REPORT | アート / サイエンス / テクノロジー
2020.01.21 10:26
2019年のアルス・エレクトロニカ・フェスティバルは「Out of the Box-The Midlife Crisis of the Digital Revolution(デジタル革命の中年の危機)」というテーマのもと過去最高の約11万人が来場。前編に続く後編では、40周年にちなんだ特別イベントAI×MUSICフェスティバル、アルス・エレクトロニカのミッションとこれからについてフューチャーラボ共同代表の小川秀明氏のインタビューを掲載する。
AI×MUSICにみる人間と機械の多様な関係
40周年を迎えたアルス・エレクトロニカの特別企画は、近年注目される分野の1つ、AIと音楽に焦点を当てたAI×MUSICフェスティバルだった。
芸術とメディアの関係を語るときに外すことができない音楽。音楽表現は、音楽理論の歴史とともに、楽器や装置、記録メディアといった数学と技術の進歩のうえで発展を遂げ、アーティストの新しい表現方法に密接に関わってきた。一方でAI技術は、インターネットと同様に技術革新を起こす大きなトピックとして新しいテクノロジー文化を築いている。
AI×MUSICフェスティバルでは、この2つの文脈を過去から未来に向かって紐解き、人間と機械の関係における多様な解釈を促していた。
現代におけるシャーマンとしてのAI
AIと音楽の融合例の中で、新たな世界の見方を切り開く作品を紹介したい。
グーグル・アーツ&カルチャー・ラボのプログラムとして、チューターのメモ・アクテンとダミアン・ヘンリーと一緒に制作されたフィンランド人アーティスト、ジェナ・スートラによる新感覚のビデオインスタレーション「nimiiacétiï」。
1800年代後半に、フランス人霊媒師エレーヌ・スミスが「火星語」を語り始めるという異種間コミュニケーションの実験に触発され、私たちの意識を超えた世界とつながることを目指したこの作品。機械学習を使用し、エレーヌの話す火星語と火星で生存可能と言われる極限細菌の動きの解析を組み合わせ、新しい形式の書き言葉と話し言葉を生成した。
近年、言語に着目し、世界を認識する方法論の探求に取り組むジェナ。
「人間と言語を共有しない生命体はこの世界の見方を変える1つの鍵を握っています。そうしたエイリアン的な存在とのさまざまな共生のかたちにも興味があります。例えば、私たちの体内、腸や脳などに生息する微生物叢が私たちの思考や感情にどのように関与しているかという研究も行っています」。
この作品では、AI技術は現代におけるシャーマンであり、話すことができない存在のメッセージを伝える媒体である。世界に存在する人類が話す“言語”が私たちの知る“世界”を形づくっている。その枠を取り払ったときに、世界のあり方、存在の概念が変わるかもしれない。
現象としての音の可能性
新しい表現の可能性は技術革新の先にのみあるのではない。物質が持つシンプルな現象に基づき、私たちの感覚を拡張する表現に挑んだ作品の独特なパワーが際立ったのも、AI×MUSICフェスティバルの醍醐味だった。
自然環境にアクセスする新たなサウンド表現
東京大学大学院情報学環で研究室を持つアーティスト筧康明とアメリカを拠点に活動するアーティスト、ミハイル・マンション、クワン・ジュウによるサウンド、キネティックアートインスタレーション《Soundform No.1》は、現象としての音にフォーカスした作品だ。
Rijke効果と呼ばれる熱音響現象用いたインスタレーションでは、予測不可能でミニマルなサウンドスケープが繰り広げられた。ガラス管内の発熱体が温まると、ニッケルチタンスプリングが反応し、ガラス管が直立する。温度の変化はガラス管の角度に影響し、そこで生まれる空気の流れが音を生成していく。音色は、ガラス管の長さと直径、気柱内の急激な温度変化との積で変調する。
世界との接続性を探求するテーマとして、物理素材の変化が生む現象を通し、情報と人との関係を読み解いてきた筧。音を用い、自然環境と人との関係性に着眼点が拡張された本作についてこう語った。
「これまでは物質自体の変形や、動きが変化が生み出す現象をテクノロジーを介して探求してきました。この作品では、その変形が生む現象の先の表現に挑戦しています。音を用いる表現はある種やり尽くされている感もありますが、環境が出力を決定する自然発生的なインスタレーション、アコースティックとしての音の追求に興味があります」。
環境によって詩的に展開される時空間構成や熱、光、動きの変調は、鑑賞者の意識に絶妙な余白をつくり、まるで瞑想状態に陥ったかのような感覚を与える。自然にアクセスする新たな表現の探求として《Soundform No.1》は今後もアップデートされていく予定だ。
多様な議論を誘発するセカンドオピニオンとしてのアート
毎年、デジタル革命の中で浮き彫りになる問題の急所に焦点を当て、時代を牽引する先見的なテーマを提供してきたアルス・エレクトロニカ・フェスティバル。その40年の歩みを包括するようなテーマ「Out of the Box-The Midlife Crisis of the Digital Revolution(デジタル革命の中年の危機)」に込められた思いについて、アルス・エレクトロニカ・フューチャーラボの共同代表、小川秀明氏に話を聞いた。
「本年のテーマは、デジタル革命による局所的な社会問題が全体像として浮かび上がってきた現代社会を反映しています。そのなかで近年は、インターネットに匹敵するくらい日常に浸透しつつあるAI分野に注力してきました。私たちはAIをトレンドや単なるインテリジェンス、情報アーキテクチャとして捉えているわけではありません。情報メディアは統制して遮断すれば、逃げることができます。しかし、日常に入り込み浸透してしまったものは、その環境から物理的に脱しなければ、逃れることがひじょうに難しい。こうした状態をBOXと捉え、AIがすべての技術を統制する前に、セカンドオピニオンとしてアートが多様な議論を誘発する機会を与える必要があるのです」。
アートが果たす役割をどう社会に還元していくかという点は、アルス・エレクトロニカがアートシンキング(アート思考)を通し、40年かけて取り組んできたことでもある。2019年のテーマを例にあげ、小川氏はデザインとアートの効能の違いを説いた。
「今の時代の状態をBOXと捉えたとき、デザインはBOXの中に快適な椅子をデザインしたり、BOXの中の快適性をつくるには重要な力です。そしてアートは、私たちがBOXに入っているという状態自体に気づかせること、BOXから出ることを促す力を持っています。人間がOut of the Boxできる力を身につけるプロセスとして、アートシンキングの考え方を提唱しています」。
地球規模の課題にアートがどう対峙するか
前編・後編に分けて、アルス・エレクトロニカ・フェスティバルに点在する、人間が常にOut of the Boxする力を養うためのさまざまな方向性を持つ作品を紹介してきた。
AI技術にフォーカスした作品だけでなく、人間(文明)と自然という対立の構造を超え、宇宙や分子構造なども含めた新しいチャネルを通じて、人間を捉え直す動向が見られた点は興味深い。科学技術の進化とともに考えなければならないヒューマニティを多様な視点から思考する世界的な観測所と言える場でもある。次なるミッションについて小川氏はこう語る。
「オーストリアの首相やEUのコミッショナーも訪れるようになったアルス・エレクトロニカは、未来を構想・実践してゆく人たちのための文化インフラ・プラットフォームとして新たな役割を期待されはじめているように感じます。社会を形成する政策や法律、日常に浸透する企業のサービスやその根底にある理念への働きかけまでどう昇華できるかというミッションを持ち始めているのです。アートが持つ多様性や批評性を伴う視点が抜け落ちてしまうと、社会はとんでもない方向に進んでしまう。アルス・エレクトロニカの研究開発部門・アトリエであるフューチャーラボで今見据えているのは、私たちの未来に対して早急な対応が求められる地球規模の課題、例えば気候変動、情報メディアの進化とともに揺れ動く信頼や尊厳に対するアクションです」。
具体的には、企業と進めるイノベーション・リサーチだけではなく、人類や地球社会にとってプライオリティの高い課題を研究テーマに設定し、それに共感するアーティストや研究機関、世界中の企業とのコミュニティやプロジェクトを形成していく計画を構想しているという。
若い世代を中心に草の根的に、世界中で気候変動や監視社会に対する人間の尊厳の問題に対するアクションが起こっている昨今。政治、産業とさまざまな分野に影響力を持ちはじめた芸術・文化インフラ、アルス・エレクトロニカが、そうした緊急対応が必要な地球規模の課題に対し、どのようなアクションを展開するのか。これからの動きに注目したい。