「ガラスの家」での記念展と初期作品のミニチュア発表
活動35年を迎えたカンパナ兄弟の現在

デザイン価値の低い日用雑貨や素材を使って奇抜な家具を制作することで世界に知られるブラジルのカンパナ兄弟が、今年で自らのスタジオの創立35年を迎えた。

それを記念して、サンパウロの文化財団「ガラスの家」でインスタレーション「宙吊りの庭(Jardim Suspenso)」を展示するとともに、兄弟による初めての共作であった「デスコンフォルターヴェイス(Desconfortáveis)」のミニチュアを発表した。

敬愛するリナ・ボ・バルディの邸宅での展示

▲かつて牧場だった土地に立つ「ガラスの家」。リナ・ボ・バルディが、原生の木々を植え林として再生した庭園。

サンパウロ郊外の高級住宅街の小高い敷地に立つ「ガラスの家」は、かつてブラジルで活躍したイタリア人建築家リナ・ボ・バルディ(1914―1992)が処女作として1951年に建てた自邸だ。街の中心部から離れていながらも、国内外の建築好きからブラジルの建築遺産の一つとして長年愛されてきた。ここは、ボ・バルディの生前にはアーティストのサロンとしての役割を担い、国内のクリエイターばかりでなく、ジョン・ケージ、ジオ・ポンティ、アルド・ファン・アイクなど世界で著名な建築家やデザイナーが、彼女に会いに訪れたそうだ。

この、前面・側面がガラス張りのモダニズム建築の、かつてリビングルームだった展示スペースに、カンパナ兄弟は、毛羽立った複数の植物の幹のようなインスタレーションを展示した。

▲シリーズ「デスコンフォルターヴェイス」発表当時のオリジナルポスター。副題は「アヴァンギャルドな家具」。

熱帯性樹木の鬱蒼と茂る「ガラスの家」の庭園から得たインスピレーションを元に制作した作品で、カンパナ兄弟は自然の要素を建築の中に持ち込むことによって、人為による創造と自然を対置することを意図したのだという。

作品は、樹木がボ・バルディの建築を宙空に持ち上げたようなイメージを形づくるため、枯れた茶色のヤシの葉の繊維を束ねて、円柱状に重ねるようにつくられた。

▲整然とした空間に立ち並ぶインスタレーションと窓辺に迫る樹木とが静と動のコントラストを描いている。

▲インスタレーションの設置により「ガラスの家」の床材のグラデーションにも目を奪われる。

カンパナ兄弟にとって、ボ・バルディは尊敬の対象であり、かつ影響を受けた存在だったという。ボ・バルディは、60年代にブラジル各地の民芸品や日用雑貨を調査、収集し、それらの中に宿るアノニマスなデザイン性にいち早く着目した一人でもあった。

兄のウンベルト・カンパナは、かつてデザインに興味を持ち始めた青年時代に、ボ・バルディがいかにブラジルを観察し、表現したかを理解することに熱を上げたという。

「リナ(ボ・バルディ)は、常に私たちにとって大きな刺激でした。私は、彼女がブラジル大衆文化に対して持っていた外国人としての眼差しを身に着けたかったのです。彼女はブラジル文化の持つエレガンスや手作り感を最初に評価した一人でした。今回のインスタレーションは彼女に対してのオマージュです。彼女の家で発表できたことは私たちにとってとても意義のあることです」とウンベルトは展示についてテレビ番組のインタビューに答えている。

協働の始まり「デスコンフォルターヴェイス」と社会活動

インスタレーションのオープニングと時を同じくして発表されたのが「デスコンフォルターヴェイス」のミニチュアだった。「デスコンフォルターヴェイス」は、80年代末につくれた、鉄板を素材とした椅子や彫刻作品など30種類以上のシリーズ作品だ。この度、そのなかから10種類の椅子がミニチュア化された。

▲「デスコンフォルターヴェイス」からウンベルトが作った「ポジティヴ」(左)とフェルナンド作の「ネガティヴ」のミニチュア。
Photo by Fernando Laszlo

同シリーズ制作のきっかけは、ウンベルトが遭った水難事故だった。1988年にボートでコロラド川の川下りをしていた際に、渦に飲み込まれ、九死に一生を得る経験をしたのだそうだ。

ウンベルト氏はその夜、キャンプ場で渦巻きのデザインを素描し、ブラジルに帰国してから渦巻き模様をあしらった鉄製の椅子を自作したのである。

一方、弟のフェルナンド・カンパナ氏は、兄の椅子の制作で余った素材を利用し、対となるもう一つの椅子をつくり、これが撮影用フィルムのポジとネガのようであったことから前者を「ポジティブ」、後者を「ネガティブ」と命名したのだった。

▲展覧会「宙づりの庭」では、ミニチュア全10種も展示された。それぞれ950レアル(約2万5000円)。

現在まで続く兄弟の協働はここに始まった。鉄板を素材に次々と制作した一品物の椅子、ソファやオブジェをシリーズ化すると、1989年にキャリア初の展覧会としてサンパウロで、「デスコンフォルターヴェイス」の名で発表したのだった。そのタイトルは、「居心地の悪い」という意味の形容詞で、通常椅子に求められる機能性や座り心地は端から度外視した作り手としての姿勢を表している。

この「アート性>機能性」の姿勢こそは、カンパナ兄弟が現在まで貫いてきた主義と言えるだろう。シリーズは発表当時、商業的に成功しなかったが、現在ではカンパナ兄弟の象徴的な作品として世界各地で収蔵されている。

それぞれ100個限定で制作されたミニチュア・チェア10種は、カンパナ兄弟が設立した「カンパナ財団」から販売されている。2009年設立のこの非営利団体は、カンパナ兄弟の培ったデザイン・コンセプトを基にして、手仕事の再評価、デザインを介したソーシャル・インクルージョン、そして次世代の育成を目的として活動しており、ミニチュア販売の収益は財団の社会活動に投じられる。

その活動の一例として、サンパウロ州と市の教会系慈善団体との提携では、団体が保護する路上生活者の社会復帰プログラムに協力している。これはカンパナ財団の仲介で団体所在地そばの赤レンガ工場から毎月譲り受ける素焼き前の柔らかい赤レンガを、路上生活者各々が、指導者の手ほどきのもと、自由に形を変える創作活動だ。再び工場に戻され素焼きされた作品は、市の文化施設を通じて展示・販売される。路上生活者の社会参加意欲の向上と慈善団体の自立した収益を後押しする役割を担っているのだ。

▲ピラシカバ市でのカンパナ財団の活動の一コマ。手作業と創造性を促す実践的教育が団体の主な活動だ。
Photo by Dimitry Suzana

▲素焼き前の赤レンガが、路上生活者らによって一点物の作品に変えられた。
Photo by Fernando Laszlo

カンパナ兄弟の今後の展開

今後のカンパナ兄弟の活動としては、来年3月にリオデジャネイロ近代美術館で大規模展覧会を予定している他、同年4月には、ニューヨークの出版社リゾーリから新たな作品集(タイトル未定)を発表する予定だ。リオデジャネイロでの展覧会では、100点以上の作品を展示する構想で、カンパナ兄弟のユートピア的な世界をインタラクティブな展示で楽しめる内容となりそうだ。End

▲二人三脚でブラジルから世界へと躍進したフェルナンド(左)とウンベルトのカンパナ兄弟。
Photo by Vavá Ribeiro