首都大学東京 インダストリアルアート学域の授業「プロダクトデザイン特論D」において、学生の皆さんが3チームに分かれ、第一線で活躍するデザイナーの方々にインタビューを実施。インタビュー中の写真撮影、原稿のとりまとめまで自分たちの手で行いました。シリーズで各インタビュー記事をお届けします。
アーティスト 市原えつこの頭の中をのぞく
日本的な文化・信仰とテクノロジーを掛け合わせて、ユニークなデジタルアート作品を発信している女性アーティスト、市原えつこさん。今回のインタビューでは、“妄想インベンター”として型破りな発想をする市原さんから、戦略的にアイデアを俯瞰する市原さんまで、その知られざる素顔を赤裸々に語っていただきました。
点が面になるとき、市原えつこになる
——「死」や「性」といったテーマでとてもユニークな作品を発表されていますが、その発想のきっかけが何かを教えていただけますか。
性器崇拝の神社って知っていますか? 昔の日本人が病魔を払うものとして性的な象徴物を神社などに奉り、信仰していたものです。大学生の頃に、そういうものを見て、本当に意味がわからないなって思いまして(笑)。でも、意味がわからないながらも納得する部分があったんです。わかんないけどわかるみたいな。
その頃、日本のいろんなメディアアートをみると、洗練されたスマートなアプローチが結構多いという印象があったんです。でも、ナンセンスでしっぽりと湿った感じを持つものが意外と日本っぽいものではないかと思い、「セクハラ・インターフェース」という作品をつくりました。それからしばらくは、「エロとテクノロジーの魔融合、楽しいきゃっほー!」って感じで、あまり深く考えずに面白さドリブンでやっていました(笑)。
「デジタルシャーマン・プロジェクト」という弔いをテーマにした作品を発表したのをきっかけに、自分の価値観や世界観が整理されて、「デジタル・シャーマニズム」というテーマで、日本の信仰とテクノロジーを組み合わせた作品を自分はつくっているのだ、となんとなく自覚するようにはなったかな。「デジタルシャーマン・プロジェクト」は、自分のおばあちゃんが亡くなったのが創作のきっかけで、それまでは宗教などシャーマニックなテーマを自覚的に取り扱ったことはなかったのですが、結果的に今では表現がそちらに洗練されて自発的にやっている気がします。
ーー自分の世界観はどのようにして自覚するのでしょうか?
やっぱり社会で生きているので、自分だけで考えてもわからないところは多いんです。作品を発表すると、いろんな人とディスカッションして、世の中の反応を得ることになり、外部のフィードバックを吸収して、また自分の内から考えてという相互作用ですね。周囲からの反応でわかる部分と、自分で考えてわかる部分を行ったり来たりしている感じがあります。
“アーティストあるある”だと思うのですが、はじめにひとつの作品をつくっただけだと、たったひとつの点でしかない。複数の作品をつくると点が線、そして面になり、自らの世界観が自分自身も周囲もわかってくる。複数の作品をつくらないとわからないこともあるのだなと思いました。
好奇心とプレッシャーに掻き立てられて
——創作への原動力になるものは何かを教えてください。
「こういう面白いものを見たい」とか、妄想として湧いた風景があり、これを実現したらやばいなとか、やったらすごそうだなという好奇心や実験欲があるんです。“なんでこんな意味のわからないことするんだ”というセルフツッコミと、“やりたい”の戦いをしながらですね。
アーティストとしてやっていくためには、定期的に新作を発表していかないと終わってしまうので、そのプレッシャーもあります。これもアーティストあるあるで、ひとつの作品が賞を取ったりすると、その作品ばかり注目され、いろんな現場に引っ張りだこになってしまう。その仕事に対応している間に消費され、世の中に飽きられることもある。クリエイターやアーティストは一発屋になるのを避けるために気をつけないといけない。自分も「喘ぐ大根」がバズったときに、これでしばらく安泰だと思ったのですが、それだけでは危ういなと思って、次の展開を考えていた気がします。
–—どのようにアイデアと向き合っていますか?
私が思うに、アイデアのプロセスは、女性が子どもを産むまでのプロセスと近いです。ひとつ着床するとそれしか考えられなくなるし、そうすることで面白いアイデアが湧いてきます。なので、デジタルシャーマンに取りかかっているときには、「死」について参考文献を漁ったり、古墳や自殺の名所、そして神の島と呼ばれる久高島など、さまざまな場所にリサーチのために足を運んだりしていました。自然に何か湧いてこないかなと待っていても何も出てこないので、ある程度腰を据えて、“狂気のモード”になることが大事です(笑)。
社会性や戦略性も意識しながら
―—アイデアがあっても自分の力だけではどうしようもないことがあると思いますが、それを乗り越えるためのコツはありますか?
私も毎回それに悩んでいます。2019年11月に東京・中野新橋の商店街で「仮想通貨奉納祭」を行いましたが、自分の力だけでは絶対につくれないですよね。大事なのはまず予算を確保すること。学生のうちはそこはシビアじゃないかもしれませんが、社会人になって、自分で生計を立てている人に囲まれている以上、その人たちに何かしらのメリットがないと協力してもらうのは難しい。毎回すごく考えているのは、お互いに利害関係が一致するかどうかです。利害関係のデザインは意識していて、今この人はこういう分野に展開したいと思っているから、こういう見返りを用意したら、予算が小さかったとしてもメリットや面白みを感じてくださるかもしれないと。相互に提供するものがちゃんと等価交換になって、それで合意が取れれば良いかなと考えています。
——市原さんのアーティストとしてのあり方を教えてください。
私自身も昔からものすごくファンなのですが、アーティストの和田 永さんとご一緒させていただくと、一点突破している人ならではの圧倒的な強さを感じます。GOMESSくんというラッパーの友人も、自閉症という病気を抱えながらもラッパーとしての本当に天才的な言語センスや能力を持っていて尊敬しています。アーティストには、マネジメントが得意で社会性や調整力のある人から、社会不適合な部分を持ちつつもアーティストとして一点突破している人までグラデーションがあると思っていて、私自身はその中間にいるのではないかと感じています。それぞれに良し悪しがあると思うのですが、自分のタイプは変えられないので、社会性や戦略性を活かして頑張っています。さまざまなアーティストがいるなかで、自分自身の立ち位置をどうつくっていくかを、日々考えています。
自分の特性を生かして最小限の苦労で最大限を出せるやり方を模索するのが良いかもしれないです。クリエイターとしてどう生きるか、生臭い話をブログなどで書いているので、読んでもらえたらと思います。(取材・文・写真/首都大学東京 インダストリアルアート学域 飯田春佳、太田聡海、鄧敏稚、杜静雯、沼野未樹、森 愛可音)