福岡を拠点にするデザイナー中庭日出海。
今ある技術を生かしながら、暮らしに寄り添うものをつくりたい

▲福岡県久留米市のSINGのプロジェクト「FACTORY series」。

中庭日出海(なかにわ・ひでみ)は、プロダクトを軸にグラフィック、家具、インテリアなどの分野で、福岡を拠点に活動するデザイナー。東京や他の地域から見ると、福岡には大勢のデザイナーがいるように感じるが、実はグラフィックやインテリアデザイナー、建築家はいても、プロダクトデザイナーの数は圧倒的に少なく、仕事もあまりない状況だという。そのなかで、中庭は“ものづくりの環境”を生み出すための独自の活動をしている。福岡の現状も含めて、デザインに対する考えを聞いた。

▲「(READY MADE)PRODUCTS」(2014)。福岡県八女郡広川町の吉田木型製作所のダッチオーブンシリーズ。屋内外で使用できるようにIH対応に設計されている。

デザインコンペで製品化を目指す

中庭は長崎県対馬に生まれ育ち、デザイン専門学校への入学を機に、1999年から福岡で暮らし始めた。卒業後はプロダクトデザインの道に進みたいと考えたが、前述したように、当時も今も福岡にはプロダクトデザイナーの数は少なく、仕事を見つける手立てがわからなかったため、建築事務所で働きながら製品化を前提にしたデザインコンペに挑む日々を送った。

2002年の21歳のときに、富山デザインコンペティションに応募したコートハンガーが入選。6本の細長いポールを束ねたような佇まいの、各上部をひねるとフックが現れるというもので、製品化には至らなかったものの、東京の秋のデザインイベントでも展示された。2005年には、一枚のスチール板を折り曲げて形づくったシンプルなフォルムのティッシュスタンドが、積水ライフテックのコンペで特別賞を受賞し、商品化された(現在は廃番)。2007年には、なかにわデザインオフィスを設立し、デザイナーとしての活動を本格的にスタートさせた。

▲福岡県みやま市の筒井時正玩具花火製造所の「線香花火筒井時正」のパッケージデザイン(2010)。手作業で丁寧につくられる花火に合わせて、パッケージも手で折り畳むデザインを考えた。

イベントを通して人とのつながりを育む

2005年から福岡初のデザインイベント「デザインニング」が毎年開催されるようになった。キーワードは「デザインが街を変える」。小売店、商業施設、ホテルなどを会場にして作品が展示された。中庭は、大川家具と家具をつくるプロジェクトや仲間と組んで毎年、意欲的に作品を発表した。このイベントは、福岡に若いクリエイターが増えるきっかけにもなった。


▲筒井時正玩具花火製造所の新社屋(ギャラリーショップ併設)と倉庫のデザイン(2014)。花火専用の暗室(写真下)を設けて、日中でも花火を楽しめるようにした。

デザイニング展を通じて、中庭はさまざまな人とつながり、やがて福岡の会社との仕事も少しずつ増えていった。転機となったのは、2010年に手がけた福岡県みやま市の筒井時正玩具花火製造所における線香花火のパッケージデザインだった。K-ADC(九州アートディレクターズクラブ)賞を受賞し、その後、ギャラリーショップを併設した同社の新社屋もデザインし、JCDデザインアワード2015の銀賞、新人賞、木田隆子賞という3つの賞にも輝いた。

このプロジェクトが評価されたことで九州や四国での講演依頼が舞い込み、さらに話を聞いた人を介して新たな仕事にもつながった。順調に活動の幅を広げていった中庭だったが、福岡のものづくりの環境には、ある危機感を抱いていた。

▲徳島県上勝町のいろどり社と開発した「KINOF」(2018)。降水量が多く、多湿な山間に暮らす上勝町の人々のために考えた、地元の杉の間伐材からつくる吸水性や速乾性に優れたタオル。

仮想のものづくりプロジェクト

福岡には久留米絣や博多織といった伝統工芸をはじめ多様な地場産業があるが、デザイナーはそれらの技術をあまり知らず、また、企業側から情報を発信することはほとんどない状況にあった。

「福岡にはいろいろな工場があるのに、普段の仕事で関わるところしかデザイナーは知らない。それではつくれるものがが限られ、新しい提案も生まれにくくなる。まずは、デザイナーと工場の人たちが出会う機会をつくることが必要だと感じました」。そこで考えたのが、仮想のものづくりプロジェクトだった。

▲SINGの「FACTORY series」(2015〜)。哺乳瓶にも使用される安全性が高く、経年変化の少ないシリコーンを用いたデスクトップツール。天然の顔料(鉱物)で着色されている。

メンバーは、プロダクトデザインに興味をもつ若手デザイナー4名に中庭を加えた計5名。工場に協力を仰ぎ、デザイナー側の持ち出しで企画を提案し、協働で作品(プロトタイプ)をつくり、展示会で発表した。このプロジェクトの目的のひとつは、工場のもつスキルやノウハウを自分たちの作品を通じて公開し、より多くのデザイナーに知ってもらうこと。もうひとつは、地元の技術を理解して、自分たちの基礎体力を養うこと。

これまでにアクリル製看板、ガラス、シール、鏡などの加工・製造工場の協力を得て、毎年、完成した作品を「5人展」としてデザイニング展に出展した。2019年には久留米市のトムソン抜型製造会社モリサキの協力を得て15作品を発表し、そのなかで中庭がデザインしたスツールは製品化された。

▲(写真上)2019年に東京のDESIGNARTに、いずれも福岡出身のインテリア・プロダクトデザイナーの高須学とプロダクトデザイナーの坂下和長と合同で展示した。(写真下)中庭はDESIGNARTに「5人展」から生まれた、モリサキのスツールを出展。トムソン抜き型の技術を用いて製品とパッケージを制作した。

東京の展示会や見本市へ出展

完成したスツールは、2019年に東京のDESIGNARTに出展した。実はデザインニング展は、10年という節目を迎えた2014年をもって終了したため、中庭は3年前から東京で開催されるDESIGNARTやIFFTに参加している。

東京への出展理由をこう語る。「デザインイベントは作品を発表するだけでなく、いろいろな人と出会い、交流して考えや意見を交換し合う大事な場です。けれども、デザインニング展終了後、人と会う機会がめっきり減ってしまい、このままではいけないと思っていました。東京のイベントや見本市では、国内外から企業トップやバイヤーなど、普段は知り合えない人と出会い、つながりを育み広げることができるので大きな意義を感じています。福岡から東京に作品を持って行く人も少ないので、後輩たちが後に続けるように道筋をつくることも大事ではないかと考えています」。

▲福岡県うきは市の新川製茶のリブランディング(料理家の広沢京子との協働、2013〜)と、直営店の改修(2015)。商品の展示什器は、茶畑を開拓した際に伐採した木材を使用した。

身近な日常に視点を向けて

人とのつながりを意識的に広げていった中庭は、近年、仕事の幅を広げている。漢方と化粧品をマッチングさせたプロジェクトのデザインディレクションのほか、食品の開発、福岡および熊本県津奈木町のまちづくりといった具合に活動はプロダクトデザインにとどまらない。

また、アジアを対象に優れたデザインを表彰する「トップアワードアジア」に2年連続でノミネートされた。今後、さらに世界に向けて発信していく考えがあるかと尋ねると、つくりたいものは「暮らしに寄り添う生活用品」であり、ものづくりをするうえで見ている先は世界でなく、「身近な日常」だという。

▲福岡県八女市の伝統的な独楽を製造する隈本コマと開発した歯固め「九州キナキナ」(2017)。地元のヒノキを使用し、3Dターニングマシンを用いて製作されている。

「僕は自分のつくりたいものや世界観を創造するために、素材や技術、会社や工場を探すのではなく、会社や工場との出会いがあって、彼らがすでに持っているものをどういうふうに昇華させていくか、一緒に考えていきたいと思っています。これまで人とのつながりから福岡の仕事が多かったのですが、福岡に限らず、いろいろな出会いのなかから、そこにあるものを使ってつくったものを、まず地元の人たちに日々の暮らしのなかで愛着をもって、楽しんで使ってもらえることが一番の願いです」。

日本国内にはまだ発掘されていない、あるいは、時代を経て使われなくなった素材や技術が数多くある。中庭は今後もそうした貴重な財産を、人々の思いに耳を傾けながらひとつひとつ丁寧にすくい上げていきたいと語った。End


中庭日出海(なかにわ・ひでみ)/デザイナー。1981年長崎県生まれ。福岡デザイン専門学校環境デザイン科卒業。2007年なかにわデザインオフィスを設立し、福岡を拠点に活動中。2008年~2013年に「九州ちくご元気計画」の講師、2014年~2017年に福岡デザイン専門学校の特任講師を務めた。「JCDデザインアワード2015」で銀賞・新人賞・木田隆子賞、「長崎デザインアワード2017」大賞など、受賞多数。