REPORT | AXISギャラリー / ソーシャル
2020.02.28 16:54
2020年1月18日・19日に長崎県雲仙市小浜町(おばまちょう)で開かれた「雲仙⇄東京 クリエイティブな移住を考える現地ツアー」。前編につづいて、デザイナー、大学教員、建築家、学生といった十数名の参加者が集ったツアーの模様をレポートします。徒歩で巡った小浜町、夜には農家や漁師も駆けつけた交流会が開かれ、翌日には千々石町(ちぢわちょう)まで足を伸ばしました。
小浜では機織りとモノづくり、東京出勤は年数回
続いて訪れたのは、リモートワークで東京の広告会社に勤めつつ、刈水地区でTvättlina(トヴェットリーナ)を主宰する伊藤香澄さんの自宅兼仕事場。伊藤さんは福岡で生まれ育ち、東京の企業へ就職した後、デンマークとスウェーデンの手工芸の学校へ留学。その後、東京へ戻りました。小浜町では機織りを中心としたものづくりや季節の手仕事を楽しみながら過ごし、東京の会社に顔を出すのは年2、3回程度と言います。
「移住相談会で小浜町を知り、2017年に移住しました。スウェーデンから持ち帰った大きな機織り機を置けるスペースを確保できたのが1番の決め手!」と伊藤さん。広いアトリエのある一戸建てで、パートナーの山﨑超崇(やまさき・きしゅう)さんとともに、自分が本当に好きなものに向き合いながら気持ちの良い日々を過ごしていると話します。
パートナーの山﨑さんは熊本県出身。城谷耕生(しろたに・こうせい)さんのstudio shirotaniに勤務後、昨年2019年に独立。移住して9年になります。ここでは家具製作などに関わりながら、住宅や店舗の改修、空き地の有効活用、小浜温泉の地熱を利用した塩づくりなど、小浜町を拠点に幅広く活動しています。
「地元の人との何気ない会話のなかで仕事を依頼されたり、近所のおじいちゃんおばあちゃんの手助けをしたり、家の前でサンドイッチを売ったり。日々の生活のアーカイブを貯めていくことが結果的に仕事につながっている感覚です」。
不定期で開催するワークショップでは自宅を開放し、縁側で自らの作品や北欧で買い付けた雑貨などを販売。「僕たちの暮らしのあり方が移住生活のひとつの例になれば」と話してくれました。
デザインの仕事はほぼ小浜地域から
バスターミナルからほど近く、中通りに面した角地にある景色デザイン室は、福岡県生まれの古庄悠泰(ふるしょう・ゆうだい)さんが2016年に開業したデザイン事務所です。週末には事務所の1階でカフェを開き、山東晃大(さんどう・あきひろ)さんが発起人の「景色飲み会」も不定期で開かれています。古庄さんの朗らかな人柄もあってか、地元のおばあちゃんほか、さまざまな業種の人々が集う、地域コミュニティのホットスポットとしての一面も持つ、とてもユニークな場所です。
九州大学芸術工学部工業設計学科を卒業後、studio shirotaniに勤務しつつ刈水庵の店長を兼任していた古庄さん。地方でデザインの仕事は成立するのか、という問いに対して「結構ある」と断言します。
「依頼はほぼ地元から。旅館、製麺所、保育園、お菓子屋さんなどです。そのクライアントの多くは、ここから徒歩圏内にいる人たち。独立して初めての仕事は、アイアカネ工房で取り扱うお茶のパッケージデザインでしたが、依頼されたきっかけはオーナーが隣の家に住んでいたこと(笑)」。
それから口コミで仕事が入り、時には予期せぬところからの依頼もあるとか。何気ない日常会話から仕事が始まることがほとんどですが、仕事の流れや請求については、事前にしっかりと話すことを大切にしていると語ります。「誰にでもわかる言葉で説明し、曖昧にしなければトラブルは発生しません」。
生活コストが少なくてすむため、多くの仕事をこなす必要もなく、時間にも追われず、ゆったりと生活を楽しむことができるのが移住の魅力だと話す古庄さん。「早く仕事を終えて、ご近所さんと挨拶を交わしながら温泉に浸かって……。自分のライフスタイルにとてもよく合っています。必要なものは徒歩圏内にあるので、クルマも必要ないと思うほど。自転車があればどこにでも行けてしまう感覚ですよ」。古庄さんが愛嬌いっぱいに笑っていました。
シンプルライフに満足
カレー専門店カレーライフ主人の尾崎翔さんは埼玉県出身。大学で電子工学を学び、大学院卒業後は東京で就職したそうです。それからさまざまな人との出会いを経て、2017年に刈水庵の店長に。そこで提供していたカレーが評判になり、2019年に独立。
島原半島の海の幸、山の幸をギュッと詰め込み、スパイスにもこだわったカレーは、小浜の相場と比較すると高価に感じるかもしれませんが、こだわりやおいしさが話題を呼び、休日には行列ができる人気店になっています。来店するのは地元の人より観光客が多いとか。国道からでも目を引くシンプルな店舗デザインは、山﨑さんが手がけています。
小浜町を移住先に決めたのは、住んでいる人に惹かれたからだと迷いなく答える尾崎さん。
「海のない埼玉県出身ですし、小浜の自然と食に魅力を感じたのはもちろんですが、何かを起こすことができる力を持っている人が集まっていたことが第一の決め手となりました。これから小浜町に何か新しいことが起きそうだと肌で感じ取ったというか……」。
生活するうえで困ったことはなく、いろんな立場の人から支えてもらっていると話す尾崎さん。最近では充実したオーガニック野菜の直売所もでき、暮らしの質がさらに良くなっている実感があるそう。情報に溢れる都会の生活にもともと魅力を感じていなかったこともあり、お金を使わずに楽しめる現在のシンプルなライフスタイルが気に入っていると話します。
「子育てにも適した環境だと思います。小浜の子どもたちはマナーが良いんですよ。きっと地域で見守る、育てるという風習があるからでしょう」。ただ、医療機関をはじめとした生活インフラや子どもの就学先などの選択肢が少ないという弱点は否めないと明かしてくれました。
種とり野菜のオーガニック直売所
小浜温泉街からクルマで15分ほどにある緑豊かな千々石町。ここに2019年、オーガニック直売所タネトがオープンしました。運営責任者は6年前に家族で雲仙に移住してきた奥津爾(おくつ・ちかし)さんです。
奥津さんは2003年に東京・吉祥寺で妻・典子さんとともに「オーガニックベース」を設立。風土と身体に根ざした料理を伝えていました。そして、80にも及ぶ在来種の種を自家採種する雲仙市在住の種とり農家・岩崎政利さんを知ることとなります。
岩崎さんがつくり出す無農薬野菜に惚れ込んだ奥津さんは雲仙市へ移住を決意。売り先が少ない有機農作物を、もっと買いたい人のもとにしっかりと届けたい……。そんな思いから、売り手と買い手をつなげるプラットホームとして直売所を運営することになったそうです。
販売スペースには、雲仙市の在来種ほか生命力溢れる野菜が並び、カフェスペースや図書コーナーも併設されています。典子さんによる料理教室や、岩崎さんによる「畑の学校」ほかワークショップやイベントも随時開催。「直売所は土と台所を結ぶみんなの場所」という奥津さんの言葉通り、健やかな野菜をきっかけに人の輪が大きく広がっています。
地元と触れ合い、豊かな小浜を知る
ツアーの後は、商店街の食事処で夕食会が行われました。さらにその後、景色喫茶室で普段から誰かれとなく声をかけて始まる「景色飲み会」も開かれ、参加者はもちろん、漁師や農家、製麺所主人、近隣住民、市職員、雲仙市長などさまざまな人が集まり、店舗から人が溢れ出んばかりの盛況ぶりでした。漁師がさばいたナマコや農家の採れたてサニーレタスのほか、地元の美味しいものが振る舞われ、歓談は夜中まで。
質問のほとんどが、地方で仕事はあるの? 暮らしにかかるお金は? 生活していけるの? 小浜のどこに魅力を感じたの? 本音だけが飛び交う熱い交流会になりました。
今回のツアーを終えた参加者からは、「地方でのデザインの需要の高まりについて話を聞けば聞くほど、仕事がありそうだなと納得できました」という声が。また「仕事の関係上、世界中を見てきましたが、美しい海と山がある小浜町はとても生活しやすそうです。環境がよく、生活コストが低いため、若い人が挑戦できるチャンスがあると感じました」とも。
さらに、「先人の知恵を生かして建物をリノベーションし、町を活性化している。人も町もとても強いと感じました」と、そこに住む人々への称賛もありました。大学生からは、「将来デザインの仕事に関わりたいと思っています。デザインと一口に言ってもいろんなジャンルがあり、どうやって仕事を得て生活していくのか、とても知りたいことばかりでした。これからの人生に役立てたいと思います」など、自分らしく生きるためのヒントが小浜にたくさんあることを熱く語ってくれました。
このツアーで感じたこと。それは、小浜に生きるデザイナーやクリエイターたちが、この町で生活できる「幸せ」を生き生きと語っていたことです。なぜ「幸せ」なのか。それは地域の人々の優しさ、包容力にあると感じます。まさに「人が人を呼び、人が町をつくる」ということを、小浜全体が証明し伝えている。「小浜はなんて豊かなのだろう!」それを実感できるツアーでした。(文/スタジオライズ 坂井恵子、高橋葉 写真/スタジオライズ 八木拓也)