長崎県雲仙市でクリエイターとして働く。
クリエイティブな移住を考える現地ツアー(前編)

2019年12月17日、長崎県雲仙市にある小さな温泉町「小浜町(おばまちょう)」から、さまざまなジャンルで活躍するクリエイターをゲストスピーカーに迎え、AXISと雲仙市の共催で行った「雲仙⇄東京 クリエイティブな移住を考えるトークイベント」。長崎空港からバスで約2時間という、決して便利とは言えないのどかな温泉地で、デザインの仕事(D)と、地方でこそできること(X)を両立させながら豊かに生きるクリエイターたち。まさに「半D半X」を実践する生活とはどのようなものなのか。「仕事はあるの? 生活できるの?」。そんな疑問に答えるべく、彼らの移住への経緯や仕事、日々の生活ほかリアルな内容で構成されたトークイベントでした。

それから年が明けた2020年1月18日・19日に、実際に雲仙市小浜町を訪れるツアーが実施されました。それはまさに、クリエイターたちの仕事場や暮らしをその目で確かめるものに。主に首都圏からデザイナー、大学教員、建築家、学生などクリエイティブな仕事に関わる、関わりたい参加者たち十数名が集まりました。


▲現地ツアーは小浜公会堂からスタート。案内役は、熊本から移住して9年目の山﨑超崇さん

歩いて巡れるコンパクトな町

まずは洋館風の建物が印象的な小浜公会堂に集まり、1日の流れを説明。地域おこし協力隊として活動する陶山岳志(すやま・たけし)さんが進行しました。神奈川県川崎市出身の陶山さんも、多摩美術大学での勤務を経て、人の縁に引き寄せられるように刈水地区に暮らし始めたひとりです。

熊本から移住して9年目の山﨑超崇(やまさき・きしゅう)さんに導かれ、ツアーがスタート。ツアーで巡る場所のほとんどは、小浜町の刈水地区と小浜商店街に集中し、歩いて1時間足らずで一回りできるほどコンパクト。クリエイターたちは、そこに自分の居場所を見つけて暮らしていました。

「刈っても刈っても水が絶えないことから“刈水”と呼ばれ、今も水が豊かです。それに橘湾の眺めも良いんですよ」と山﨑さん。ほかにも道中に湧く炭酸泉や湧水を案内する姿はすっかりこの土地の人のよう。楽しみながらのんびり歩いていると、あっという間に「刈水庵」に到着しました。


▲刈水という名前のとおり、湧水が豊富なのもこの地区の特徴。歩いていると水神様や湧水に多数出会います

自分らしい人生をデザインする

「刈水庵」は、刈水地区地域活性プロジェクトのキーパーソンである、城谷耕生(しろたに・こうせい)さんのデザイン拠点。城谷さんほか有志が3年がかりで日本家屋と家畜小屋を改装し、事務所&ギャラリー、喫茶&ショップとして展開。イタリアや韓国など世界各国から集められたモダンデザインと日本の伝統工芸が並び、全国から多くのクリエイターが訪れます。

▲事務所棟は元家畜小屋を改修した建物。1階はギャラリーとして活用しており、この日は城谷さんの奥様で陶芸作家のオク・ウンヒさんの作品が展示されていました

▲大工の棟梁が住んでいた日本家屋をリノベーションした刈水庵。1階のショップでは、城谷さんがデザインしたテーブルウェアはもちろん、イタリアや韓国などの貴重なアンティークも販売。今夏には刈水庵ソウルもオープン予定

城谷さんは東京のデザイン学校を卒業後、ミラノで10年ほど仕事をし、2002年に生まれ育った小浜町にUターン。2012年長崎大学の協力のもと、過疎化が進む刈水地区の調査研究を行い、2013年に刈水庵をオープンさせました。その後、国内外で培ってきた知識とノウハウを活用した「刈水エコビレッジ構想」を展開しながら、インテリアやプロダクトを手がけるデザイナーとして活動しています。

7年前から刈水地区に拠点を置き、国内外のメーカーと仕事をする城谷さん。移住当初は東京や大阪といった大都市からの依頼がほとんどだったそうですが、最近では九州、長崎での仕事が増えていると話します。地方の中小企業の世代交代に伴い、デザインの重要性やブランディングの必要性を感じる企業トップが増えていることが主な理由だそうです。

「都会にはデザインの仕事がたくさんあるけれど、デザイナーの数は必要以上。一方、地方にはデザインを必要としている人はいても、仕事の内容やプロセスが今ひとつ周知されておらず、さらにデザイナーも少ない」と、地方デザイナーの必要性を話します。

▲studio shirotaniを主宰する小浜のキーパーソン、城谷耕生さん。赤い照明は城谷さんがイタリア時代にお世話になったアキッレ・カスティリオーニのデザイン

「デザイナーは新しい価値を生み出す職業です。地方に住み、理想のライフスタイルを形づくりながら地域に密着していけば、自ずと人や仕事が集まり、ひいては地域全体に良質なデザインが広がっていくはず。自然の恵みを受け、おいしいものを食べて健やかに暮らしながら、自分らしい人生をデザインする。その知恵を身につけることで、仕事の質そのものが変わっていくと私は考えています」と、城谷さんはこれからのクリエイターのあり方にも言及しました。

ゼロからデザインするとき、対象に丁寧に向き合い、その起源にまで遡って調査することを念頭に置いていると話す城谷さん。独自の美学、哲学を持って生きる彼を慕い、若いクリエイターたちが集う。結果、この地区に新鮮な風が吹き込まれ、次々と新しい魅力が生まれる。プロダクトデザインだけにとどまらず、人と人がつながるからこそ広がる、「地方都市におけるデザインの可能性」を刈水地区は示しているように思えました。

▲刈水庵2階の喫茶室。築80年の建物にイタリア、韓国、フランスなどのモダンデザインがミックスされ、豊かな空間をつくり出すための知恵が詰まっています

全国トップクラスの湧出量で
再生可能エネルギーの実現へ

この地区の魅力を別の視点から紹介してくれたのは、兵庫県出身で京都大学経済研究所先端政策分析研究センター研究員の山東晃大(さんどう・あきひろ)さん。全国1位の湯温と全国2位の湧出量を誇る小浜温泉のバイナリー発電所に携わるなど、再生可能エネルギーの研究を続けています。

約7年前に初めて小浜町を訪れた際に、この土地に惚れ込み、2年半前に移住。現在、週1回京都に通いながら小浜町での生活を満喫しています。最近は地熱を利用した小浜独自の製塩方法で塩づくりも行っているそうです。

▲京都大学経済研究所先端政策分析研究センター研究員の山東晃大さん

「良い食事と良い温泉が小浜町の魅力。古くから多くの観光客を迎えている歴史的背景もあり、人をおおらかに受け入れる土地柄も、ここでの暮らしやすさにつながっていると思います。小さなエリアに生産者、クリエイターなど多業種の人が住んでいるのも面白い。小浜町のメインストリートは国道と中通りの2本だけなので、道を歩いているだけで多種多様なキャラクターの人に出会えるんです」と爽やかな笑顔を見せました。

▲刈水庵からアイアカネ工房へは、徒歩2、3分の距離。クルマの入れない細い坂道を登っていきます

新たな雇用を生み出す染色工房

刈水庵から徒歩すぐの場所にあるのが、藍と綿を栽培する染色工房「アイアカネ工房」。オーナーの鈴木てるみさんは、藍の栽培に加え、染色に適した豊富な水と広い土地を求めて長崎市から移住しました。

移住先を刈水地区に決めたのは、刈水エコビレッジ構想の呼びかけを知り、自然豊かなこの地がアトリエを構えるのに適していたから。数年かけて廃墟同然だった築60年の古民家を地元の大工さんと一緒に手作業で改装し、畑を開墾しました。

▲アイアカネ工房とアイアカネ商店のオーナー、鈴木てるみさん。今春から、綿を栽培してくれる人にタネを配り、商品でお返しするという仕組みを始めるそう。工房の周りには藍や綿の畑が広がります

現在、鈴木さんは橘湾が眼下に広がる高台の工房で、さまざまな植物に囲まれながら糸を紡ぎ、染め、作品をつくって生活しています。近隣の農家や福祉施設などへ作業協力を依頼するなど、新たな雇用の場を生み出すアイアカネ工房は、刈水地区発のビジネスモデルとしても注目される存在です。

▲清らかな水が豊富な点も鈴木さんがこの地に移住を決めた理由のひとつ

2018年には近隣に「アイアカネ商店」も設け、藍を利用したお茶やフードメニューを提供するカフェとギャラリーをスタートさせました。ここで取り扱っている商品のパッケージやパンフレット、ウェブサイトのデザインは、後に訪れる「景色デザイン室」の古庄悠泰(ふるしょう・ゆうだい)さんによるものです。

▲築123年の古民家を改装したアイアカネ商店。1階はショップ、2階では刈水地区で健やかに育った農薬・化学肥料不使用の藍を用いたフードメニューを楽しむことができます

空き家に新しい価値を見出す

ツアーの道中、陶山さんが自宅へと案内してくれました。刈水地区は、クルマが入れない細い路地や急な坂道が多く、こうした地理的条件と住民たちの高齢化が重なって過疎化が進み、空き家が目立っています。一方、昔ながらの生活が息づく町並みや佇まい、歴史ある石垣、原生林などは、ノスタルジックな景観を生み出す大きな魅力となっています。

▲小浜町のメインストリートは国道と中通りの2本だけ。あとは写真のようなクルマの入れる通りと、路地や細い坂道が連なります

移住者たちはこの美しい景観を損ねることのないよう、空き家をリノベーションして生活しています。陶山さんが暮らしているのは6LDKの一戸建て。パートナーと2人暮らしです。

「2人では広すぎる家。家賃は都会に比べれば格安ですよ」と陶山さん。地域住民との付き合いや買い物、インフラといった生活全般においても特に困ることはないと話します。刈水地区だけでなく、小浜商店街にも空き家が目立ちますが、雲仙市や商工会が地元住人と移住希望者との仲介人となり、インターネットでも積極的に詳細な情報を公開。今あるものを活用することに価値を見出し、修復しながら使い続けることで、町全体の風情や魅力を維持する努力を続けているそうです。(文/スタジオライズ 坂井恵子、高橋葉 写真/スタジオライズ 八木拓也)End

▲多摩美術大学を卒業後、大学勤務を経て、地域おこし協力隊として雲仙市で活動する陶山岳志さん

ツアー後編では、クリエイターのスタジオに加え、農家や漁師といったさらに多様な人々が集った交流会の模様をお伝えします

▲橘湾をのぞむ小浜町。海と山に囲まれた豊かな自然は、一方でクルマの入れない細い路地や急な坂道といった側面にもつながります。しかし、それをどう生かしていくか。他の地域でも参考になるヒントが小浜町にあります