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2020.05.29 09:30
マテリアルはエンジニアとデザイナーを結びつけ、サーキュラーエコノミーはサスティナビリティとビジネスモデルの両立を可能にする。その現状をマテリアルコネクション東京の吉川久美子とサーキュラーエコノミー・ジャパンの中石和良に聞いた。
ものづくりの変化と環境意識の高まり
2001年に誕生した「ステラ マッカートニー」はサスティナビリティへの意識が高いブランドとして知られている。ファッションのあるべき姿を目指し、精力的な取り組みを続けるなかで力を入れているのが「素材とイノベーション」というテーマ。19年にはアディダスとのコラボレーション「アディダス バイ ステラ マッカートニー」でニューサイクルやマイクロシルクなど、新素材を採用したウェアを発表した。ニューサイクルはコットンを分子レベルで分解・再生したセルロース繊維、マイクロシルクは酵母を使って合成したタンパク質繊維。ともに石油などの化石資源に依存せず、持続可能性が高いものだ。
「ファッション分野では多くのブランドやメーカーが新素材に目を向けてきました。近年はそうした動きが一般のプロダクトにも波及しています。素材からのアプローチが注目される理由として、ものづくりの変化と環境意識の高まり、このふたつがあると感じています」。
こう指摘するのはマテリアルコネクション東京代表を務める吉川久美子。同社はニューヨーク、バンコク、ビルバオ、大邱、スウェーデン・シェブデ、ミラノなど各地にオフィスを構え、「素材起点の製品開発コンサルティング」を掲げる企業だ。併設のライブラリーにはおよそ3,000点のサンプルが並び、オンライン上のデータベースではおよそ8,000点もの情報が検索できる。
ここ数年、注目を集めているのは、持続可能な代替素材や環境配慮型の素材。例えば、コーヒーの豆かすや籾殻を再生原料として活用した内装材、使用済みのコルク栓や規格外のコルクくずを使ったリサイクルコルク、菌糸類を原材料とするエラストマー素材、海洋プラスチックゴミや漁網を精製してつくられるリサイクルナイロン繊維など、枚挙にいとまがない。
素材レベルで再生・循環を考える
「化石資源を原料に使わない植物由来の素材や、自然環境で分解する生分解性の素材などに加え、素材自体がリサイクルできるよう新開発されたものを探すケースも増えています。大切なのは『つくったものや使われたものが、どのレベルで循環して使用され、最後にどうなるのか』という意識。製品のライフサイクルを含め、ものづくり全体の仕組みのなかで素材選択を考えなければならない時代です」(吉川)。
そのために必要なものは何か。答えのひとつがサーキュラーエコノミー(循環型経済)である。サーキュラーエコノミー・ジャパン代表理事の中石和良は、循環型経済の原則を3つ挙げる。
「無駄・廃棄と汚染のない世界をデザインする。製品と原料を使い続ける。自然のシステムを再生する。この3つの姿勢がサーキュラーエコノミーの根幹をなしています」。
20世紀に一般化した大量生産・大量消費のシステムは、「素材−製品−使用−廃棄」という流れが一方通行な、いわばリニアエコノミー。それに対する反省から、20世紀終盤、主に「廃棄−リサイクル」というリサイクリングエコノミーが登場した。
「サーキュラーエコノミーは、さらにその先を目指し、『素材−製品』レベルでの再生モデルを考えるもの。そこでは廃棄というフェーズは限りなく縮減します。もっと言うと『廃棄しない=再生する』が理想です」(中石)。
フィンランドやオランダのように、いち早くサーキュラーエコノミーへの移行を掲げた国々も出てきた。この動きは政策や行政のレベルでのロードマップが重要であることを示している。
他方、企業活動のレベルで見ていくと、製造業やサービス業では、国境をまたいだグローバルサプライチェーンが主流となった。スマートフォンの製造が典型的だが、コンセプトやデザインはアメリカ、部品の生産は日本、組み立ては中国といった具合に、グローバルな工程のもとで生産管理が行われている。
サスティナビリティとビジネスモデル
「一例を挙げると、ナイキはもともとサスティナビリティへの意識が高いブランドで、19年には “ムーブ・トゥ・ゼロ” というミッションを打ち出しています。これは炭素排出量と廃棄物をゼロにしようという取り組み。『環境に配慮する=スポーツの未来を守る』という明確な意志が見られます。このミッションを実現するため、製造に関しては、素材の検討や循環の可能性から始まり、安全性や耐久性はもちろん、最終的にパッケージデザインやビジネスモデルとしての可能性へつながる10の原則を明文化しています」(中石)。
強力なビジョンと明確なプリンシプルを共有しさえすれば、グローバル化やネットワーク化が進んでもなお、企業活動やブランド構築の方向性が揺らぐことはないという好例だ。
国内企業に目を転じると、いわゆる大企業よりも、むしろ中小企業のほうがサーキュラーエコノミーへの移行の可能性が高いと中石は言う。複数の企業がそれぞれの得意分野を活かしながら、持ちつ持たれつの関係性で連携し、製品やサービスを循環させていく。このシステムには社会を変える可能性とともに、大きなビジネスチャンスが潜んでいる。
「そのためにはデザイナーの視点が欠かせません。というのも、素材レベルであれ、製品レベルであれ、開発者や技術者の発想だけだと、従来の思考法に囚われがちなところがありますから。デザイナーには、個別の解決策を含め、未来を見通す大胆なビジョンを提示してほしいですね」(吉川)。
本記事はデザイン誌「AXIS」204号「捨てないためのデザイン」(2020年4月号)からの転載です。