REPORT | ソーシャル / プロダクト
2019.11.27 10:53
メルボルン中心部からほど近いフィッツロイの街で、BeeKeeper Paradeというショップのカラフルなリサイクル素材を使ったトートバッグが目に留まった。店内に入ってみると、パッチワーク柄のバックパックもあれば、ジーンズを再利用したような小物もあり、スタッフにどんなブランドなのかを尋ねると、そこには現代の“ソーシャルグッド”について考えさせられるストーリーが秘められていた。
カンボジアの子どもたちに教育の場を!
カンボジア生まれで、オーストラリア・メルボルンを拠点に2012年に、リサイクル素材を使ったバッグを製造販売するBeeKeeper Parade(設立時の名称はBoy & Bee、2014年に改称)を立ち上げた創設者のKoky Salyさんに話を聞くことができた。まず、彼らのビジネスを語るにあたり、避けて通れない彼の生い立ちから紹介したい。Kokyは1970年代に内戦中のカンボジアで生まれた。
「僕は刑務所の中で生まれた。それは内戦の最中で母が囚われていたからで、3歳までそこで育った。その後、刑務所から出ることができた僕ら家族は、いろいろな幸運が重なり、国境を超え、難民としてオーストラリアにたどり着いた」。
その後、成長した彼はメルボルンでメディアアートを学び、社会人として仕事をした後に、カンボジアの未来のため、そして、これまで支えてくれた人のために何かをしなければという思いから、2007年にカンボジアの子どもたちの教育を支援するチャリティ「Baby Tree Project」を立ち上げた。カンボジアの地方部では貧困が大きな問題であり、80%の子どもたちが小学校さえ卒業できずにいるという。
「僕たちは2006年から8年間で、オーストラリアだけでなく世界中の支援者から約50万豪ドル近い寄付を集め、その資金をもとにカンボジアで5軒の学校を建設することができた。そもそも、教育に焦点を当てたのは、カンボジアで暮らす人々の生活を改善するためには、教育がいちばん大切だと思っているからだ。また、英語を学んだことで僕が夢を追えたように、他言語を学べば良い仕事に就くチャンスが得られるから、現在は子どもたちが英語教育を受けるための支援を行っている」。
それまで世界各地で支援を募ってきた彼らだが、活動を続けていくうちにある事実に直面したと語る。
「寄付だけに依存したチャリティはいつまでも持続できるものではない。また、自分は永遠に生きることはできないけれど、僕らの活動をビジネス化できたら、永続的な支援ができると考えたんだ。Baby Treeの活動を続けながら、2011年頃からビジネスを立ち上げることを真剣に考え始めた」。
国外初出店として、2020年4月頃に東京へ
そうして、リサイクル素材を使ってバックパックをつくって販売するアイデアが生まれた。
「バックパックを選んだのは、Bee Tree Projectで関係を築いてきた僕らのサポーターの多くがバックパックを使っていたからだ。また、彼らに環境負荷の少ないアップサイクルのバックパックを販売したら買ってくれるかとアンケート調査をしたところ、100%ポジティブな回答を得ることができた。そうして、Baby Tree Projectの活動と並行するかたちで、2012年に新たな事業としてバックパックづくりを開始し、カンボジアの工房で試作を重ねて発売まで漕ぎつけることができた」。
彼らの製品の最大の特徴であるアップサイクルの手法、つまり廃棄される素材を使ったことについてはこう語る。
「ファッション業界から出る大量の廃棄物は、世界でも大きな問題となっていることのひとつだ。そこで僕らは、未使用なのに捨てられてしまう衣類からバックパックをつくろうと考えた。そうして、シャツの襟の形がそのまま表から見えるバックパック、僕らの初期の代表作が生まれた。また、その後、デニムなどのファッションアイテムから、インテリア用途の布地まで幅広く入手するようになった。今使っているのは、オーストラリアとカンボジアで僕らが集めたり、廃棄される未使用の布地を寄付してもらったものだ」。
売れ残った衣類もあれば、工場から出る端切れなどもあるといい、彼らはこれまでに15トン以上の廃棄物を再利用してきた。
発売当初は、ポップアップストアとインターネットで販売していたが、新聞やテレビで紹介される機会もあり、認知が高まるにつれ、2017年にはフィッツロイに路面店を開業。2018年にはポップアップストアを出していたメルボルンセントラル駅の大型商業施設に常設店を出店、と成長を続けている。現在、カンボジアの自社工房では13人ものスタッフが働いており、現地での雇用にも貢献している。また、2020年4月頃には東京でのポップアップストアを計画中で、日本向けインスタグラムをスタートしたところだという。
国外初出店となる東京への意気込みには、「もともと僕らのゴールはバッグをつくって売ることではなくて、カンボジアの子どもたちにより良いチャンスを提供することだ。また、大切なのは幸せを探求することで、商品を多く売りさばくことじゃない。だから、もし東京でたくさんバッグが売れたらそれは良いことだけれど、東京出店というチャレンジをする時点で僕はハッピーだし、多くの人に僕らの活動を知ってもらえたらうれしい」と笑って話す。
希望に満ちた暮らしをみんなができるように
最後にBeeKeeper Paradeを始めてから、いちばん大変だったことは何かと尋ねると、予想外の答えが返って来た。
「このビジネスを始めてから、大変だと思ったことはないよ。確かに、製品を自分たちでつくって売るのは簡単じゃない。でも、僕が考える本当に大変なことっていうのは、例えば僕の妹のようにガンと戦うこと。彼女のように末期ガンになっても勇気をもってその状況に立ち向かうことだ。あくまで個人的な視点でということだけれど、僕はそんなふうに思っている」。
KokyはBeeKeeper Paradeを立ち上げる直前に妹を癌で亡くしていた。若くして逝った妹の悲願であり、「社会をより良くするビジネスをして、世の中を変えてほしい」という約束を果たすために、彼はカンボジアの子どもたちをサポートするプロジェクトに邁進してきたのだ。
また、日々の仕事に対する考え方については、こう付け加えてくれた。
「世の中には仕事が大変で朝起きたときに会社に行きたくないっていう人がたくさんいるよね。そう思う気持ちはわかるつもりだ。でも、いやいや働くっていうのは、それこそ僕にしたら耐えられないことだ。内側から徐々に自分が死んでいくように感じるだろう。だから、もしその仕事をするならば、まず、そのことを受け入れる必要があると思う。僕にとっては、ビジネスを始めてからいちばん困難なことと言えば、『自分に何ができるか』を自問することだ。自分が何者で、誰に対して何ができるか。今でも考え続けていることだよ」と。
そんなシリアスな話をするときでもユーモアと笑顔を絶やさない彼からは、切実な使命感というよりも、今を生きる充実感が溢れ出ており、そのパーソナリティにはただ感服するほかはない。
BeeKeeper Paradeが目指すのは「希望に満ちた暮らしをみんなができるように」というビジョンであり、理念のなかには「Bee More」という言葉がある。これは、Be Moreと彼らのブランド名を掛けた言葉遊びだが、その意味は「“自分らしく”というのは人それぞれだけれど、Bee Moreには、もっと何かを良くしよう、もっと自分らしくいよう、自分のポテンシャルをもっと発揮して夢を追おう。そんな思いを込めているんだ」とKokyは丁寧に説明してくれた。日本の目の肥えた消費者に、彼らのメッセージがどのように届くか、今から楽しみだ。