ホンダのデザインチームに聞いた
EVシティコミューター「Honda e」の狙い

2019年9月、ホンダはフランクフルトモーターショーで「Honda e」量産モデルを発表した。街中での移動を念頭においた次世代型シティコミューターである。特徴は、なめらかな曲面でかたちづくられたエクステリアと、リビングルームを思わせる落ち着きのあるインテリア。本田技術研究所 デザインセンター オートモービルデザイン開発室のメンバーに狙いを聞いた。

※写真は、本田技術研究所 デザインセンター オートモービルデザイン開発室の「Honda e」プロジェクトメンバー。左から、明井亨訓(インテリア担当)、村山 尚(UI/UX担当)、佐原 健(エクステリア担当)、半澤小百合(CMF担当)、岩城 慎(全体統括)。メンバーが囲むのはエクステリア・モックアップ。 Photo by Manami Takahashi




未来の乗り物をゼロベースから考える

丸っこいボディと白と黒のカラーリングを目にしたとき、真っ先に思い浮かんだのが「パンダコパンダ」だった。主人公ミミ子を助けるべく、スクリーン狭しと縦横無尽に動き回るパパンダと重なって見えたのだ。そう、愛らしい造型と軽快な動き、そして頼もしい相棒として人間に寄り添う姿が。補足しておくと、このアニメ史に残る傑作を手がけたのは、のちにスタジオジブリを設立することになる、若き日の高畑 勲と宮崎 駿である。

アニメーションに必要なのは想像力である。その夢想は常に希望と結びついている。ホンダもまたモビリティを通して、来たるべき未来を開拓してきたが、「Honda e」の開発においても未来を夢みる力が基盤となっている。

©Honda R&D Co., Ltd

デザイン全体の方向性を統括した岩城 慎はこう語る。

「EVであることが大前提ですから、良くも悪くも、当初はガソリン車との違いとか、狭い意味での“クルマという枠組み”だけで考えていたところがありました。けれども、次第に『それって違うんじゃない?』という疑問が出てきた。自分たちのなかにある制約をいったん取り払って、ゼロベースから“未来の乗りもの”を構想する方向へシフトチェンジしたんです」。

▲Honda eは街中での取り回しの良さとホンダらしい軽快な走りを実現したシティコミューター。たたずまいは「シビック」(1972年)や「シティ」(1981年)、「フィット」(2001年)といったコンパクトカーの系譜を思わせる。EV走行距離は200km以上を達成。また30分で80%まで充電できる急速充電にも対応。ヨーロッパでは2020年夏に、日本では2020年中に発売予定。 ©Honda R&D Co., Ltd

参考までに、2017年に発表された「Honda NeuV(ニュー ヴィー)」にも触れておこう。これは自動運転技術とAI技術を搭載したコンセプトモデルで、モビリティの可能性を探るという意味ではHonda eの先行機にあたる。SF映画に出てきそうな風貌は、なるほどスタイリッシュではあるものの、しかしこのスタイルが、今われわれが暮らす現実と地続きの未来かどうかはわからない。

▲Honda eはレッド・ドット・デザイン賞のプロダクトデザイン賞(自動車)にて最高賞であるベスト・オブ・ザ・ベスト賞を受賞。さらにスマート・プロダクト部門においてもレッド・ドット賞を獲得した。(Honda広報発表)©Honda R&D Co., Ltd




シームレスな空間、シームレスなデザイン

Honda eでは、これみよがしの未来っぽさを打ち出すことをやめた。誤解を恐れずにいうなら、シド・ミードから藤子・F・不二雄へ、デッドテックな「ブレードランナー」から「ドラえもん」のようなヒューマンタッチな世界観への方向転換である。後者では、ヒトとクルマが、家での暮らしと外界での移動が、それぞれシームレスにつながっている。

こうした考え方はデザインにも反映されている。エクステリア担当の佐原 健は「継目のないなめらかな形」を、インテリア担当の明井亨訓は「リビングルームからそのまま続いているような落ち着いた空間」を実現した。

▲リビングルームで過ごすような落ち着きある空間を目指して、素材から情報端末までが一貫して配慮されたインテリアデザイン。 Photo by Manami Takahashi

次世代コミューターとしてのHonda eを特徴づけているのが、AI技術を投入したコネクテッドサービス「ホンダ・パーソナル・アシスタント」だ。それを映し出すインターフェースとして2画面で構成された大型タッチパネルモニターが配置されているが、木目調のテクスチャーやグレーイッシュな素材とぶつかることなく、ダッシュボードに納まっている。あまりにも自然にコーディネートされているため、よくよく注意しなければ意識されることもないだろうが、これは驚くべき達成である。

CMF担当の半澤小百合によれば、これまでクルマで用いられてきた素材ではなく、ソファの布地や木製家具が醸し出す空気感を参考にしたというが、秀逸なのは“リビングで過ごす感覚”に注力したところだろう。感覚的にデザインするのではない。感覚のあり方そのものをデザインしているのだ。

▲インテリアデザインの方針となったリビングルームのイメージスケッチ ©Honda R&D Co., Ltd

さりげなさの美学はUI/UXのレベルでも貫かれている。インターフェースデザインを手がけた村山 尚は「情報が整理され、視認性が高いのは当然で、それをシンプルですっきりとしたレイアウトにまとめ、直感的に操作できるものを目指した」と語る。つまりHonda eにおいては、エクステリアからインタラクションにいたるまで、あるいはクルマ全体のフォルムから細部の素材にいたるまで、すべてが違和感なくシームレスに統合されているのである。

▲専用アプリを使ってスマートフォンでの各種操作(セキュリティの起動、バッテリー状態の確認、エアコン設定、ナビシステムへの情報転送など)が可能。NFCやブルートゥース接続でドアロックの施錠や解錠もできる。写真下は、スマートフォンやタブレットを想定した収納ポケット。 Photos by Manami Takahashi




クルマの形をした情報環境

佐原は「受け止め方は人それぞれで、海外では『とても日本らしい』と言われたかと思うと、『シンプルなたたずまいは北欧家具を思わせる』という評価もありました」と笑う。興味深いことにHonda eを目にした誰もが、あんなことをしたい、こんなことができるんじゃないかと、それぞれの思いを口にしたのだそうだ。あたかもインテリアショップでソファを眺めながら、これからの生活を語るように。

今、われわれの暮らしは、身の回りの実体的な空間とインターネットを介した仮想的な空間の“シームレスな重なり合い”のなかにある。Honda eのフロントガラスと大型タッチパネルモニターは、こうした状況を象徴するものであり、両者の共存は都市という情報空間を走り抜けるためには必要不可欠な条件だ。そのうちHonda eは人間と都市をつなぐインターフェースとして機能しはじめるだろう。

Photo by Manami Takahashi

岩城はこんなアナロジーを披露してくれた。

「音声通話ができるという点で、ケータイとスマートフォンには共通項がある。しかし実際は、設計思想も使われ方もまったく違うデバイスです。同じように、走行機能があるという点で、従来のクルマとHonda eは似ています。けれども、今の状況だと、クルマという概念でしか捉えることができないだけで、実はクルマとは違う存在なのかもしれない(笑)。初期のスマートフォンと一緒で、10年後、どう進化しているか、われわれ全員、それを楽しみにしているんです」。

コンピュータサイエンスの巨人アラン・ケイは「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」と喝破した。Honda eも未来を予測するために発明された“何か”なのだ。EVとしての可能性やエネルギーマネージメント事業との連携を含め、この先の展開に期待したい。End




本記事はデザイン誌「AXIS」202号「クルマ2030」(2019年12月号)からの転載です。