PROMOTION | ファッション / 工芸
2020.01.22 16:31
滲むような白に描かれた、山の稜線を思わせる黒。抽象化された写真を眺めるうちに、はたとそれが鞄を写していることに気がつく。
渋谷の新たなランドマーク「渋谷スクランブルスクエア」に開業した「土屋鞄製造所 渋谷店」は開業から一週間、展覧会「Form of Harmony」で写真家、藤井 保の作品を展示した。
被写体となったのは同社の新ライン「Black-nume」だ。藤井の詩的な写真と端正な佇まいのBlack-numeは、開業で賑わうビル内に静謐な時間を生み出し来場者を魅了した。
窓を意識したラインと黒に込めた想い
土屋鞄製造所は、1965年にランドセル職人が立ち上げた工房に端を発する。その広々とした本社内にはいまもルーツである工房を大きく構え、同社がものづくりを最重視していることを伝えている。多くの職人が300を超える工程を経てランドセルを仕上げていく姿は圧巻だ。
「工房の緻密な作業を見ていると、ランドセルで培われた技術がBlack-numeを支えていることがよくわかります」と、この日初めて工房を訪ねた藤井は言う。
6年の間に大きな成長を見せる小学生が使うからこそ、ランドセルは緻密なディテールと高い精度でつくられている。鞄と小物の計8アイテムからスタートするBlack-numeは、そうしたものづくりの背景を踏まえながら大人に寄り添うタイムレスなアイテムを目指したものだ。
社内のデザイナーたちは新たなラインをデザインするなか、改めて“土屋鞄製造所らしさ”を再確認し、使い勝手と形状の輪郭に向き合うことを決めたという。そのなかで生まれたのが、「相反する要素の同居と調和、そして単純ではないシンプルな表現」であると、KABAN事業本部長の丸山哲生は話す。
Black-numeは、何よりミニマムですっきりとしたラインが美しい。窓に切り取られた景色を暗い室内から眺めると、鮮やかな風景が際立つ様をイメージしてほしい。向こうに広がる庭を意識させるために設けられる窓は、窓の縁に滲む影で風景を立ち上がらせる。Black-numeもまた、その輪郭で所有者や周辺の風景を浮かび上がらせるものでありたいという。
丸山は以前より藤井の作品をによる同社製品の撮影を懇望しており、それを受け藤井は「実はBlack-numeを初めて目にしたときに過剰ではない装飾性を感じたんです」と切り出す。「ごまかしのきかない黒という色のレザーを黒い糸で縫う。その糸が光を受けてゴールドのように輝く瞬間があります。すると糸のラインによるアウトラインで造形の力が見えてくる。撮影時に、青空に置けば黒のなかに青が宿るのを見ました。デザイナーの深澤直人さんが自らのデザインに環境を取り入れると話すように、ここでもそれを垣間見ることができたのです」と続けた。
美しいシルエットに潜む物語を、光とともにすくい取る
8つのアイテムはいずれもジェンダーを問わないミニマムなデザインで、男女がともに持ちやすい汎用性の高いサイズ感を目指した。特に鞄は余分な要素のないすっきりとした革の表情を際立たせるため、パーツの取り付けも細部まで検討されている。
たとえばトートバッグやスクエアバッグはハンドルを内側に取り付け、鞄の胴部分をシンプルに見せた。オーバルショルダーやスリムケースも細部の収まりにこだわることでノイズのないシルエットを実現している。こうした革の輪郭をしっかり立ち上げるため、職人が包丁で革を裁ち落とし、コバ面も塗りにこだわって断面を丸く立体的に仕上げている。
まるでシルエットがそのまま鞄になったような美しさだが、それらを支えているのはディテールの集積だ。
藤井もまた、撮影で見出したBlack-numeのディテールに魅了されたという。ヌメ⾰の内側にピッグスウェードを貼り合わせることで内装を黒よりもやや明るいダークグレーとしているが、二枚の革が継がれていることに気が付かないほど絶妙な貼り合わせになっていること。多くの鞄が袋状に縫って仕上げるので縫い目を内側にするものを、あえて外に縫い目を出すことでごまかしのない製品づくりに挑む姿勢。⾦具までマットな黒とすることで⿊いヌメ⾰を美しく⾒せる配⾊。ともすると堅い印象になりがちな黒を、ヌメ⾰の素朴さと親しみやすさで温かみと優しさがある黒としていること。その鋭い視点が製品の本質を鋭くあぶり出す。
撮影では、スタジオに加え伊豆大島にも向かった。スタジオでは白のなかで黒を撮り、伊豆大島では島独特の黒い溶岩石のなかでBlack-numeの黒を表現しようと試みたのだ。島という特殊な環境下で天候の予測も難しいなか、撮影時に出た霧も味方につけている。
「霧によって、空の白とBlack-numeの黒の間にハーフトーンが生まれました。これで鞄の周りに漂う空気を掴むことができた。人を撮っても鞄を撮っても同じことです。光を受けた美しいシルエットを捉え、革、鞄、そしてそのアイデンティティや職人、さらにはデザイナーの思いを掬い取ろうと考えたのです」。
こうして生まれた藤井の作品によって、「私たちだけでは到達できない表現が生まれた」と丸山は言う。冒頭の展覧会名が示すように、「黒い鞄が白くなったり、生物のように見えたり。Black-numeが、私たちも見たことのない表情を映し出したのです」と続ける。一方藤井も、自らの表現は谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」を参照にしたものだと話す。
「谷崎さんが文中で触れる障子越しの光、それはつまりディフューズされた光です。そして同じく文中にあるように、私自身も対象物と対峙するなかで、その奥にまだ何かがあるのを感じることがあります。対象物がどのように光を蓄え、光を放つのか。撮影中は慌ただしく意識を及ばせることは難しいのですが、だからこそ日々考えることで撮影の環境下における意識のあり方を訓練することができます」。
藤井はBlack-numeを、持つ人の個性を受け入れるおおらかさをもつ鞄だと評する。そしてそれを実現できるのは土屋鞄製造所が誰もが長く持てる鞄という優しい視点をもっているからに他ならないと見る。Black-numeはその世界観を実現するため、ディテールを積み重ねて美しくミニマムなデザインを実現した。それは古来、日本の建築や工芸などが追求してきたものづくりの姿勢のひとつでもある。
影のように人に寄り添う黒い鞄は、これから新しい時間を刻み始めようとしている。(文/山田泰巨 写真/谷本夏)