REPORT | アート / テクノロジー / 展覧会
2020.05.21 17:29
毎年ドイツ・ベルリンで行われるヨーロッパを代表するアート・デジタルカルチャーのフェスティバル「トランスメディアーレ」。アートの社会的意義やメディアアートの歴史的批評、ポストデジタル社会における政治・文化闘争などをテーマに、理論家、アーティスト、アクティビストらが議論を交わすアカデミックなプラットフォームとして成長を遂げてきた。2020年は「End to End」というテーマの下、シンポジウムや展覧会、ワークショップが開かれた。
持続可能なネットワークモデルとは?
「End to End」では、現在のネットワーク社会が抱えるさまざまな課題、そして未来のネットワークのあり方に焦点が当てていた。
古くからネットワークは個人・組織を問わず、集中または分散しながら社会のあらゆるところに存在してきた。デジタル社会の進歩は、場所や時間、影響を及ぼす範囲といった制約をなくし、私たちのコミュニケーションをはじめ、情報、労働や娯楽のかたちを拡張してきたと言える。
分散型ネットワークやソーシャルネットワークなどが、中立なかたちで市民社会や集合知といった新しい社会モデルの構築に挑む一方、国家や企業といった特定の権力がテクノロジーのパワーを利用してネットワークをコントロールする現象も現れている。
トランスメディアーレ2020は、1960年代前半に盛んだった芸術運動「フルクサス」で知られるアーティスト、Robert Filliou、George Brechtによる著書の一節「The Network is Everlasting(永遠のネットワーク)」の詩的な考え方に着想を得て、技術論に偏ることなく、包括的なネットワーク文化という観点から議論を進めていった。
それは、現代社会におけるさまざまな社会問題を、ネットワーク社会の歴史と現状から読み解き、持続可能な、端と端をつなぐ(End to End)コミュニケーションの構築に求められる技術モデルとは何か、さらに、その文化的なストーリーとは何かという問いを投げかけた。
クラウドシステムの生態系を解剖。データ植民地時代の格差とは?
今年のメインは2日間にわたるシンポジウムだった。50以上のアーティストや理論家らが、現代のネットワークの限界について社会的、技術的、芸術的なインフラストラクチャーの観点から検証。ネットワークが気候変動やAI社会にもたらす緊急課題に対して、どのような形態をとるべきかを議論した。
トークセッション「Empires and Ecologies of the Cloud(クラウドの帝国化と生態学)」では、AI技術を用いたクラウドサービスを事例に、プラットフォーム型の資本主義ネットワークにおけるデータ抽出が、植民地化や気候変動といった問題につながっていると警鐘を鳴らした。
このトークセッションに登壇したニューヨーク州立大学グローバルエンゲージメント研究所の所長であり、インターネット理論家のUlises A. Mejiasは、自著「The Costs of Connection : How Data Is Colonizing Human Life and Appropriating It for Capitalism」にまとめたデータ植民地時代における新しい格差を公式として説いた。
それによると、過剰生産されるデータは、データそのものから利益を得る人々によって肥大化している。一方、私たちの仕事、睡眠、購買習慣、趣味、移動、嗜好といった暮らしは、最適化されたデータ、つまりオススメのデータから何かしら影響を受けている。知らず知らずのうちに私たちはデータにコントロールされているというわけだ。同時に、ネット接続がもたらす継続的な監視が、新しい社会秩序や差別を形成し、自由や正義の定義を揺さぶっていると語った。
また、利益に直結するデータの精度は、AIを学習させることで高めていくが、その方法はアフリカやインドの安価な労働力に依存しているという現実もある。AIを操るデータサイエンティストたちに転送されるのは、低賃金労働者の目によって選別された生データであり、それが分析技術の向上を支えている。
こうしたプロセスを経て、最終的に莫大な利益を得るIT市場。少数の富のために大規模なリソースが活用される図式は、植民地時代に奴隷労働により安価に採掘した天然資源を用い、西洋世界が開発した技術で利益を生み出した時代から何ら変わってはいない。
Mejiasは、反植民地化が空間と時間を取り戻す「paranodal」という自らの概念を用い、私たちのデータにおける態度がネットワーク構造を変えると提唱。権威主義の死を強調し、市民ひとりひとりのエンパワーメントをどう高めるかという議論を展開した。
快適なオンライン生活が、資源を破壊する
トークセッション「Empires and Ecologies of the Cloud」から、もうひとつ際立った考え方を紹介したい。
オンラインを前提とした私たちの快適な暮らしは、実は、人間だけでなく天然資源の搾取にもつながっている。例えば、送信メール、美味しいごはんや感動的な自然の写真は、アカウントやデバイスから削除しても、データセンターには保存されたままだ。私たちが無限に情報を求めるため、データセンターは世界中で増加しつづけている。
環境メディア学者のMél Hoganは、ノルウェーの氷河に建設予定のデータセンターを取り上げ、データインフラストラクチャーと気候変動の関係を説いた。
現代は、コンピュータの計算システムが世界のエネルギー消費の10分の1を占めているという。データセンターのサーバー運用コストの削減のため、エネルギー熱を抑える冷水の豊富な氷河に建設地は選ばれたが、そのエネルギー要件はすぐに生産能力を超えると予測される。私たちがオンライン生活を充実させる裏で、貴重な自然環境が倉庫に置き換えられていく実情を訴えたのだ。
「氷河が溶けて温暖化が進み、台風や干ばつに見舞われれば、水資源が必要になります。そのとき、人間の命か、便利な生活を形づくるデータか、はたしてどちらを優先させるのでしょう?」。彼女のアイロニーを含んだ問いには、コロナウイルス環境下での隔離生活を経て、オンラインの接続からますます切り離せなくなっている私たちの存在を浮き彫りにする。
スーパーコンピュータが予測する環境危機へのソリューション
環境危機に対するアイロニカルなソリューションを提案するMél Hoganのアイデアは、トランスメディアーレの展覧会「Eternal Network」で披露されたインスタレーション「Asunder」にもつながっていた。
「Asunder」とは、環境エンジニアTega Brain、クリティカルエンジニア/アクティビストJulian Oliver、ソフト・ハードウェアデザイナー/ハッカーBengt Sjölénといった気鋭のアーティストたちによって開発されたスーパーコンピュータだ。
衛星、気候、地形、地質、生物多様性、人口などのデータをリアルタイムで収集し、さまざまな生態学的課題に直面する世界各地の「修正」を試みる。
例えば、シリコンバレーのプラスチック汚染に対するAsunderのソリューションは、資源節約のために南アメリカからシリコンバレーに「リチウム鉱山を移転」するというものだ。
デジタルネットワークにおける「エコロジー」を扱った作品、Asunderがシミュレートする将来のシナリオは、気候変動による大惨事を回避できるのか疑問視する、不条理なソリューションを含。皮肉にもこの結果には、氷河を溶かす原因にもなる膨大な処理エネルギーが費やされている。
私たちはその結果を目の当たりにし、生態系が繊細かつ複雑すぎて数学的に「最適化」することがいかに難しいか、そうした問題を機械に委ねること自体を問うことになる。
奇しくも、この記事を書いている今、欧米は中国から始まったコロナウイルスのパンデミックによる脅威に晒されている。多くの人が情報に翻弄されつつも、科学、公的機関、政治、企業などとの“信頼関係”とあらゆるレベルのネットワークにおける“連携”の重要性を再確認しているのではないだろうか。
同時に、この隔離期間において、どれだけ私たちがオンラインのなかで生きているかを実感する。オンラインサービスやコミュニティのビジネスモデル、情報データでセンサリングされた経済体制の可能性は、ポストパンデミック社会の希望としてますます強調されている。社会のモデルを変える方法として、こうしたアイデアをアップデートしていくことは賛成だが、今回のレポートで紹介した事例をはじめ、科学技術上で発展してきたネットワークには、多くの問題を含んでいることも忘れてはならない。
先日、「サピエンス全史」の著者であるユヴァル・ノア・ハラリは、コロナウイルスがもたらした生体認証データ監視の事例をあげ、健康とプライバシーをどちらも維持できる世界の構築に必要な私たちの態度について書簡を投稿した。
テクノロジーはわれわれの生活にとって欠かせない。その恩恵を受けつつ、その背後にある社会問題を認識し、テクノロジーをどう共存していくべきか。どのような持続可能なネットワークを形成していくべきか。トランスメディアーレ2020はコロナウイルスだけでなく、人類に影響を及ぼすすべての危機的問題に対する私たちの態度を問いたとも言える。