堀雄一朗が上海に立ち上げた家具ブランド
「ステラワークス」。
キラ星のようなデザイナーが魅せられる理由

▲Photo by Junya Igarashi

ネリ&フーミケーレ・デ・ルッキといった世界の名だたる建築家やデザイナーが熱い視線を注ぐ家具ブランドが、中国・上海にある。創業8年目を迎えたステラワークス(Stellar Works)である。わずか数年で世界に類を見ない家具ブランドに成長させた創業者でありCEOの堀雄一朗氏に、ステラワークスが目指す21世紀の家具づくりについて尋ねた。

▲ステラワークスの上海にある工場では、中国、フランス、日本の国旗がたなびく

▲ブランドのシンボルであるロゴは、堀が敬愛するデンマークの建築家、ヴィルヘルム・ウォラートが1955年にデザインした「ピアノ・チェア」をモチーフに、京都の家紋工芸家に制作してもらった

100年前から西洋家具と深くつながっていた上海

筆者がステラワークスの存在を知ったのは2012年の秋、ブランドが立ち上がって間もない頃だ。「キラ星の作品」というブランド名が印象的だった。創業者でCEOの堀雄一朗は元商社マン。2000年初頭、上海駐在中に中国の木工職人のレベルの高さを目の当たりにして、この地に家具ブランドを立ち上げることを心に決めたという。当初は経営者ではなく、一投資家という立場だったため、生産工程や品質管理のあり方に納得がいかなくても自らの意見を通すことができず、歯がゆい思いをしたと振り返る。職人の腕が優れているだけでは、世界に通用する中国家具はつくれない。堀は、2008年にステラワークスの前身となる家具メーカー「ファーニチャーラボ」を立ち上げた。

普通なら、歴史を持つヨーロッパの家具ブランドが群雄割拠する時代に、新たに中国で家具メーカーを立ち上げようとは思わないだろう。しかし、堀はその思いを次のように語る。

「伝統に裏打ちされたヨーロッパの家具は見事です。しかし、労働者の権利が守られ、1週間の労働時間が規定されているため、生産能力に限界があります。また、高技能の職人は賃金が高く、高度な技術を要する家具は自ずと高価で希少なものになってしまいます。一方で、中国にはヨーロッパや日本の木工職人にも引けを取らない、腕と知識を持つ職人がたくさんいるのです。彼らの多くは向上心旺盛で熱意にあふれ、早朝から夜遅くまで働くことをいとわない。ヨーロッパの家具ブランドが試作品の製作に通常1年から1年半かかるところ、中国ならばその半分の期間でできます。このスピード感が中国の家具づくりを支えている。そんなダイナミックな環境と高度な技を生かして、欧米の家具の真似ではない、中国ならではの家具づくりができると確信したんです」。

▲堀雄一朗(ほり・ゆういちろう)/ステラワークス創業者、CEO。商社である丸紅の社員時代に上海で不動産プロジェクトを取りまとめた後、2008年ステラワークスの前身であるファーニチャーラボを設立。2012年ステラワークス設立。2016年ステラワークス米国、英国、オーストラリアを法人を立ち上げる。2018年にステラワークス日本を設立した Photo by Junya Igarashi

欧米の家具やファッションブランドの旗艦店が軒を連ねる現在の上海には、消費の街というイメージのほうが強いかもしれない。しかし、上海は家具づくりにおいて特殊な位置づけにある。古くから欧米の租界地区が設けられ、1920年、30年代には西洋式の建物が立ち並び、ヨーロッパから多くの家具がもたらされた。やがて西洋の家具は上海人の憧れとなったが、輸入では需要に追い付かず、上海で西洋式家具をつくり出したという背景がある。上海は大都市ながらも100年ほど前から家具づくりと深く関わってきた。

OEMからオリジナルブランドへの転換

そんな地で、家具工場を立ち上げるにあたり、堀は1892年創業のフランスの高級家具メーカー、ラヴァルと提携した。同社のベテラン職人を招き、中国の職人たちの技術指導に当たってもらった。日本からは長年、カッシーナの工場で生産管理を任されていた指導者を迎え、高い生産性を実現した。

▲工場の右手は部品の組み立てライン、その奥にCNC切削ラインが続く。2階にはデザインを図面化するインハウスのドラフトマンの在中する

▲左は、スペース・コペンハーゲンによるRénテーブルの脚部。ダボで接合しており、できるだけ金属は使わないという

▲皮革や布地は張り地ごとに伸縮性や耐久性が異なるため、それらを考慮しながら裁断する

当初のファーニチャーラボは家具ブランドではなく、海外からの特注品を請け負うOEM工場だった。オーセンティックな様式美の家具づくりで信頼の厚いラヴァル社との提携は、高品質でクラシカルな家具を中国ならではの価格で提供できるとして評価を高めた。ヨーロッパの5つ星ホテルや建築家たちから家具製作の依頼が入りはじめる。下請けからオリジナルブランドの確立に向けて、方向転換を図るタイミングが訪れた。

世界と勝負できるブランドを立ち上げるにあたり、堀は当時こんな思いを抱いた。

「家具製造にかかわるすべてを自社でまかないたい。ルーツを大切にする欧米の家具ブランドであっても、自社ブランドの多くを東欧やアジアで生産する時代です。ステラワークスというブランド名を刻印した家具は、誇りをもってステラワークス内でつくりたいんです。そして、つくるからには現代にとどまらないタイムレスな家具を送り出したい。それがひいては長く愛用される、時代を超えて残る家具になると思うんです」。

▲ステラワークス・ニューヨークのショップより Photos by Junya Igarashi

さまざまな文化が混じり合うタイムレスな家具

では、堀とってのタイムレスな家具とは何か。それは特定の文化ではなく、さまざまな文化の片鱗を宿しているデザインのことだ。堀が傾倒するデンマークのミッドセンチュリー家具にしても、デザインのルーツは中国、英国、ドイツなどの家具に見ることができる。共感する他国の遺伝子を受け入れることで、デンマークはタイムレスな家具を生み出してきたのだ。堀にとって上海もそんな家具づくりに最適な環境を与えてくれるのだろう。

「上海は古くから異邦人を受け入れ、彼らが文化の醸成に関わってきた街です。街のそこかしこにアメリカ、英国、フランス、そして日本の建築様式のなごりを感じることができます。そんな上海のブランドらしく、アジアのものづくりに西洋のまなざしを取り込みたいと思ったんです」。

そこで、ブランド設立時にはデンマーク人のデザイナー、トーマス・リッケを迎え、ブランドのネーミングからクリエイティブディレクションまでを担ってもらった。

▲ネリ&フーがデザインしたBundシリーズより

2015年からは、欧米で数多くの建築プロジェクトを手がける上海の建築設計事務所ネリ&フーがクリエイティブディレクションを担当。それにより、家具デザインにアジアと西洋という双方のまなざしが、より強く感じられるようになった。例えば、彼らのBundシリーズは、租界となった上海を象徴するBund(外灘)地区からネーミングされている。どこかフランスの重厚なアールデコ時代の家具を思わせるシリーズだ。

ほかにもファーニチャーラボの頃からつながりのあるデンマークのスペース・コペンハーゲンや、アメリカとカナダを拠点にするヤブ・プッセルバーグ設計事務所、ニューヨークの建築家デイヴィッド・ロックウェルといった多国籍のデザイナーが家具デザインを手がけ、それぞれがとらえた上海ブランドらしさをステラワークスにもたらしている。それは時に、上海の過去へ向けられたまなざしだったり、未来へのまなざしだったり、あるいは上海のなかの西洋に向けられたり、東洋に向けられたりする。ステラワークスの家具づくりを表現するとしたら、こんな言葉になるのではないだろうか。

▲スペース・コペンハーゲンのデザインによるRENシリーズ

▲同じくスペース・コペンハーゲンがデザインしたLunarのダイニングチェア

スペース・コペンハーゲンがデザインしたシーティング家具のLunarシリーズは、中国において月の仙女が暮らす月の都という神話に着想を得ている。古典に目を向けながらも、北欧らしい流線形のシルエットや未来のスペースシップに出てきそうなチェアは、どの時代とも特定できないタイムレスな印象を与える。一方で、ステラワークスの脚もの家具に多く見られる傷防止のための先端部分を被った真鍮は、東洋的な装飾だ。他のチェアにも共通する脚のパーツは、同じ生産ラインでつくることのできる、合理的なデザインでもある。

▲相崎準がデザインしたExchangeシリーズ。東京・上野にオープンした「NOHGA HOTEL」で使われている。写真はステラワークス・ニューヨークより

同じくステラワークスから家具を発表しているデザイナーのひとり、ニューヨークを拠点にする建築家、相崎準は17世紀からつくられる英国のアイコニックな椅子「ウィンザーチェア」の背もたれと脚部分の補強用横木を、木材に代わって、上海の自転車工場で用いられるスチールに置き換えた。それにより、どこかカントリー調なチェアの類型にコンテンポラリーで都会的な要素を与えている。

片方の足は過去へ、もう片方の足は未来へ

ブランド名を冠した家具をすべて自社でつくり上げるというステラワークスのものづくりに、欧米のデザイナーはある種のノスタルジーを感じているのかもしれない。かつてのヨーロッパの家具づくりがそうであったように。そうした本物の、誠実な家具づくりに夢を託して、家具はもうつくらないと公言していたイタリアの建築家、ミケーレ・デ・ルッキが近々ステラワークスから家具を発表するという。

こうした輝かしい功績を持つ建築家やインテリアデザイナーが、ステラワークスの技術と予算内に収まる価格帯、さらに納期に間に合う生産能力を高く評価することで、今やシャネル、ディオール、カルティエといった名だたるラグジュアリーブランドの店舗什器を手がけるまでに成長した。

▲東京・神宮前に設けたステラワークス日本のショールームにて Photo by Junya Igarashi

ブランドの設立から7年。年間売上は約50億円に達し、上海郊外の5つの工場では朝8時から夜8時頃まで約300人の職人たちが働く。彼らのほとんどが内陸部から出稼ぎのために単身でやってくるそうだ。そんな職人たちのために、ステラワークスでは寮を完備し、昼食と夕食を提供するなど福利厚生も手厚いと聞く。技術習得のための研修も用意し、他の工場に比べて賃金の点でも恵まれているため、離職率はゼロに近いそうだ。

ホテル・ドゥ・クリヨン、フォーシーズンズムンバイ、パークハイアット京都など世界各地の高級ホテルに足を踏み入れれば、ステラワークスの家具に出会う。プロジェクトがグローバルになるなか、堀が今も大切にしていることとは何か。

「片方の足は過去へ、もう片方の足は未来についていること」。

それはラヴァル社の持つ歴史に裏打ちされたクラシカルな家具づくりを残しつつ、現代の暮らしに合った実用的で使いやすい家具をつくるという意味だろう。

クリエイティブディレクターのネリ&フーは、ブランドが今後10年、20年と成長していくために、「安全地帯にとどまることなく、箱から飛び出して時にはステラワークスらしからぬデザインを発表することも大切」と指摘する。

今年のミラノ・デザインウィークでは、ミケーレ・デ・ルッキに加えて、nendo、ドイツのセバスチャン・ヘックナー、イタリアのルカ・ニケットといった多彩な顔触れによる新作家具を発表し、ステラワークスの新たなステージを披露する予定だった。その発表にむけて、皆が目的意識を共有し、プロトタイプの製作に集中していた矢先、COVID-19が中国全土を襲った。

世界各地で工場が停止するなか、ステラワークスの上海工場も数カ月、生産ラインを停止した。しかしその間、堀は手をこまねいていたわけではない。かねてより同社を高く評価していたデンマーク企業、ナイン・ユナイテッド社と欧州での販売業務を提携。ナイン・ユナイテッドが保有していたHAYの欧州ショールームすべてをステラワークスのショールームに移行することを決めた。5月から順次、アムステルダム、パリ、デュッセルドルフ、アントワープにステラワークスのショールームが開設される。

これらを起点に今年のミラノデザインウィークで発表予定だったnendo、ネリ&フー、OeO、ミケーレ・デ・ルッキといったデザイナーによる新作家具が随時発表されるという。ナイン・ユナイテッドの販売網と物流基盤に乗ることでステラワークスの商品はより魅力的な価格で、スピード感を持って欧州市場に届けられることだろう。今後もどのような輝きを放つ家具が登場するのか、ますます目が離せない。End