欧州委員会のイニシアティブとして発足した芸術機関S+T+ARTS(Innovation at Nexus of Science, Technology, and the ARTS)の5周年を記念した展示「NEAR + FUTURES + QUASI + WORLDS」がドイツ・ベルリンのSTATE Studioで7月2日から7月26日まで開催されている。最先端の科学技術と芸術の融合に焦点を当て、創造性の未来を探求する展示の模様をお届けする。

▲©Anne Freitag_STATE Studio

2015年の発足以来、S+T+ARTSは、科学とテクノロジーを芸術的な視点で捉え、社会的な課題や地球規模の問題に対する創造的なコラボレーションの場として発展を遂げてきた。

特にアルス・エレクトロニカなどと協業するS+T+ARTS PRIZEや、S+T+ARTS RESIDENCIESを舞台にアーティスト、デザイナー、エンジニア、科学者らと行う100以上の共創リサーチプロジェクトは、気候変動、サイバーセキュリティ、人間とロボット・AIの相互作用といったトピックを通じて、私たちが直面する社会課題の画期的な探求につながっている。

「NEAR + FUTURES + QUASI + WORLDS」展では、S+T+ARTSの取り組みを象徴する作品やリサーチを取り上げ、科学技術と芸術の交差点が映し出す未来社会を考察している。

▲©Anne Freitag_STATE Studio/Egor Kraft, Content Aware Studies (2019)

▲©Anne Freitag_STATE Studio/So Kanno & Takahiro Yamaguchi, Senseless Drawing Bot (2011)

国際社会の闇をあばく異例の建築家集団

2018年のターナー賞にノミネートされたことが記憶に新しい、イギリス・ロンドンを拠点とする「フォレンジック・アーキテクチャー」。彼らは、建築家、アーティスト、映像作家、ジャーナリスト、ソフトウエアエンジニア、科学者、弁護士といった15名ほどで構成されるリサーチ集団である。調査するのは、政治的なパワーによって意図的に抹消・歪曲される政治闘争や武力紛争といった国際犯罪だ。

衛星情報や監視テクノロジー、ランドスケープが持つ情報を建築的に分析・調査し、模型やアニメーションを用いて真実を解明していく。その手法が高く評価され、アート界から注目を集めるほか、アムネスティ・インターナショナルや赤十字、国連からの依頼を受け、国際紛争や人権侵害に関連する法廷で証拠資料を提出している。

今回展示されていた映像作品「The Murder of Pavlos Fyssas」(2018)は、2013年にネオナチ組織「ゴールデン・ドーン」のメンバーによって殺害されたギリシャの若手反ファシストラッパー、Pavlos Fyssasの事件における、ギリシャ警察部隊の共犯性を調査したものである。

移民や外国人、政治的な敵対者への暴力行為で知られるゴールデン・ドーンの犯罪は、彼らの民族主義的な大義に賛同する政治家や警察の支持を得ていたため、公には見過ごされていることが問題視されていた。フォレンジック・アーキテクチャーは、Fyssasの家族と法定代理人の依頼を受け、裁判所に提出された監視カメラが捉えた映像資料、電話の音声録音による音声データ、目撃者の証言などから殺人が行われた夜の出来事を再構成した。

これらすべての要素を同期し、タイムラインで追っていった結果、殺人者が特定された。同時に驚くべき事実も明らかになった。なんとギリシャ特殊警察部隊のメンバーも犯罪に関与していたのだ。この証拠資料は、実際に裁判が行われた法廷にも提出されている。

▲©Forensic Architecture/THE MURDER OF PAVLOS FYSSAS, 2018. FILM STILL

「事実とは異なった矛盾を抱える、複雑な暴力事件の追跡では、デジタルモデリングと建築分析がひじょうに役立ちます」とフォレンジック・アーキテクチャーのリサーチャーStefanos Levidisは言う。

コロナ危機の最中にも、全米から世界に広まった人権差別抗議デモ、香港で行われた民主化デモが話題になった。政治、経済、歴史的な側面が複雑に絡み合い、政治的な圧力によって真実が歪曲されるという不透明な事態が公正な社会体制を脅かしている。何を信じていいのかわからない不安定な世界情勢のなか、こうした政治犯罪、国際紛争、人権問題に対して、建築やアート、科学技術の力を用いて真実を追求する彼らの活動に、ますます注目は集まるだろう。

自然の神秘が拡げるファッションの可能性

3Dプリンターやウェアラブルデバイスをはじめとする最新テクノロジーと、伝統的な職人の技を駆使した前衛的コレクションが注目を浴びる気鋭ファッションデザイナー、イリス・ヴァン・ヘルぺン

本展示では、STARTS Prize 2016のアーティスティックリサーチ部門を受賞した「Magnetic Motion Collection(SS2015)」を鑑賞することができる。

▲©René Bade_STATE Studio/Iris van Herpen, Magnetic Motion Couture Collection, (2015)

建築家Philip BeesleyとアーティストのJolan van der Wielとコラボレーションした本コレクションでは、透過性のフォトポリマーを使い、ステレオリソグラフィー(光造形法)によって制作された氷のような素材のドレスが発表された。

自然の力とデジタルテクノロジーの相互作用を探究しているヴァン・ヘルぺン。「Magnetic Motion Collection」のインスピレーションは、CERN(欧州原子核研究機構)にある磁場が地球の10万倍を超える大型ハドロン衝突型加速器を訪れたことだったという。

混沌が連続的に形成される様子に美しさを見出したヴァン・ヘルぺンは、クモ巣構造でできたレーザー加工アクリルを用い、発光する3Dテキスタイルを制作。また、磁性を利用して、作品が徐々に「成長」するシューズのシリーズを展開し、自然界のダイナミックな誘引と反発の現象を体現した。

▲©René Bade_STATE Studio/Iris van Herpen, Magnetic Motion Couture Collection (2015)

「自然が持つ根源的な力から、いつもインスピレーションを得ています。私たちは自然から生まれてきているので、そこから創出されるテクニックやクラフトマンシップを大切にしています。私にとってはテクノロジーを用いたアートの要素も欠かせません。自然科学、テクノロジー、そしてクラフトマンシップをうまく組み合わせることで、作品の自由度が広がり、より新しいものがつくることができます」とヴァン・ヘルぺン。

実験的な服づくりと異業種とのコラボレーションを通し、新時代の美を開拓するイリス・ヴァン・ヘルぺン。サスティナブルを意識した新たな素材開発、生産方法はもちろん、ファッション業界の体制自体にも変化の可能性をもたらす彼女のコレクションに期待が高まっている。

自己組織化の解剖から生まれる詩的な現象

生態系を扱う「self organic system=自己組織化」も、メディアアートの領域で近年注目されているテーマのひとつだ。

世界とデジタルメディアの相互作用に疑問を投げかけ、社会を考察するアーティスト、ラルフ・ベッカー。キネティックインスタレーション「PUTTING THE PIECES BACK TOGETHER AGAIN」では、自己組織化と創発的行動を伴う複雑なシステムを芸術的なアプローチで表現した。

2次元のグリッドに配置された1,250個のステッピングモーターで構成されたインスタレーションは、各モーターがランダムな方向に動き、時には交差や反転しながら、創発的な集合体を生み出す。同時に各ポインターは、衝突が発生した場合、周囲の環境を感知しながら回転方向を逆にする。一見すると幾何学的なパターンの動きに見えるが、目に見えない力によって、カオスな状態が生まれ、再び秩序が生まれていく。この予測不可能な混沌と秩序が織りなす詩的な世界は、まるで瞑想状態に陥ったかのような感覚を与える。

物理学者Ilya Prigogineと哲学者Isabelle Stengersの著書「Order out of Chaos」の一説がインスピレーションのひとつになったいうベッカー。一説とは以下である。「現代の西洋文明で最も高度に発達したスキルのひとつは解剖、つまり問題を可能な限り最小の構成要素に分割することだ。私たちはそれが得意なので、問題の断片を元に戻すことを忘れてしまうことがよくある」。

▲©René Bade_STATE Studio/Ralf Baecker, PUTTING THE PIECES BACK TOGETHER AGAIN (2018)

気候変動やパンデミックという事態があらためて地球上の生態系を考え直す機会を与えている今、こうした自己組織化と創発というテーマから、私たちが学ぶことはたくさんあるのではないだろうか。自己組織化から生まれるダイナミクスは、社会、経済、気候システム、生物学などの分野をリサーチする認識論的手段として応用されている。この作品でも、異なる分野とのさまざまなコラボレーションが行われる予定だ。

▲©René Bade_STATE Studio/Evelina Domnitch and Dmitry Gelfand, Hilbert Hotel (2020)

さまざまな研究分野、芸術の創造性、そして社会問題に対する新たな視点を統合的に促進させるプロジェクトを世界に実装するS+T+ARTS。科学、技術、芸術分野でのコラボレーションが、私たちの社会にとって重要な役割を果たす今、彼らの取り組みから目が離せない。End