オランダ発 地球規模の課題をデザインの力で解決
プラットフォーム 「What Design Can Do」は世界を変えられるか?

デザイナーであれば、デザインが社会に果たす役割を考える機会は少なくないだろう。「デザインにできること」をテーマにオランダで9年前に始まった「What Design Can Do(略:WDCD)」は、万国共通の課題に対して世界中からプロポーザルを募り、優れたソリューションを選出、社会での実装までを視野に入れているプラットフォームだ。

▲What Design Can Doの紹介動画

大きなテーマとどう向き合うか

WDCDでこれまでに取り組んできたテーマは、「難民」(2016-17)、「気候変動」(2017-18)、「児童虐待」(2018)、「クリーンエネルギー」(2018-19)、「ゴミ」(2020-21)と国や地域に限定しない地球規模の課題だ。

テーマを決めるにあたっては、メンバーが時間をかけて議論し、リサーチを重ねる。その上で、専門家の意見を聞き最終決定される。児童虐待については、オランダ法務省からのオファーがあったという。多くのデザイナーは、これらのあまりに壮大な課題にたじろぐかもしれない。WDCDファウンダーのリチャード・ファンデルラーケン氏は言う。

▲WDCDファウンダーのリチャード・ファンデルラーケン氏。グラフィックデザイナーでもある。
Photo by Tatsuya Hirota

「人は、大きな問題を目の前にすると落ち込むし、うんざりする。そんなときは課題を大きいままではなく、自分に何ができるかを考え、現実の問題として小さいスケールで、捉えることが大事だ」と。

▲クリーンエネルギーチャレンジのプロモーションビデオ

風刺ビジュアルを通して「いま」を伝える

では、なぜグラフィックデザイナーであるファンデルラーケン氏がWDCDのような活動を始めたのか。その理由は、社会との関係性にある。

自身が共同経営を行うデザインエージェンシー、De Designpolitieの代表的な仕事に、風刺ビジュアルを制作するプロジェクト「Gorilla」がある。

Gorillaは、その日のニュースから、いま起きていることへのリアクションとして、2006年から週6日、10年間にわたり、オランダ国内の発行部数第3位を誇る新聞、デ・フォルクスラント(De Volkskrant)に連載された。

当然ながら政治や宗教にまつわるセンシティブな話題もあり、表現によってはテロの標的になりかねない。だが、そこは、デザインの腕の見せどころ。シリアスでハードな内容であってもアイロニーとユーモアを込めたアプローチとアイコン的なビジュアルを用い、過激にならずに真意を伝えることで、多くの読者の共感を得ることに成功した。

▲風刺ビジュアルを制作するプロジェクト「Gorilla」。

デザインをする上で大切にするのは、Optimism(楽観主義)

Gorillaは、現在も週刊誌、De Groene Amsterdammerに連載されている。

このようにデザイナーが公の場で直接メッセージを発信できるのは、やはりデザインの役割が社会に広く認知されているオランダならではだろう。オランダは、表現の自由度ランキングで2位(2014年)、他の年もほぼ1から5位をキープし、北欧諸国と肩を並べる。

ファンデルラーケン氏はその事実を、Gorillaに参加したいとスタジオに入った若者が制作した表現の自由度ランキングを示す地図を見て初めて気づいたという。

その若者の出身地であるギリシャは、EU加盟国であるにもかかわらず99位。そして日本は67位と意外と低い。

▲表現の自由度ランキング。1位はフィンランド、2位オランダ、3位ノルウェーと続き、ギリシャは99位。

「表現の自由が保障されているオランダではやりたいことができる。ある種の特権を得ていることを、環境が担保されていないギリシャから来た若者が教えてくれたのはラッキーでした。それなら、私はデザイナーなので『What Design Can Do』をやろうと思いました。自分が置かれている状況に対して、より良くなる方向性を見つけようとする前向きな気持ちで、自分たちに何ができるのか(できないかではなく)を楽観的に考えてみる。そしてそのためのプラットフォームを立ち上げたのです」

日本におけるWDCD

▲日本で開催されたトークイベントの様子。
Photo by Tatsuya Hirota

去る9月7日、ファンデルラーケン氏によるトークイベントがSHIBAURA HOUSEで行われた。今回、氏を招聘し、WDCDの活動を紹介したSHIBAURA HOUSE代表の伊東勝氏は言う。

「このイベントを企画した理由は、とてもシンプルで『こんなイベントが東京でもあったらいいな』と率直に思ったからです。言うまでもなく、東京には数多くの優秀なクリエイター、またそれを志す若い人達がいます。一方で、私たちの身の回りにはさまざまな社会課題がたくさんある。でも、その間につながりがあるかといえば、まだまだ希薄なように映ります。世界的な潮流からみても、日本が非常に遅れているのかもしれません。もう”デザイン”が広告や建築だけに使われる理由はないのです。とはいえ、日本のデザイン教育の過程においても、社会に出てからの「業界」においても、自ら目を向けなければ社会課題との接点を見出すのは難しいでしょう」

▲トーク後に行われた「Speed Date」。デザイナーとソーシャルベンチャーなどがコラボレーションの相手を見つけられるよう現地で行われているマッチングイベントだ。相手を次々と変えるルールで参加者同士の円滑なコミュニケーションが図られた。
Photo by Tatsuya Hirota

「しかしWDCDで紹介されるプロジェクトを見てみると、デザインが何かの問題を解決に導く可能性、もしくはデザイナーとしての職能がもっと社会にとって有用であることに気づかされます。私たちは、今回の招聘がそのような”欠落”を埋める何かのきっかけになることを期待しています」

▲現在、2016年から3年かけて難民問題のチャレンジで受賞した5プロジェクトのうち4つが継続している。難民のためのアグリシェルターは、ミラノでプロトタイプが制作され、町に提案中。承認がおりれば実現する。

そのほかにも、WDCDではクリエイティブなコミュニティづくりにも力を入れている。その一環としてアムステルダム、メキシコ、サンパウロでそれぞれ年に1回、シンポジウムを行う他、フェスやワークショップなども開催している。

日本でこのような活動が根付いていくかははなはだ未知数ではあるが、興味を持った方は来年から始まるゴミ問題にチャレンジしてみてはいかがだろうか。End