東京ビジネスデザインアワード 2016年度テーマ賞
稲元マーク & Seki Design Lab.「INAMOTO」
商品化への道のり インタビュー

Photos by Kaori Nishida

2016年度東京ビジネスデザインアワード(TBDA)におけるテーマ賞「高品質な金属加工技術を生かしたデコレーショングッズ」は、稲元マーク株式会社(江東区)が得意とするプレス絞りと旋盤切削技術を組み合わせた、コンシューマ向けの自社商品の提案。上位賞の受賞はなかったものの、「なんとか新しいビジネス領域を開拓したい」という社長の意思のもと、すべてリセットしてゼロから商品開発を敢行。約2年かけて、アルミプロダクトブランド「INAMOTO」を生み出した。

▲稲元マーク株式会社 代表取締役 稲元 博さん

高度な技術の複合に着目

——1963年創業の稲元マークの事業について教えてください。

稲元 博(稲元マーク株式会社 代表取締役) もともと会社ロゴやブランド名の入ったネームプレートの加工にはじまり、現在では自動車の内装や電気機器の外装などの、目に見える外観部分の金属加工をメインに行っています。例えばカーオーディオの表面やツマミ、ドアに取り付けるスピーカーのカバーなどですね。

——「ヘアライン加工」は稲元マークが日本で最初に開発した技術だとか。

稲元 昔、取引先の東京通信工業(現ソニー)からアメリカ製のポータブルラジオを見せられて、「こんな加工ができないだろうか」と聞かれたのがきっかけで、当時の専務が試行錯誤して研究し、1970年頃に確立させたと聞いています。

——2016年度のTBDAのテーマ企業として参加した理由は?

稲元 既存顧客の仕事が海外に流れていくなかで、ほかの業界を開拓し、自社商品をつくって展開したいと考えていたのですが、やり方がわからなかった。そこへ事務局から「こういうアワードがある」という話をもらい、新しいきっかけになればと考えて応募しました。

——Seki Design Lab.は、フリーランスのプロダクトデザイナーふたりによるデザインスタジオです。

關 博旨(Seki Design Lab.) ふだんは別々に仕事をしていて、私は業務委託で良品計画の家具やハウスウェアなどのプロダクトデザインをメインに、中小企業とのプロジェクトなども手がけています。

關 真由美(Seki Design Lab.) 私はパナソニックのインハウスデザイナーを経て2016年にフリーランスとなり、現在は行政の依頼で障がいを持つ人の工賃を上げるためのプロジェクトなどを行っています。今回ははじめて、Seki Design Lab.として一緒に仕事をすることになりました。

▲Seki Design Lab.の關 博旨さん(左)と關 真由美さん

——なぜTBDAに応募したのでしょう。

關 博旨 ふたりとも工場が大好きなんです。プライベートで、いい技術を持つ工場や職人さんを訪問していました。それこそ工場見学がブームになる以前からですね。

關 真由美 私たちはもともと大阪出身で、東京に拠点を移すことにしたとき、大田区か墨田区しかないと思っていました。工場がたくさんあるので。TBDAに参加したのもやはり、高い技術を持つ中小企業と一緒に仕事をしたいと思ったからです。

——数あるテーマのなかで特に稲元マークの技術に着目したのは?

關 真由美 プロダクトデザイナーにとってはなじみ深い加工技術であること。私は家電をデザインする仕事をしていたので、金属の自社エンブレム(ネームプレート)を付けられる商品ってインダストリアルデザインの花形なんですよ。だから憧れの対象でした。もうひとつは、家電の生産拠点が海外にシフトされていく現状を知っていたので、日本の工場の高い品質を維持したいという気持ちが強かったんです。

關 博旨 稲元マークの特徴は、高い技術をいくつも持っていて、かつ自社で一貫できるということ。「プレスしかやっていない」という工場はよくあるけれど、さまざまな技術を複合的に活用することで、商品化していくうえでの応用性に注目しました。

アワード後にすべて一度リセット

——アワードで提案したのはデコレーショングッズでした。

關 博旨 最初はネームプレートの技術をいかに一般化させるかにフォーカスしてアイデアを出しました。ちょうどマスキングテープやスワロフスキーなど、いろいろな「デコ」が流行っていた時期だったので、金属のシールなどの装飾用品を提案したのです。けれど金型の初期投資がかかるため、低い単価に見合わないという理由で商品化は難しかった。

——アワードでは上位賞には至りませんでした。それでも商品開発のプロジェクトを続けるわけですが。

稲元 受賞の有無よりも、この先に対する危機感です。取引先の下請け仕事だけでやっていけるのか、という不安。なんとか、ひとつでも形にしないといけないと思いました。

關 博旨 初期投資を抑えるため、稲元さんが持っている「あり型」を生かせないかといろいろ試しました。無垢の削り出しやアルマイトの技術を組み合わせて、ワイン栓などいくつかつくってみました。とてもきれいな加工です。それでもコストや売り方の問題にぶち当たって。半年くらい悶々としていましたね。最終的に、われわれプロダクトデザイナーの力ではどうしても解決できないこと、売り方、届け方、伝え方について、ブランディングを専門とする会社のクレアツォーネに協力してもらうことにしました。そして、今までやってきたことをすべて一度リセットしたんです。

▲当初開発されたワイン栓。

——大きな決断でしたね。

關 博旨 なかにはマーケティングのできるデザイナーもいるじゃないですか。でも私の場合は、そこに力を分散したくなかった。もちろん私も一緒に考えるけれど、重要なところはプロに任せたいと考えました。結果的にそれがブレークスルーになりました。

関 真由美 クレアツォーネが入ってからは、一度稲元マークの強みを洗い出すプロセスがありました。何が得意で、どういう会社を目指していくのか。それを言葉にして、名刺の裏にも記しています。まさにブランディングです。

—稲元さんの名刺の裏には、「INAMOTOはアルマジック研究所を名乗る」「アルミの美しさへの探究心」といった言葉があります。

稲元 創業以来50年以上もアルミの加工をやってきて、特に元専務と前社長は研究者気質なものですから。技術をさらに深めて、ほかの業界で受け入れられるように、これからもずっと研究を続けていきたいという想いがあります。

▲「SEN」シングル(一段)16,000円

イナモトヘアラインをアピール

——そして2018年、最初のコレクション「SEN」が生まれます。これまでの提案とは違い、高級ステーショナリー、ギフトの路線ですね。

関 真由美 TBDA審査委員の金谷 勉さん(セメントプロデュースデザイン)にも工場を見てもらいました。もともと量産向けの設備で、セレクトショップ向けの小ロットを安価でつくれる環境ではないと指摘を受け、改めて高級路線にいかないといけないと認識しました。そのうえで稲元マークの背景を考えたときに、強みはやはり「ヘアライン加工」なんです。かつてソニーの図面に「イナモトヘアライン」と指定されていたくらいの、仕上げのクオリティをアピールするものをつくろうということになりました。加工部分を強調するため、凹みをもたせたペントレーや小物入れなど20案くらい考えたのです。そのなかで、最もシンプルで最もきれいに見えるのが、この円筒のコンテナでした。

關 博旨 ここに、稲元マークが得意とする「ヘアライン」と「スピン」というふたつの技術を盛り込んでいます。どちらも高度な技術ですが、特に縦方向に線が走るヘアラインはかなり難易度が高い。これをすべて手作業で行っています。

稲元 縦目のヘアラインはサンドペーパーをかけ、下のスピンは刃物で削ります。手で触れた時に、ふたつの加工の継ぎ目をスムーズにするところが技術の肝なんです。出来栄えに満足しているし、ほかのところではできないと思います。

▲「SEN」トリプル(三段)24,000円(税別)

「その会社がやりたいこと」を引き出す

——2019年にはインテリアライフスタイル展に出品しました。反応はいかがでしたか。

稲元 印象はよかったですね。ひっきりなしにお客さんがブースに来て、とても珍しがられました。その後、蔦屋書店や誠品生活、銀座の仏具店でも取り扱われています。2020年ノリタケカンパニーリミテドのホテル・レストラン向けカタログに掲載されてから、飲食分野の引き合いが増えています。

關 博旨 飲食分野で需要がありそうなので、次のコレクションでは食にまつわるアイテムを展開していきたい。ただ、仕上げの美しさを見せていくという基本路線は変わりません。

関 真由美 最初のコレクションについても、市場からは「高級路線とはいえ、用途をもう少し明確にしてほしい」という声があるので、使い方がわかるような見せ方も考えていきたいと思っています。

——まだ始まったばかりではありますが、プロジェクトの感想を教えてください。

稲元 自分たちの技術を活かして念願のB to Cに展開できることが本当に嬉しいです。

関 真由美 最初、ワイン栓をはじめ、さまざまな試行錯誤をしたからこそ、「これをやるとここが高くなる」といった具体的なコスト感を実感しながら、現実的な商品へと落とし込むことができました。時間はかかったけれど、すべて必要なプロセスでした。

——これからTBDAに応募しようと考えるクリエイターにアドバイスをお願いします。

関 真由美 町工場の方に「何ができますか」と尋ねると、たいてい、「何でもできます」とおっしゃるんです。けれど商品化となると、ロット数によって、コスト面で、できることとできないことがあるんです。それを洗い出したうえで、この会社が本当にやりたいことは何か、型代を背負ってもやりたいのか、といったことを細かくすり合わせしていくことが大切だと思っています。

關 博旨 それまでB to Bだった会社がB to Cを目指そうとすると、たいていコスト算出の段階で苦戦します。ですから、「デザイナーがやりたいこと」を提案するというよりは、「その会社がやりたいこと」を引き出すほうがうまくいくかもしれません。私たちは、自分がやりたいことをやるため、自分が売りたいものをつくるためではなくて、中小企業のビジネスをデザインするためにTBDAに関わっています。もし「やりたいこと」があるとすれば、それは中小企業の力になること、に尽きます。

——ありがとうございました。End

稲元マーク株式会社 http://www.inamoto-mark.co.jp

アルミプロダクトブランド「INAMOTO」 https://inamoto.me

Seki Design Lab. http://sekidesignlab.jp/ja/

東京ビジネスデザインアワード https://www.tokyo-design.ne.jp/award.html