REPORT | コンペ情報
2020.02.17 12:18
Photos by Sayuki Inoue
2020年2月5日、東京ミッドタウンで2019年度 東京ビジネスデザインアワード(TBDA)の提案最終審査が行われた。最終審査に残った9件の中から最優秀賞に選ばれたのは、「新規培養技術による『酒づくりイノベーション』」。医療向けに開発された特許技術を用いて、誰でも発酵飲料をつくることができるキットを提案。「デザインの力で、技術のイノベーションを人の生活にフィットさせる、というひとつ上のレベルに持ち上げた」(廣田尚子審査委員長)と高く評価された。
質の高いビジネスデザインが生まれる場
2012年から8回目を数えるTBDA。東京都が主催し、公益財団法人日本デザイン振興会が企画・運営する同アワードの要は「ビジネスのデザイン」。魅力的な技術を持つ都内の中小企業がクリエイターと組み、デザインを活用して新たなビジネスを生み出すことを目的としている。
審査方法もユニークだ。まず4〜6月に都内の中小企業から商品化のネタとなるテーマ(技術や素材)を集め、10件前後のテーマ企業を決定。8〜10月にクリエイターから各テーマに対する提案を募集し、12月に企業とクリエイターをマッチングする。マッチングされたチームは、その後約2カ月間で提案内容や試作を詰め、2月の最終審査に臨むという、約1年にわたる取り組みとなる。
さらに、審査して終わり、ではない。マッチングで生まれた提案は受賞の有無にかかわらず商品化・事業化することが本当のゴールだ。TBDA事務局によるサポートも手厚く、セミナーやワークショップを通じて、初めて外部クリエイターと仕事をする中小企業のためのマインドセットや、知財や契約に関するインプットを行う。こうしたサポートにより提案がブラッシュアップされ、これまでに15件以上もの商品化を実現。クリエイターにとっても「商品化・事業化まで関われる」ことがモチベーションだ。近年は、プランナーとデザイナーによる混成チームが増え、ビジネスとデザインの両輪で質の高い提案が集まっている。
こうした背景を持つTBDAだが、今年度は特に、バイオテクノロジー、ソフトウェア、不動産、加工技術といったバラエティ豊かなジャンルのテーマがそろった。なかでも、特化した技術を違う視点で展開し、今まで考えられなかった市場へと乗り込んでいくような提案が受賞を果たした。
最優秀賞 新規培養技術による『酒づくりイノベーション』
株式会社セルファイバ【文京区】 × 清水 覚(プランナー)、清水大輔(デザイナー)
東京大学発のスタートアップであるセルファイバの「細胞ファイバ」は、髪の毛並みの細さのゲルチューブに細胞や微生物を閉じ込めて、糸のようにさまざまな構造をつくることができる特許技術だ。もともと再生医療や創薬向けに開発されたが、最終審査では、このチューブに発酵菌を閉じ込め、ユーザーが好みのジュースに入れて発酵飲料をつくることができるというキットが提案された。医療から食品へ、B to BからB to Cへという発想の転換が高く評価された。
提案者であるプランナーの清水 覚さんとデザイナーの清水大輔さんは、「セルファイバさんと話をするなかで、彼らがなんとなく『お酒もつくってみたことがある』と言ったことを拾い上げました。チューブのひも形状をいかに食品らしく見せるかに苦労しました」と語る。セルファイバ 代表取締役の安達亜希さんは今回の取り組みについて、「細胞の力をもっと身近な生活に伝えたり、届けたいと思っていました。デザインの力でその発想が広がったと実感しています」と感想を述べた。この技術を使えばアルコールを含まない発酵食品もつくることができるため、まず実現性の高いものから商品化を進めていく考えだ。
優秀賞 ものづくりをアップデートする新サービスの提案
株式会社アーク情報システム【千代田区】 × 清水 覚(プランナー)
プレゼンで、「イベント制作や番組制作など、ものづくりをしている制作会社のこれからのテーマは、労務管理、受発注、データ管理などのプロセスをアップデートしていくことではないか」と問いかけたプランナーの清水 覚さん。アーク情報システムが開発したリアルタイムのイベントサポートシステムを使って、番組制作の香盤表(スケジュール表)をベースに制作進行を管理するスマホアプリを提案した。撮影のロケハンから備品や車両の手配、多数の関係者の予定変更までひとつのアプリで統合化し、高度なセキュリティも実現する。
スマホアプリの受賞はアワード史上初となる。今回、最優秀賞と合わせてダブル受賞となった清水さんは、「ふたつとも難しいテーマで、ここまで評価を得られると思いませんでした。昨年は最優秀賞を逃したのでとても嬉しい」と喜びを語った。
優秀賞 「段ボール加工技術」から生み出す明かりの防災プロダクト
有限会社坪川製箱所【葛飾区】 × 柳沢祐治(デザイナー)
市販の小型懐中電灯を差しこんで使う段ボールのランタン。坪川製箱所では、独自の加工技術で段ボールの枕を開発するなど、防災や社会課題に積極的に取り組んでいる。プロダクトデザイナーの柳沢祐治さんも自ら、大型台風で避難した経験があり、避難所での明かりに対する課題意識や、その後のアンケート調査を踏まえて、今回の提案を練り上げた。
プレゼンでは実際に会場の照明を落とし、ランタンの効果を示して見せた。「極限の環境の中で少しでも不安感をやわらげるのに明かりは重要な役割を担う」と柳沢さん。引き続き耐久性や形状のブラッシュアップを経て、早期の商品化を目指すという。
デザインの力で見えなかった価値を明らかにする
審査委員の川田誠一氏(工学博士、産業技術大学院大学 学長)や日髙一樹氏(デザイン・知的財産権戦略コンサルタント、日髙国際特許事務所 所長)が、「最終審査の9組は、技術力の高さ、ユニークネス、バラエティという点で最高レベル。自信を持って商品化・事業化を進めてほしい」と激励したように、どれも実現性や市場での可能性を感じさせる作品がそろった。すでに事業として動き出したものや、実験的に店舗に導入する計画のあるものもあるという。
TBDAは、経済産業省・特許庁が2年前に推進を宣言した「デザイン経営」を地で行くアワードだといえる。廣田審査委員長は今年度のアワードをこう振り返る。「デザイン経営という言葉が各所で聞かれるようになったが、中小企業として実感がないのが実情では。しかしTBDAでは2012年から、多くの参加企業がもののデザインだけではなく、経営を変えるような根幹の価値をつくり出しています。特に今年度は、中小企業にもデザイン経営が入っていることを示してくれたと思います」。
デザインの力で見えなかった価値を明らかにする。このことはメーカーだけでなく、大学などで課題になっている「知財の活用」に対しても有効だ。今回の最優秀賞にはそうしたメッセージも込められているだろう。8年目にして、TBDAの「ビジネスデザイン」の意味が中小企業のなかにも浸透してきた。そしてアワードに参加した企業は、そのことを誰よりも実感しているに違いない。
2019年度 東京ビジネスデザインアワードの結果詳細はホームページからご覧ください。