「よい構造」は美しく シンプルなはず
ビジネス図解研究所 近藤哲朗さん

Photos by Kaori Nishida

2018年に刊行し、7万部のヒットとなった書籍「ビジネスモデル2.0 図鑑」(KADOKAWA)。独自のフォーマットに基づいて100のビジネスモデルを図解し、そのモデルの創造性、社会性、経済合理性のバランスをあぶり出した。著者のひとりであり、ビジネス図解研究所を主宰する近藤哲朗さんにビジネスモデルを図解することになったきっかけや、書籍のコンセプト、そして本書にAXISフォントを採用した理由などを聞いた。

▲株式会社そろそろ 代表取締役社長、ビジネス図解研究所 主宰 近藤哲朗さん

——面白法人カヤックでウェブディレクター職を経て、2014年に株式会社そろそろを立ち上げました。独立のきっかけを教えてください。

カヤックは、課題をクリエイティブに面白く解決するというスタンスの制作会社。僕はウェブサイトやアプリの企画制作をしていました。商品のプロモーションの仕事が多かったのですが、やっていくうちに、クリエイティブに問題を解決することが本当に求められているのは、より課題が深刻なところやソーシャルな領域ではないかと考えるようになったんです。そこで同じような考えをもつメンバーと一緒に、「ソーシャル×クリエイティブ」というコンセプトで「そろそろ」を設立しました。

——「そろそろ」ではどんなことをしているのですか

ソーシャルな課題に取り組んでいる組織が、自らの活動を発信し、認知してもらうためのクリエイティブな支援です。具体的には組織のウェブサイトやブランドロゴ、印刷物などを制作しています。クライアントは、障害のある方のサポートをしているNPOや、子どもの貧困や社会的孤立に取り組んでいるNPO。ほかにも、再生可能エネルギー100%でエネルギーの地産地消を促進したいと考えている電力会社などの発信をお手伝いをしています。

——社会的意義はあるけれど、簡単ではなさそうですね。

そうなんです。社会で必要とされている活動にもかかわらず、行政も支援しきれていない。企業も参入しにくい。お金が回っていかないのです。僕たちがいくら「ソーシャル×クリエイティブ」で社会的課題を解決したいと思っても、単に認知を増やすだけではどうにもならない。どれだけよい活動でも、持続しなければインパクトが弱い。

そこで僕はビジネスの必要性を感じてビジネススクール(経営大学院)に入ることにしました。これまでずっとエンジニアやクリエイターと呼ばれる人たちと仕事をしてきたので、正直ビジネスには苦手意識がありました。でも行ってみたらめちゃくちゃ面白かったんですよ。ビジネスって、世の中の流れに直結していて、仕組みもよく考えられている。よいビジネスは経済合理性があって持続性もある。僕はもともと裏側の仕組みや構造を知るのが好きだったので、のめり込んでいきました。

——そこからビジネスモデルを図解しはじめたのですか。

はい。ビジネススクールの勉強って、基本的にはケーススタディをもとに「さてここで経営状況が変化しました。あなたならどう考えますか」といったことをレポートにまとめていくんです。長い文章を読み込んでエッセンスをつかみ、事例を抽象化するという作業の連続。

でも僕は文章が苦手で、むしろ絵で理解したいタイプ。授業が終わった後、みんなでメーリングリスト上で振り返りをしているときに、僕だけ復習したことを図にして送っていたんです。そこから自分なりに読み解いたことを図にするという個人的な勉強がはじまりました。

ビジネスとは、ある主体が何かしら価値があるものをつくり、それをお客さんに提供することで、対価としてお金をもらうこと。僕がいちばん興味を持ったのは、そのなかでどんな人が関係していて、それぞれどんな価値の交換をしているのか。ビジネスの仕組み、つまりビジネスモデルを知りたかったんです。

▲「ビジネスモデル2.0 図鑑」より。AXISフォントを使用。

50人で1冊の本をつくる

——近藤さんが考えるビジネスモデル図解においては何がポイントですか。

「そろそろ」はソーシャルとクリエイティブを意識した会社で、僕はそこに3つ目の経済合理性(ビジネス)を含めたいという気持ちでビジネススクールに行きました。なので、経済合理性だけが満たされたらそれでいいのかといえば、僕たちはそうではありません。儲けに走りすぎて何かを犠牲にし、課題解決から遠ざかってしまったら意味がない。ソーシャル(S)、クリエイティブ(C)、ビジネス(B)の3つがうまくバランスしている状態が大切なのです。

この本を出すことが決まったとき、SNSでメンバーを50人くらい募りました。ひとりで事例を集めるとSCBの視点が偏るので、いろいろな業界の人が面白い事例を推薦しあうほうがいい。最終的には主観で選びますが、僕ひとりの主観ではなく、50人の主観が合わさることで客観性を持ちます。

例えば、あるビジネスが成長性も経済合理性もあって、通常では思いつかないような面白い仕組みになっているとします。けれど調べるうちに、労働を搾取しているとか、環境汚染で訴えられているといった情報を見つけたら選定対象から外します。調査フォーマットを用意して、みんなでそれを埋めていくことをルール化して、スクリーニングしていきました。

——100のビジネスモデルを図解して本を作るというプロジェクトは、「ビジネス図解研究所」というコミュニティとして継続しています。どんな人たちが参加しているのでしょうか。

大きく分けて2つ。ひとつは、純粋に学びたい人。さまざまなビジネスモデルを見ることで自分の本業に生かしたいというモチベーション。もうひとつは、仕事は違っても僕らと同じ志や価値観を持つ人。またはそういう仲間がほしい人。これまで3回メンバーを募集して、趣旨やコンセプトを理解してもらい、その上でだいたい50人くらいに収まるように調整しています。

▲ビジネスモデル2.0 図鑑」では、100のビジネスモデルを紹介。

——どんなプロセスで図解するのでしょう。

本を作ったときは50人が5つのチームに分かれて、それぞれ担当する事例のボードを立ち上げ、自分たちで図解のステータスを進めていきました。その際、Trello(トレロ)というインターネットツールを使います。最終レビューでOKが出たら完了ステータスに進み、修正すべきことがあればレビューバックのステータスに戻します。このボードを見れば、誰が何をしているか、どんなステータスかがすぐにわかります。ほかにもSlack(スラック)やGoogleスライドといったツールを導入して、リアルタイムに共同編集したり、コメントの履歴やバージョンを残すことで作業を効率化しています。

——大変だったことはありますか。

僕らの図解で一番重要なルールは、ビジネスモデルを3×3のマス目に収めること。多様なビジネスモデルを共通のフォーマットで見せることが、僕らの特徴でもあるのですが、最初はこのルールを意識できていない人が多かったですね。あと、自分が携わっている業界の場合、どうしてもその専門用語を使ってしまいがち。一般の人にはわからないので、できるだけ専門用語を壊して平易な表現にするように気をつけました。

——近藤さんの役割は?

僕は最初の10個くらいは形にしましたが、残りは50人のメンバーにつくってもらいました。でも50人で1冊の本をつくるためには形式化が必要です。僕は何をしたかというと、ルールを設計したり、ツールを導入したり、みんなが動きやすい環境をつくることに専念していました。僕は、ものごとの裏側にある仕組みや構造を読み解くのが好きだし、それを設計して現場に生かすことが好きなんですよ。だからルールをつくって満足しちゃうところもあって(笑)。自分ひとりでは決してこの本を作ることはできませんでした。

▲「ビジネスモデル2.0 図鑑」。ビジネスモデルを3×3のマス目に収めることが基本ルール。

ビジネスに苦手意識のある人に手にとってほしい

——この本は見た目もポップでいわゆる“ビジネス書らしさ”がないですね。

ブックデザインを担当した吉岡秀典さん(セプテンバーカウボーイ)と話したのは、僕のように、これまでビジネス書を読んだことのなかった人、苦手意識がある人、全く違う領域の人に手に取ってもらいたいということでした。図解に用いるアイコンやパーツは、僕がもともと使っていたものを見た吉岡さんが「味があるからこれを生かしてデザインしたほうがいい」と言って、既存のイメージを踏襲しながら、レイアウト、本文組、紙までこだわってくれました。

——全面的にAXISフォントを使っています。

僕自身が仕事でAXISフォントをずっと使っているので、吉岡さんが本でも採用してくれたんです。AXISフォントを使いはじめたのは5、6年前で、資料をつくるためのフォントを探していたときに、一緒に働いていた人が使っていて「いいな」と思ったのがきっかけ。洗練されていて、ニュートラルで、さまざまなウェイトがあってとても使いやすいんです。以降、企画書やプレゼンなどあらゆる資料で、AXISフォントしか使っていません。ものごとをシンプルに伝えたいという想いがあるので、それに合ったフォントだと思います。

▲近藤さんは企画書などでもAXISフォントを使用。

——本は7万部の大ヒットとなっています。

いろいろな反響をいただいて、多くの企業から講演やワークショップの依頼が増えています。ワークショップでは、既存の事例を図にしてみたり、クライアントのビジネスモデルを図解することもあります。相手のビジネスモデルを理解しながら、より深みのある提案をするのが目的です。全く新しく自社のビジネスモデルを考えることもあります。でも実際にやってみると、新しいものを考えるより、現状のモデルを図にしただけで「この矢印(お金の流れ)は考えられていなかった」とか「こういう関係者がいるかも」といった過不足が見えてくる。社内でそういう議論が生まれることが大事で、意外に効果があるようです。

本来のシンプルな姿に戻したい

——今後の展望を教えてください。

今、2冊目の本をつくろうとしています。こちらはビジネスモデルではなくて、ビジネスワードを図解するというもの。僕がビジネススクールに行っていたときに個人的な勉強として取り組んでいたのですが、周りの人に見せたら「いいね」と言ってくれて。

例えば、財務諸表っていくつかの要素で成り立っていて、それらを掛け合わせることで色々な指標や試算ができるんですよ。一見複雑な概念も、要素を分解して図にし、その裏側にある仕組みや構造を読み解いてみると、ぐっと分かりやすくなる。例えば、「なんとなくROE(自己資本利益率)という言葉を聞いたことがある」という人が、この本を見ることで「こういう意味なのか」「全体像はこうなっているのか」とビジネスを身近に感じたり、もっと能動的に学びたいと思うきっかけになればいいなと思います。

——近藤さん個人としては、どうしても仕組みや構造を知ることが好きなんですね。

ひたすらそれをやっていますね。もともと数学が好きで、「よい構造は美しくあるべき」という信念があるんです。建築もシンプルな機能美が美しいと感じるように、よいビジネスも本質を辿っていくと情報が構造化されていて美しい。本当はもっとシンプルなはずのに、伝えるときに難しく変換されてしまっているのかな、と思うことが多くて。僕はその難しさを解体していきたい。そして本来のシンプルな姿に戻していきたいんです。

——ありがとうございました。End

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