AXIS Design Round-table
「グッドデザインて何だ?」
齋藤精一・山田 遊・広野 萌・佐々木智也

「AXIS Design Round-table」は、デザインをテーマに分野や世代を超えて広く意見交換やディスカッションを行う場。今の時代に求められる「グッドデザイン」とは何か、異なる視点からデザインを見据える登壇者が集まり議論を重ねた。

登壇者
齋藤精一(ライゾマティクス・アーキテクチャー)
佐々木智也(PARK)
山田 遊(method)
広野 萌(Designship)




本イベントは11月1日より開催された「Design Meet-up@AXIS 領域と世代を超えてつながり、『デザイン』を考える1週間」のプログラムのひとつです。




グッドデザイン賞に見る、「サービス化」するデザイン

齋藤精一 グッドデザイン賞の話から始めてみようと思います。今年の大賞は、「結核迅速診断キット」(富士フイルム)でした。去年は「おてらおやつクラブ」という取り組みが大賞になって、さらに前年が「Venova」(ヤマハ)という新しい楽器でした。つまり、「モノ」ではなく「コト」が2年間続けて大賞となっており、デザインの領域がずいぶん広がったなと実感させられます。

もともとグッドデザイン賞は1957年に当時の通産省によって創設されたもので、すでに50年の歴史があります。初の受賞は東芝の電気炊飯ジャーで、そこからだんだん分野が増えてきました。そして今日で言えば、デザインはもはや総合格闘技じゃないですか。最近のMaaS(Mobility as a Service)に見られるように、一台の自動車をつくったとしてもデザインは終わらない。システムも必要だしアプリも、UIや課金の仕組みまでもがデザインすべきものです。

▲齋藤精一/ライゾマティクス・アーキテクチャー主宰。グッドデザイン賞審査副委員長。クリエイティブディレクター、テクニカルディレクター。1975年神奈川県生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からNYで活動を開始。2006年に株式会社ライゾマティクスを設立。建築で培ったロジカルな思考を基に、アート・コマーシャルの領域で立体・インタラクティブの作品を多数つくり続けている。

山田 遊 今年の富士フイルムさんは特に、企業として日本の中でどれだけデザインに関する目覚ましい活動をされているかが明らかになったように思いました。一言で「コト」と聞くと、どうしてもサービスなどが頭に浮かびますが、「結核迅速診断キット」にはコトも含んだモノが見て取れました。その意味では、いくらかモノへの揺り戻しが起こっているかな、と。

佐々木智也 一方で、デザインの領域が広がったり、その重要性が認知されてきた結果、デザインをイノベーションの特効薬的に捉えてる人が増えてきているという危惧が少しあります。停滞したものをブレイクスルーするための特効薬みたいなものとしてです。例えば、「デザイン思考」は顕著な例なんですけど、そういうのを盲信している人が一定数出てきたかなっていう実感があります。

▲山田 遊/method代表取締役。バイヤー、監修者。1976年東京都生まれ。南青山のIDÉE SHOPのバイヤーを経て、2007年、methodを立ち上げ、フリーランスのバイヤーとして活動を始める。店づくりを中心に、モノにまつわる様々な仕事を行う。グッドデザイン賞審査委員をはじめ、各種コンペティションの審査員や、教育機関や産地などでの講演など、多岐に渡り活動中。

広野 萌 ずっとソフトウェアをつくってきた人間として、Gマークについては「Slackが受賞される時代なんだ」と驚きました。Slackは他のコミュニケーションツールと比べて使い勝手の心地良さや技術者が楽しめる仕掛けなどのトータルの体験こそが競合優位性で、そこが評価されてグッドデザインとされたのだと思います。すると、今後デザインというのは「モノ」の時代で評価ポイントとなっていた意匠という「点」ではなく、体験という「線」、すなわち「コト」に寄っていくのではないでしょうか。もっといえば、システムそのものであるとかAPIだとかがグッドデザイン賞を受賞する時代も来るんじゃないかなと考えています。

関連して、iPhoneアプリやAdobeなどを見ていると、世の中のサービスのサブスクリプション化が進んでいる傾向がありますよね。モノを売れば終わりという時代から、日々サービスを改善していく姿勢がより評価される時代になっているので、長期の時間軸でみるトータルなデザインがとても大切になりそうです。




グローバル市場における、日本のデザインの新しい強み

山田 グッドデザイン賞にも通じるのですが、近年のデザインでは、白物家電やテレビなどが圧倒的に強いですよね。ここからちょっと海外の話をしてもいいですか? 中国・韓国のものは製品のクオリティ自体がかなり高いわけで、そういうことはグッドデザイン賞の審査員側としては明白に見えてくるじゃないですか。テクノロジーとそこにかけているお金の話でいうと、簡単に言えば、日本は中国に3周遅れでボロ負け状態なんですね。そういう隣国と比べたとき、デザインも含めた文化の成熟度みたいなところにしか日本のデザインの優位性──そこにまだ希望を持っちゃっている自分が夢想家なのかもしれませんが──はないと僕は思っているんです。

▲佐々木智也/PARK代表取締役。アートディレクター。1979年生まれ。東京造形大学インダストリアルデザイン専攻卒。外資系広告代理店、面白法人カヤックを経て、2015年PARKを設立。広告とインタラクティブの幅広い経験を活かして新しい産業へのコミットを目指し、スタートアップ・ベンチャーのコーポレート及びサービスブランディングを中心に、Web、パッケージ、プロダクト、グラフィックなど領域横断的に手掛ける。

齋藤 先を行く中国が示唆するのは僕にしてみれば結局のところ、一党独裁制とインターネットは凄まじく相性が良かったということなんではないでしょうか。スマートシティをつくるとき、アリババをつくれば一挙に実現できるんです。いわば、鎖国は正解だった。

しかし他方で、歴史や伝統については日本の様式というか、つくり手の真心みたいなところには強みがある。やはり中国は、ラストのワンマイルが惜しいのかな、と思います。以前、大規模なカンファレンスに行ったとき、その会場では顔認証が使われていたんですが、5回に1回くらいの確率で認証が通らなかった(笑)。

▲広野 萌/デザインシップ代表理事。早稲田大学文化構想学部卒。ヤフーにて新規事業企画やモバイルアプリのUX推進を手掛けたの地、2015年にFOLIOを共同創業、CDOに就任。国内株式を取り扱う10年ぶりのオンライン証券を立ち上げた他、法律・医療・保険・自動運転分野のスタートアップをデザイン顧問として支援。2018年に一般社団法人デザインシップを設立し現職。

佐々木 その話に乗っかると、僕の実務上の実感とも合います。例えばパッケージデザインをする際に、中国に発注するか日本に出すか。その違いとして、やっぱり中国って納期がめっちゃ早いんですよ。日本で金型をつくったら2〜3週間かかるのが、中国だと1週間以内でできたりします。ただしフィニッシュのところでは揉めるときがあります。あちらの印刷会社とやりとりして「このグレーの赤みをちょっと取ってくれ」って言っても、「見本と同じグレーだ」って言い張るんですよ(笑)。なので、齋藤さんのラスト・ワンマイルの話には共感します。




今日的な「グッド」とは?

齋藤 もしかしたら何をもってして「グッド」なデザインとすべきかは、毎年や毎月にわたって更新していったほうがいいのかもしれないですね。デザインの定義の問題にもなりますが、みなさんいかがですか。いま必要な「グッド」って、何なのでしょう。

山田 グッドデザイン賞の考えるデザインとは何か、それを日本デザイン振興会が説明するときに使う言葉があります。「人が何らかの理想や目的を果たすために築いたものごとをデザインととらえ」、グッドデザイン賞では「その質を評価・顕彰しています」と。その意味では、すでにほとんど何もかもが評価の対象となっているわけですよね。

広野 (デザインは)使う人に応じて言葉の定義も変わりますよね。ある意味、否定や消去法によってしか定義できないものなのかもしれません。神様は否定でしか語れないという、否定神学的な(笑)。

齋藤 最後に、グッドデザイン賞の今年の審査委員長である柴田文江さんの言葉を紹介します。デザインは「人のための優しい知恵」だ。そう柴田さんがおっしゃっていて、すごく素敵ですよね。知恵であるという点は、もしかしたらさっき議論した日本の強みを言い当てているのかも、と思いました。End

(文/太田知也、写真/東山純一、協力/小澤みゆき)