首都大学東京 インダストリアルアート学域の授業「プロダクトデザイン特論D」において、学生の皆さんが3チームに分かれ、第一線で活躍するデザイナーの方々にインタビューを実施。インタビュー中の写真撮影、原稿のとりまとめまで自分たちの手で行いました。シリーズで各インタビュー記事をお届けします。
田川欣哉の考える「分野」と「デザイナー」
現在、21_21DESIGN SIGHTで開催中の「マル秘展」(2020年3月8日まで)。そのディレクションを担当しているのが、「デザインエンジニア」という肩書きとともに多方面で活躍する田川欣哉さんです。Takram代表として、既成概念に捉われずものづくりの新たな道を切り開く田川さんならではの視点と思想を探りました。
分野とは何か?
——デザインエンジニアとして、田川さんはどのようなことを目的に活動をされていますか。
肩書きはデザインエンジニアとしていますが、デザインがやりたい、エンジニアリングがやりたいという感覚はあまりないんです。ハードウェアでもソフトウェアでもシステムでもサービスでもなんでもいいのですが、人間がつくり出すものがうまくいっているという状態が好きなんです。つまり、人工物がうまくいっている状態が僕にとってのゴール。都市も社会も人工物だといえますよね。
——幅広い分野に精通されている印象を受けますが、分野をまたいで活動する理由はなんですか。
そもそも分野とは何か?という気がします。炊飯器でお米を炊くことを考えたときに、僕らが食べたいのは美味しいご飯で、食べたときに美味しいと思いたい。そうしたときに「あなたは釡です」「あなたはヒーターです」「あなたは電気です」「あなたはスイッチです」と言われて、「はい、私はスイッチです」というように、それぞれが役目を持つのが分野だと思うんです。
でも、スイッチ君がいかに押しやすいスイッチとしてベストを尽くしても、本当に美味しいご飯が炊き上がるかはわからない。釡さんが「釡っていうのはね」「こういうのが本当の釡なんじゃ」 と言っても、ヒーターとの相性が悪ければ美味しいご飯にはならない。全部がうまくいっていても、ちょっとしたバランスの違い、例えば水の量が間違っていたとかで、美味しいご飯が炊けないこともある。仕組みがすべてよくても、ユーザーがうまく使ってくれないと美味しいご飯ができないということが起こるんです。つまり、 炊飯器には部品がたくさんあるけれど、結局その目的は「美味しいご飯を食べてもらいたい」ということなんです。
「美味しいご飯を食べてもらいたい」ということが目的なのに、「自分がスイッチです」とか言っていたら美味しいご飯に到達しないかもしれない、と考えてしまうんです。だから越境とか分野をまたぐというのは、確かに分野のほうから見ればそうなんですが、目的である「美味しいご飯」というところからスタートすると、分野をまたぐ・またがないではなくて、「美味しいご飯をつくるためだったらなんでもやる」と思っているほうがいいのかもしれない。 そうすると使えるものは総動員して物事を仕上げていくという感じになるんです。
設計に関していうと、デザインとエンジニアリングは両方必要なので、いいモノをつくるということを考えたときに、両方やっていないと辻褄が合わないことのほうが多いと思う。だから、両方やっているという感覚ですね。さらに、モノはちゃんと売れて人の手に届かないといけないので、マーケティングやコミュニケーションのようなビジネスサイドのことも考える。気づいたらなんでもやらなければいけなくて、大変な感じですけどね (笑)。
デザインとは共感をつくる仕事
——これからのデザイナーはどうあるべきだと考えていますか。
特にデザインをやっている人たちの中には「なぜデザインを大事にしてくれないんだ」というようなことを思う人が多いんだけれど、それを思い続けていると、先には進めないと思うんです。そんなときには、自分の身の周りの生活において、他の誰かがやってくれていることのなかで、自分にとっては重要でないものはたくさんあるけれど、その人のことを親身になって理解できているか?と逆質問を自分にしてみるんです。
例えば、水道から出た水を飲んでいるときに、水のプロは「カリウムの量がちょっと下がっている」とか「味が違う」などと言う。でも僕らにはその違いがわからなくて、「どっちでもいいん」と思う。その人に熱弁されても共感できないですよね。デザイナーが扱っていることはそれと一緒なんです。世の中の大半の人から見るとそんなものです。
自分の仕事を他人が理解してくれないことには違和感を覚えるのに、自分が他人の仕事に興味・共感を示さないことには違和感を覚えない。僕にはそれが不思議に思えるんですが、そこがデザインの根っこでもある。なせならデザインは共感をつくる仕事だから。
そこで、どうすれば共感をつくることができるかを分析するんです。そこから得られた気づきを情報として構造化していく。構造化するとそこにアクセスできるようになるので、対策を考えて実行していく。実行したら相手がどのように反応し、どんなふうに変化したのかをまた分析していく。これがプロのデザイナーの仕事なんですよね。
共感を示してもらえないのは、設計がうまくいってないからなんです。それを、ちょっとずつ動かしていくと共感されるようになってくる。だから人のせいにしているうちは、そこにデザインは発生しないと思います。
特に新しいものを世に出すときは、基本的にみんなが知らないものなので、共感されるわけがないんです。デザインとは、わかってくれないことをみんながわかる状態にするという仕事だと思います。
ーーマル秘展に込めたメッセージはどのようなものですか。
アウトプットされた完成品のクオリティだけを見ると、綺麗に全部できているじゃないですか。でもプロセスを見ると、本当に全員つくり方が違うんです。到達しなければいけないクオリティは、絶対的に高い所だけれど、やり方はいろいろ。教えられたやり方が性に合わない人は、自分でそのやり方を探してもいい、というのが裏のメッセージであるんです。
ーー今の学生に向けてアドバイスをいただけますか。何を大事にすればいいかなど。
自分が専門家・職人タイプなのか、あるいは最終製品やサービスに興味がある人なのかは見極めておく必要があると思います。そのうえでひとつ領域を決めて、その分野ではプロと自分が名乗ってもおかしくないレベルまで一度は行く。行った後に自分がプロだと思った分野と近接している分野でやることを増やして、越境していけばいいと思います。(取材・文・写真/首都大学東京 インダストリアルアート学域 髙橋健太郎/遠藤友一/曹一媛/田中ひなの/才仁卓瑪/寺澤直道/中山玲美)