2019年後半、20代の新鋭たちによる興味深い展示会がいくつか開催された。DESIGNART(デザイナート)の一環としてアクシスビル内で10月に行われたM&Tによる「Imbalanced balance」展、DraadDによる「Views Of Nature」展、そして、TIERS GALLERYを会場に総勢20名が参加した、12月の「edit」展。出展者は、いずれも※武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科インテリアデザインコースの在校生や卒業生である。5年前に同コースをドラスティックに変革した教授であり、「edit」展のディレクターを務めた、デザイナーの山中一宏に話を伺った。
※M&Tは、ユニットメンバーの池田美祐が、武蔵美インテリアデザインコースの出身。
エクアドルでの経験が今に続いている
山中自身も武蔵野美術大学 工芸工業デザイン学科 インテリアデザインコースの卒業生である。卒業後、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)で2年間学び、1997年にはロンドンにオフィスを構え、ヨーロッパを中心に活動していた。
転機が訪れたのは、2010年にエクアドル政府から、学生のためのワークショップとコンペの審査を依頼されたことだ。人に教えるのは初めての経験だったが、学生とのやり取りに面白さを感じ、また、それまでと異なるデザインとの関わり方に新鮮さを覚えたという。2013年には、武蔵野美術大学同コース教授を務めるデザイナーの伊藤真一から同校教授の誘いを受けた。山中は引き受けることを決めて、2014年に帰国した。
山中はインテリアデザインコースの教授に就任後、さまざまな改革に着手した。一番重要なのは、一緒に教えるチームメンバーだと考え、反発を受けることを覚悟のうえで非常勤講師陣の刷新を図った。新たに迎え入れた講師陣は、デザイン、インテリア、建築など、多彩な分野から第一線で活躍するクリエイターで、自らリサーチしたり、紹介を受けたりするなかから、作品から伝わる考え方を軸に決めたという。
「講義内容については、彼らの考えや教え方を尊重しました。このコースを自分色に染めたいとも考えていないですし、学生たちにはいろいろな個性の先生に触れてほしいと思ったからです」と山中は話す。
一人ひとりの個性を大事にしたカリキュラム
カリキュラムは、最初の1年間はこれまでのやり方を変えずに観察し、2年目から課題内容を変えた。棚の課題では、中面が無地の本を各自に5冊渡し、その置き場所や配置するエレメントを考えてもらった。本の重さに着目して、ナイロン製のシートの上に本を載せて、その重さによって沈み込むような棚や、本の小口に美しさを感じて、反射板に小口が映り込む仕掛けのものなど、課題を変えた途端、学生たちからユニークな作品が続々と生まれるようになった。
山中はふだん、自身がデザインをするうえで大事にしていることを、学生たちにも伝えている。「物そのもののデザインではなく、その物によって周りに生まれる目には見えない空気をデザインすること。それは物と物との間に生じる空間、そこにできる関係性」である。「悩んだり、行き詰まったりする人もいますが、それが狙いです。自分にとって、棚とは何か、照明とは何かという本質的なことを深く思考してもらいたいと思っています」。
学生がアイデアを提案する時間については、これまで「デザインチェック」と呼んでいたが、教授や講師が一方的に評価を下すような印象を与えかねないため、相互のディスカッションの場にするべく、「デザインレビュー」と変えた。
人に伝えることも、山中が重視していることだ。「デザインは、相手に委ねて好きに受け取ってくださいというものではありません。いいものをつくったとしても、言葉でも表現できなければ、相手に伝わらない。上手に説明しようと思う必要はなく、自分なりのプレゼンテーションの仕方を見つけてもらいたいと考えています」。アクシスやTIERS GALLERYの展示会場でも、出展者それぞれが作品の考えや思いを自分の言葉で真摯に伝えてくれたのが印象的だった。
多くの人に批評してもらう機会をつくる
さらに、ここ数年、インテリアデザインコースの卒制展は学内で行われていたが、学生たちの作品をいろいろな人に見てもらう場を設けて批評を受けることが大事だと考え、2019年に開催したのがTIERS GALLERYでの「edit」展だった。出展作品は、2014年から2019年までの5年間の中から厳選した。
彼らの作品には、山中が学生たちに取り組んでほしいテーマが反映されていた。「今すぐには商品にならないが、その物が生まれた背景にある考え方が何かに展開できる可能性や、商品開発の根っこになるようなもの、未来のものづくりにおいて重要な意味をもつと予感させるもの」。社会に出たら、こうした実験的なことはほとんどできなくなるため、学生の今だからこそ、できることをやらせたいという思いがある。
悩みのなかにいる学生たち
学生が気軽に訪れられるように、研究室を開放的な雰囲気にしたことも山中の改革のひとつだった。それもあり、学生たちとのコミュニケーションは日々、活発に行われている。作品づくりの相談はもとより、進路の悩みも多く、在校生はもちろん、卒業生からもコンタクトが頻繁にあるという。展示会の出展者のなかにも、就職したけれど、大学で学んできたことや自分の目指す方向性と違うと感じ、現在は別の道を模索中など、迷いのなかにいる人が何人かいた。
山中は言う。「悩みは多いですね。倒れかかっているところを起き上がらせたり、肩を叩いたり、対応はいろいろですが、どっちにいったらいいとか、こうしたらいいとは言えない。どんどん壁にぶち当たって、自分なりの壁の乗り越え方を見つけて、創造的な方法で自分だけの道を切り開いてほしいと願っています。学生は一人ひとり、本当にそれぞれに色があると感じます。私のほうが勉強することが多く、教えるというよりは常に一緒に走っている感じです」。
インテリアデザインコースの学生数は年々、増加傾向にあり、山中が教授に着任したときは15名ほどだったが、現在は倍以上の約40名になった。2021年には、鷹の台キャンパス内に完成予定の新校舎への移設も決まった。
一方、山中は大学での多忙な毎日のなか、メーカーのための製品のほか、実験的な作品づくりにも取り組むなど、自身のデザイン活動も意欲的に行っている。長年の目標で今後、携わりたいプロジェクトは、宇宙ステーション内の無重力空間のインテリアや家具デザイン制作だそうだ。そんな山中が教えるインテリアデザインコースの学生たちは今後どのように社会に羽ばたいていくのか、各方面から大きな期待が寄せられている。
山中一宏(やまなか・かずひろ)/デザイナー。1971年東京都生まれ。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科インテリアデザインコース卒業後、渡英。1997年ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)修了。同年、ロンドンにKazuhiro Yamanaka Officeを設立。2014年に帰国し、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科インテリアデザインコースの教授に就任。2004年にイタリア・ミラノサローネにて最も優秀な新人に与えられる「デザインレポートアワード」の最優秀賞を日本人として初めて受賞したほか、受賞多数。作品の一部はニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久コレクションに収蔵されている。