東京ビジネスデザインアワード 2018年度 優秀賞「香の具」
GRASSE TOKYO & 清水 覚、山根 準、山根芽衣、安次嶺彩香
商品化への道のりインタビュー

Photos by Kaori Nishida

2018年度の東京ビジネスデザインアワードで高い評価を受けて優秀賞に輝いた「香りの魅力を楽しく学ぶプロダクト」。アロマプロダクトメーカーのGRASSE TOKYO (グラーストウキョウ)は、受賞からスピーディーな商品化を進めて、2019年10月末に「香の具」(かのぐ)として販売をスタートした。水性顔料と精油をブレンドした香りの絵の具は、アロマの世界を広げるプロダクトとして、多数のメディアで取り上げられるなど注目されている。開発メンバーにコンセプトや経緯を聞いた。

▲「香の具」は2019年10月より販売がスタート。

日本人に合う香りを提供するアロマブランド

——GRASSE TOKYO(グラーストウキョウ)は、キャンドルメーカーの東洋工業から分社化して2013年に設立された会社で、アロマフレグランスの事業を展開しています。

藤井省吾(GRASSE TOKYO 代表取締役) 東洋工業は昭和22年に創業しました。もともとは鉄鋼関連でしたが、10年後の会社設立のタイミングでキャンドル専門のメーカーになりました。設立当初は主に輸出向けのキャンドルを製造していたのですが、次第に国内の結婚式場やレストラン向けにキャンドルを展開するようになりました。そして17、8年くらい前からアロマキャンドルがメインの事業になっていったんです。ちょうど海外のアロマブランドが日本に入ってきたタイミングで、アロマテラピー検定が盛り上がってきた時期で、量販店でもアロマ専門の棚ができてアロマブームに火がついた。お客様からもアロマキャンドルやリードディフューザーなどアロマ商品の依頼が増えてきたこともあり、香りの専門家としてもっと自由に動くために香りの事業を柱とした組織をつくりました。

——社名であり、商品ブランドの名前にもあるグラースとは、「香水の都」と呼ばれる南フランスのグラース地方からきています。

藤井 日本も香りの調香技術のレベルは高いのですが、フランスは香水のメッカということもあって調香ノウハウを多く持っており、特にグラース地方はトップレベル。つくれる香りの幅も広く、調香の技術も高いため、設立以来ずっと一緒にやっています。

▲GRASSE TOKYO 代表取締役 藤井省吾さん。

——どのように香りをつくるのでしょう。

藤井 グラーストウキョウのコンセプトは、「日本人に合う香り」。日本人の嗅覚は繊細で、海外製品の香りがきつく感じてしまうこともあります。そこでグラースの調香師と相談しながら、日本人向けの香りを7種類開発しました。これらを、香水をはじめ、ボディミルクやハンドクリームなどさまざまなアイテムにブレンドしています。

▲リップグロスの容器に入ったジェル状の香水「グラーストウキョウ オード・パルファン」。

アロマを生活に取り入れるきっかけをつくりたい

——東京ビジネスデザインアワード(TBDA)に参加した理由を教えてください。

藤井 海外に比べると、日本は香りの文化が根付きにくい、という事実があります。香りの基本やブレンドについて学ぶ機会がなかったので当たり前なんです。例えばローズとパチュリを混ぜるとどんな香りになるか。ひとつひとつの香りについて知るだけでなく、ブレンドという切り口で楽しみ、生活に取り入れるきっかけとなる商品をつくりたいと思いました。東京ビジネスデザインアワード(TBDA)に参加することで、自社だけで考えるよりも面白いものができるのではないかと期待し参加しました。

——テーマのなかでも「香り」は新しい領域で注目されたようですね。そのなかで清水さんたちの案に決めた理由は?

藤井 こちらが求める「香りのブレンド」というテーマに、ドンピシャで応えてくれたのが清水さんたちの案でした。絵の具という発想は他になかったのと、そのときは「これならすぐに商品化できる」と思ったんです。

▲清水 覚さん(右)と山根 準さん。

——清水さんは、広告代理店を経て現在ヤフーのブランドマネジメント室で自社のプロモーションなどを担当しているプランナーです。今回初めてTBDAに参加し、9つのテーマすべてに応募したそうですね。

清水 覚(ヤフー ブランドコミュニケーション本部 ブランドマネジメント室 兼・東京2020オリンピック・パラリンピック推進室)
これまでクライアントの広告制作やブランディングの仕事に携わってきましたが、商品開発に興味が出てきて、広告代理店時代の同僚だった山根君や大学時代の友人たちでconeruというユニットを組み、いろいろなコンペに参加していたんです。でもコンペって受賞しても後が続かないんですよね。アイデアを提案して終わりではなく、もう少し先のことまでやってみたい。TBDAは実際の事業展開まで見越したアワードと知り、とても魅力的に感じて応募してみました。

——応募した案のうち3件が最終プレゼンに残り、受賞したのが「香の具」。アイデアはどこから。

清水 グラーストウキョウの説明会に参加し、「自分にとって身近に混ぜるものって何だろう」と考えていたときに、絵の具のイメージがパッと浮かんだんです。子どもも、大人も絵の具を使えるし、それに香りを混ぜることができたら面白いのではないかと。

——山根さんは、グラーストウキョウと清水さんのデザイン案のマッチングが決まってから参加しました。

山根 準(ソニー R&Dセンター 事業探索・技術戦略部門 ドメイン・シナリオ策定グループ ビジネスデザイナー)
僕は清水君と同じ広告代理店を経て、今はソニーでエンジニアの研究している技術とビジネスをつなげていくビジネスデザインを担当しています。10年後の計画を立てるというプロジェクトが多いので、世にすぐ出せるプロジェクトも結構好きなんです。清水君がこの案を見せてくれたとき、「これは賞を取るだろう」と思いました。日本人は香りを学んでこなかった、という明らかな発見があって、アイデアのコアも強く、それらが良い提案に落とし込まれていると感じました。

——でも実際にはすぐにはつくれなかったそうですね。

藤井 この提案をもらったときは「すぐつくれる」と思っていました。でも最終審査に向けて試作しようとしたら、肝心の絵の具と精油が混ざらなかったんです。そもそも水性と油性は混ざらない! それを混ぜるための原料も合うものが見つからなくて。すっかり困って、発表まであと1カ月しかないという年末のタイミングで、清水さんに「絵の具ではなく、クレヨンにしたい」と提案変更を打診しました。清水さんも納得していなかったと思いますが、最終審査会に向けてクレヨンで進めることになりました。でも年末年始の休みの間に、私自身が「これは違うな」と思ったんです。悩んだ末、年明けに「やはり絵の具でいきたい」と。

▲「香の具」のラインナップは9色。しろはユーカリの香り、きいろはイランランなど、100%天然のエッセンシャルオイル(精油)と塗料を混ぜ合わせた。

——なぜ方針を戻したのでしょう。

藤井 このプロジェクトの肝は、色を混ぜる、香りを混ぜるということ。クレヨンの色は重ねるだけで混ざりません。もともとのコンセプトとは違うんですよね。それでやはり絵の具しかないと思いました。友人の原料の専門家にこのプロジェクトのことを相談して、年明けにぴったりはまる原料が見つかった。それでギリギリ最終審査会に間に合ったんです。

——藤井さんが試作の開発を進める一方、清水さんと山根さんはビジネスとデザインの方向性を固めていったわけですね。

清水 実際にどのくらいお金がかかるのか、どの層にどういう売り方でこれを売るべきか、果たして売れるのか、といったことを考えました。量販店で売ってもらうだけでなく、教材として教育現場やワークショップで使ってもらうなど、ものを売るというよりは新しいことを提案していきたい、というスタンスで最終審査に臨みました。

▲絵の具を塗っているときは香りが強く立ち、周囲もよい香りに包まれるが、放置すると1日2日で柔らいでいく。描いた後、乾いたら早めにフィルムなどで挟んでおくとひと月ほどは香りがもつという。

事務局の手厚いサポートが商品化を後押し

——最終審査の結果、最優秀賞に匹敵する高い評価で優秀賞を受賞しました。その後、どのように商品化を進めていったのでしょうか。

藤井 「香の具」という商品名の商標をまず取って、清水さんたちが絵の具のチューブやリーフレット、ウェブサイトなどのデザインを担当し、私たちはセット販売のためのパッケージや、展示会への出展、販路開拓の準備を行いました。絵の具のような画材は特許や意匠を取りにくいアイテムなのですが、ポストカードや絵本なども含む「香の具」というブランドとして、オリジナリティを打ち出していきたいと思っています。
 短期間で商品化できたのは、アワード事務局のサポートのおかげです。特に商標や知財についてはわからないことだらけだったのですが、審査委員の日髙一樹さんを紹介していただきました。日髙さんの特許事務所はデザインとビジネスに関する知的財産権の専門なので、細かく答えてくれました。

——提案時から大きく変更したことはありますか。

清水 授賞式の後で、審査委員の金谷 勉さん(セメントプロデュースデザイン)から「試作は絵の具の色がグリーン系のみだが、定番色を揃えたほうがいい」と言われました。そこで、商品化に際しては色を追加してカラフルなセットにしました。

藤井 ただ、色と香りの組み合わせを決めるのは難航しました。葉から香りの成分が抽出される植物が多いので、それに従うとグリーン系になってしまうんです。そこでユーカリの花の白、イランイランの花の黄色など、花の色も組み合わせながら決めていきました。

——試作を見本市に出展し、来場者やバイヤーに直接使ってもらったそうですね。

藤井 皆さん童心に帰ったように夢中で描いてくださって、ほぼすべての方に「欲しい」と言ってもらえたのはうれしかったです。その後、メディアの取材もたくさんありました。

▲2019年12月に瓶タイプも発売予定。

絵の具ではなく、香りの世界を売りたい

——10月28日にオンラインで「香の具」が発売開始となりました。次の段階のアイデアなどはありますか。

藤井 まずはこれを広めていくのがいちばんのミッションですが、引き続き絵の具の色数は増やしていきたいです。それから清水さんの提案なのですが、チューブに点字を印刷し目の不自由な方に使ってもらうのもいいなと。香りを頼りに、その人の感覚で絵を描いたら、面白い表現ができるのではないかと思うんです。

清水 絵を描くことが苦手な人にもアプローチしたい。スタンプなどでポンポンと絵や色を残せるようなものなど、絵の具以外のバリエーションも考えています。

山根 近年、センサーで香りを判別したり、香りを再現したりすることにはテクノロジー面でも注目が集まっていると思いますが、テクノロジーですませてしまうことで、抜け落ちてしまう体験があります。香の具のよいところは、人の体験を置き去りにしないところ。人の香るという行為に対して真摯に寄り添うプロダクトではないかと思います。

清水 モノが余っている時代、今までにない価値を生み出すことが大事。絵の具を売りたいというよりは、香りの世界を売りたいんですよね。多くの人が、視覚や聴覚についてはいろいろ学んできているのに、嗅覚、香りに関しては意外と手付かずだった。香りって、もっとさまざまな使い方ができると思うんです。香の具で香りの楽しさを知った人が、普段から香りを身につけるようになったり、今まで香りがなかった所に取り入れるようになったり、新しい文化として広げていきたいと考えています。End

GRASSE TOKYO株式会社 https://grassetokyo.com/#!/pageIndex

香の具 https://kanogu.tokyo

東京ビジネスデザインアワード https://www.tokyo-design.ne.jp/award.html