INTERVIEW | 建築
2020.04.24 10:13
台湾第3の都市、台南市の繁華街に今年オープンしたパブリックスペース「台南スプリング」と、台南市郊外で進行中の屋内市場「台南市場」。オランダの建築事務所MVRDVが手がける2つのプロジェクトから未来の建築の姿を展望したい。
欧州で最も人気のある建築事務所
ロッテルダムを拠点にするMVRDVは、世界最高峰のひとつと言われるオランダ建築界にあって、近年さらに高い評価を得ている事務所だ。レム・コールハースの下で働いていたヴィニー・マースら4人の建築家が立ち上げ、以前から注目されていたものの、彼らをさらなるスターダムに押し上げたのは、地元ロッテルダムの中心部に2014年にオープンした「マルクトハル(Markthal)」だろう。
屋内市場とアパートメントなどを合わせた大胆な建築は、そのユニークなデザインもあって、今では街のシンボルとなっている。街に賑わいをもたらし、一帯の再開発を押し上げる存在感は大きく、以降MVRDVには仕事が殺到。ヨーロッパでは美術館の付設施設である「ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン収蔵庫(Depot Boijmans van Beuningen)」など、今後も話題作の続々とオープン予定だ。
一方、MVRDVの活躍はアジアでも天津浜海図書館をはじめ目覚ましいが、2020年3月に台湾にオープンしたパブリックスペース「台南スプリング」は小作ながら彼らのデザイン哲学をよく表している。
泉から生まれた緑が、街の生命線に
ビルの谷間に突然ぽっかりと抜けた空間、そこに広がる浅瀬。子どもから大人まで水に入り、涼をとる。水辺には木々が繁り、その向こうにはクルマが走り抜けるのが見える……。
台南市の繁華街に誕生した台南スプリングは、80年代に建てられ廃墟化したショッピングモールの再開発プロジェクト。場所は台南で最も活気のある一等地と言える通り沿いで、一帯に活気を取り戻すことが目的だった。台南市はオープンコンペを実施し、台北の建築事務所に請われ参加したMVRDVが勝ち取ったというわけだ。パブリックスペースの設計なら、すべての建物を取り壊してまっさらな土地に公園をつくるというのが順当な考え方のところ、彼らは駐車場だった地面より一階層低いレベルを保ち、さらに水を用いることにこだわったという。
設計者のひとり、MVRDVの共同設立者のヴィニー・マースは言う。
「この場所の歴史を紐解いていくと、17世紀までは小さな漁港だったことがわかりました。水を使うことでその歴史を取り入れたのです」。
水辺を再現することで新たな都会のスプリング(泉)にする。水辺には自然と人々が集まり賑わいが生まれ、それが街にも広がっていく。コンセプトは決まった。だが、実際に工事が始まると、水に悩まされることになる。この一帯はずっと以前に埋め立てられた土地だが、地中深くには未だ海水が入り込み、常に下から水圧がかかっている状態。古いビルを撤去すると同時に同じ重量の土などを盛らなければ、均衡が崩れかねないという困難が待ち受けていた。
「そして欠かせない要素が植栽でした。一種類の木で並木をつくるのではなく、高低差をつけることもひじょうに大切でした」。
植栽によって夏場の暑さをしのぐのはもちろんだが、毎年複数が上陸する台風対策のためでもある。高低差のある草木を取り混ぜるのは、ほぼ同じ高さの同じ種類の木で揃えるとダメージを受けるときに全滅してしまう恐れがあるからだ。こうした植栽は、ゆくゆくは街の主だった街道沿いに広げていく計画がある。
「最初にこの案を市に説明したとき、台南は緑豊かな街だからと新たな植栽には懐疑的でした。でも、実際に高所から撮った街の写真を見せるとビルばかりで緑は少ない。昔のイメージのままの思い込みが地元の人にはあるのです。ですから、新たに緑の街にしていきましょうという提案をしました」。
台南スプリングから緑が生まれ、やがてそれは街全体に広がり、緑のラインが街の生命線のように伸びていく。5年先、10年先にはニューヨークのハイラインのような存在になる可能性を秘めた場所だ。
グリーンありきの建築はランドスケープになる
MDRDVは台南の郊外でも大きなプロジェクトが進行中で、こちらでも緑の果たす役割は大きい。「台南市場」は台南市郊外にある古くなった市場を移転させて、近隣でとれる生鮮食料品を主に扱う屋内市場を建てるプロジェクトだが、特筆すべきはその屋根だ。
周囲に広がる田園風景のランドスケープをそのまま模したような、起伏のある丘陵と見まごう屋根には、市場で扱うさまざまな野菜や果物の苗や木を植え、実際にそこで栽培・収穫していく予定だ。一般の人も購入できる市場であり、高速道路の出口からほど近い立地から、台南市からの来訪者も多く見込まれる。誰でも屋根の上にのぼれ、そこでどのように野菜や果物ができるかを見て、採れた野菜を併設のレストランで食べることもできるようにするという。
「まず、屋根の上に植栽をするのは、それにより大幅な熱の遮断効果が得られるからです。屋根の下の屋内の気温を抑え、また輻射熱も抑えることができる。もし世の中すべての建物の屋根を緑化したら、世界の気温は1度以上下げることができるというリサーチがあります」。
マースはデルフト大学で建築と都市工学を教える傍ら、大学とともにThe Why Factoryというシンクタンクとリサーチの組織を主宰している。そこでの大きなテーマのひとつはグリーン。ビルの屋上やバルコニーなどに植栽するためには、どのような植物が適しているか、あるいは屋内ならどの植物が栽培できるか、具体的なリサーチを重ねている。そして、実際に大都市に植栽した場合の効果を測り、未来図をシミュレートしている。もちろんその背景には、気候変動や環境問題、政治や社会の変化に対する危機意識がある。こうした地道な研究結果があるから、MVRDVの設計には多くグリーンを取り入れることができるのだ。もはや彼らにとってグリーンは建築に欠かせないエレメントであり、グリーンありきで構築される建築はランドスケープのようでもある。これは、マースが建築を学ぶ前にランドスケープを専攻しており、また彼の父がガーデナーであったこととも無縁ではないはずだ。
田舎にこそある建築の未来
MVRDVが台南市場以外にも台南市郊外で住宅プロジェクトを手がけているのも、持続可能な社会の実現のため、緑豊かな田園地帯に可能性を感じているからに他ならない。
「台南市場のときもそうでしたが、担当の役人たちは、田舎にはこんな美しい建物は必要ないと言いました。そうではなくて、田舎だからこそ美しい建物が必要なのです」。
都市に住む人たちに田舎の美しさの再認識を促し農業や第一次産業への理解を深めてもらうためのプラットフォームとしての建築。台南市場を窓口にまだ台湾では馴染みのないアグリツーリズムにやがてはつなげていくことも考えている。
かつてのマースの師、レム・コールハースが今年2月からニューヨークのグッゲンハイムミュージアムで開催しているエキシビションのテーマは「Countryside, The Future」(現在は新型コロナウィルスのため閉館中)。そのコンセプトは、都市は田舎に生かされている、田舎にこそ未来はある、だという。ふたりが今、建築の未来について交錯するのはただの偶然ではないだろう。(文/鴨澤章子)