AXIS Design Round-table
「拡張する『アイデンティティ』のデザイン」
京谷実穂・難波謙太・西澤明洋・丸山 新

「AXIS Design Round-table」は、デザインをテーマに分野や世代を超えて広く意見交換やディスカッションを行う場。今回はのテーマは「アイデンティティ」。ロゴやビジュアル面での統一感から、より深い組織のあり方まで、さまざまに拡張するアイデンティティのデザインについて議論を掘り下げた。

登壇者
京谷実穂(Voicy)
難波謙太(グッドパッチ)
西澤明洋(エイトブランディングデザイン)
丸山 新(&Form)

モデレーター
小山和之(weaving)




本イベントは11月1日より開催された「Design Meet-up@AXIS 領域と世代を超えてつながり、『デザイン』を考える1週間」のプログラムのひとつです。




アイデンティティとは何か

ーーいまや「アイデンティティ」は、いわゆるロゴやCIといったビジュアルアイデンティティから、組織のあり方や提供する体験にいたるまで定義を広げています。これはポジティブな変化である一方で、幅が広がりすぎたことで本質が捉えづらくなっている部分もあります。そこで改めてアイデンティティとは何かということを、みなさんに直球でうかがえたらと思います。

京谷実穂 ちょうど最近、弊社のCIをリニューアルしました。そのなかで思ったのは、アイデンティティとは「紐解くもの」だということ。「私たちは社会の中でどのような役割を果たすのか」というもやもやした問いを、ひとつずつ紐解きつつ社会に対して宣言する。この作業によって、社内的にも「私たちってこういうゴールに向かって進む会社なんだ」という気づきが共有されました。

難波謙太 ブランドのデザインをする際は、人に例えて考えることが多いかもしれません。その人が信じているものとか、こだわりとか、好き嫌いとか。つまり、その人「らしさ」を形成する「コア」の部分。それがアイデンティティなのではないかと。そうした本質を汲み取って、伝えるべき人に上手に伝えることがデザイナーの仕事だと思っています。

▲京谷実穂/Voicy VUI/VUXデザイナー。2008年筑波大学芸術専門学群卒業後、17年まで富士通デザインで自社モバイル製品のデザイン開発、デザイン思考による新規事業開発に従事。18年Voicyに参画。プロダクトのUX/ UIデザインに加えて、音声体験のデザイン(VUX/VUI)を手がける。

▲難波謙太/グッドパッチ クリエイティブディレクター。1998年英国美術大学グラフィックデザイン学科卒業後、14年間にわたり、ロンドンにてさまざまなデジタル案件の企画・デザイン・クリエイティブディレクションを手がける。グッドパッチではUIデザインユニットのマネジメント兼、クオリティ責任を担う。

西澤明洋 ブランドの定義を聞かれたら、いつも「約束と生き様」と言うようにしています。平たく言うと「有言実行」みたいなものですね。「俺たちはこうだ!」ということを社内外に向けて約束する。それを形として表してあげるのがブランディングデザインなのかなと。アイデンティティもそれと同じだと思っています。

丸山 新 アイデンティティとは、自己形成のことですよね。その自己形成は、自分にも、他人にも、企業にも共通するものです。なので相手のブランディングを行うためには、まず自分自身が自己形成できていないといけないのかなと。

▲西澤明洋/エイトブランディングデザイン代表。ブランディングデザイナー。独自のデザイン開発手法「フォーカスRPCD®」により、リサーチからプランニング、コンセプト開発まで含めた、一貫性のあるブランディングデザインを数多く手がける。著書に「ブランドをデザインする!」など。

▲丸山 新/&Form代表。アートディレクター。1978年生まれ。英国Central Saint Martins美術大学コミュニケーションデザイン科にて文学士号を取得。英国にてPhaidonの装本等で活躍するハンズ・ディエター・ラハイトに師事後、スイスへ移住。南スイスSupsi州立大学のデザイン・コラボレーターを経て2012年帰国し&Formを設立。




ブランディングとプロセスと対価

ーー丸山さんと難波さんはヨーロッパで長く現場を経験されています。海外でのブランディングやアイデンティティの捉え方についてもおうかがいできればと思います。

丸山 日本とヨーロッパとで大きく違うのはデザインの教育かもしれません。ヨーロッパの場合はとにかくプロセス重視で、課題を自分から見つけ出すことが求められる。日本の場合は、自分たちから何かを見つけ出す、つくり出すということよりも、外の基準に高いレベルで合わせてつくることを求められる感じがあります。

難波 ヨーロッパで痛感したのは、社会におけるデザインの価値がそもそも違うことです。向こうでは、デザインの価値は証明する必要がない。デザイナーも本当に生き生きしているし、ちゃんと目的を持ってものがつくれている。企業と一緒にやる場合も、企業が求めていることを時間をかけて掘り出して、形にする。「アイデンティティを考える」ということで言えば、すごくやりやすい環境だと思っています。

西澤 今ヨーロッパの話を聞いて、すごくうらやましいと思いました。そういう意識は、まだ日本では一般的ではないですよね。僕らも、お仕事を受ける前にまず、プロセスが大事という話をひたすらします。そのために本も書くし、セミナーもたくさんする。共通認識を持つところから始めないといけないですね。

丸山 日本はどうしても納品物基準で対価が発生しますね。「ブレインストーミング代 43時間」みたいなことを書いたときに「何の時間ですか?」となってしまう。欧米は基本的に時間給なので、かかった時間の分請求できる。それはたぶん、成果物自体よりも、デザイナーのもたらす「視点」に価値を感じてもらえるからだと思います。

西澤 そこは、本当に教育の問題もありますよね。デザイナーが、しっかりとアカウンタビリティー(説明責任)を引き受ける必要がある。プロセスに責任を持つという自覚を、教育によって養わないといけない。




「BX」と組織のデザイン

西澤 それでいうと、IT系のブランディングに少し関わらせていただく機会があるんですが、こっちの領域の人はこのプロセスの問題にすごく自覚的なように思えます。ぜひこのあたりの文化の違いを難波さんにお聞きしたいです。

難波 グッドパッチはUI・UXカンパニーとしてずっとこの領域で戦ってきていて、我々のクライアントは主に大手企業やスタートアップであり、サービスの新規立ち上げやリニューアル案件が多いです。しかし最近、組織のあり方や見え方も含めたデザイン、いわゆる「BX(ブランドエクスペリエンス)」の必要性が高まってきているように感じます。我々は「Vision Driven Design」と呼んでいますが、要するにユーザーだけに目を向けるのではなく、組織そのものに目を向け、経営者や事業PO(プロダクトオーナー)のハートに存在する夢や思想を言語化し、プロダクトの価値を伝えていくことが大事だと考えるからです。

ーーそれで言うと、Voicyさんもちょうどリニューアルの際に、プロダクトと組織の両方を改めて考えられたと思います。どのようなプロセスで進んでいったのでしょうか。

京谷 まずはコアメンバーというか、会社に思いを持っているメンバーととにかく会話をしました。まさにコアを形にしていく部分ですね。あとは、今メンバーが30人くらいいるんですが、この30人に第二創業者としての能動性を持ってもらうために、ディスカッションの場を設けました。「会社としてどういうことを大事にしていきたいか」など、思いを拾い上げていったんですね。とにかく色々な組み合わせで会話をするというのが最初の段階でした。

丸山 やっぱりアイデンティティって、組織のサイズがすごく関わってきますよね。規模が大きな企業さんのブランディングとなると、どうしても組織デザインの話になってくる。期間も定められているなかで、各々の視点を解きほぐしていく作業は正直大変です。その解きほぐしの時間は、作業時間として見積もられていない場合が多いので。

西澤 わかります。場合によっては、僕らが採用に関わったりもしますからね。たとえばクライアントさんのほうでデザイン部をつくりたいとなったときに、そこで新しく雇う人と僕らが一緒になってやっていかなければいけないので。自分で面接したりします。




声のアイデンティティ

ーーアイデンティティを拾い上げ、形にしていくためには組織づくりにも関わっていかなければいけないと。アイデンティティのデザインは見た目をつくることだけじゃない、ということだと思いますが、ここで「音声のアイデンティティ」について京谷さんにうかがってみたいです。

京谷 私はもともとUIデザイナーで、音声を扱うというのは私自身にとってもチャレンジでした。でも実際向き合ってみて思うのは、人の生活のシーンを考えて「ここにこういう音声が入っていて欲しい」と考える部分、つまりシナリオやストーリーを考える部分というのはあまりUX・UIデザインと変わらないですね。もちろん音と画面の違いはありますが、いまUXデザイナーをされている方であれば違和感なくできるんじゃないかなと思っています。

丸山 音によるアイデンティティということで言うと、メルセデスベンツのゲレンデワーゲンが浮かびます。この車種のみメルセデスの歴史のなかでデザインを変えていなく、あくまで無骨なオフロード車ということであえてドアを重くし、閉めたときに音が大きく出るようにしています。今はテクノロジーが発達してるから軽い音にもできるけど、変わっていない。結局、そのサウンドがメルセデスにとってのアイデンティティということですよね。

京谷 イヤフォンをつけて過ごす人が増えていけば、アプリやサービスに気持ち良いSEをつけるのはもっと流行ってくるかもしれないですね。

西澤 エイトブランディングデザインでもSoundCloudを始めたんです。そのジングルもつくったりしているんですが、これはまさに音のアイデンティティですよね。でも音のディレクションって、めっちゃ難しいんですよ。“良い音声”って、何なんでしょうね。

京谷 「良い・悪い」というより「好き・嫌い」があるのかなと思っています。まさに音声って、新しい個人のブランディングだなと感じていて。その人を好きになったり、興味を持ったりする要因として、声色や、そこから湧き上がる感情はすごく大事なんじゃないかなと。やっぱり、言葉で書かれた「ありがとう」と、さらっと口にする「ありがと」や、心を込めた「ありがとう」ではそれぞれ全然伝わり方が違いますよね。
 
西澤 感情って面白いですね。

京谷 よく、「音声より動画のほうが感情が伝わるんじゃないか」と言われるんですけど、人のイマジネーションってすごいんです。下手に絵があるよりも、感情が乗った言葉のほうが想像力に訴えかけるというか。聞き手が感情を想像してしまうんですね。

西澤 TakramさんもSoundCloudをやっていらっしゃるんですけれど、代表の田川さんが「音声は炎上しにくい」と言っていたのが印象に残っていて。テキストだとカチンとくるものも、感情の乗った言葉だと意外と気にならなかったりするみたいです。

難波 新しいSlackをつくってみたらどうですか?

京谷 「音声の」ということですか。たしかに面白いですね。実際、うちの社長が「社内報」として、社内のメンバーしか聞けない放送を毎日やっているんです。単にメッセージだけじゃなくて、苦労しているところも、疲れていたり悩んでいたりする様子もすべて伝わってきて。テキストだと「プレッシャーを与えやがって」とか思うんですけれど、音声だと情報量が多いので。

西澤 それ、採用です。うちでも使います。

京谷 ぜひぜひ。宣伝になっちゃいますが、そういうサービスをやっていますので。

ーー先ほどの「組織づくりとアイデンティティ」の話とも繋がってくるポイントですね。音声のブランディングはまだまだ発展の余地のある、今後が楽しみな領域だと思います。みなさま、本日はありがとうございました。End

(文/松本友也、写真/西田香織)