この秋行きたいロンドンのエキシビション (3)。
サーペンタイン・ギャラリーのAR建築展

ロンドン・デザイン・フェスティバルが開かれ、多くのクリエイターが集まるロンドンで、現在、見逃せない3つのエキシビションを紹介する。その最終回は、サーペンタイン・ギャラリーのAR建築展、その名も「Augumented Architecture ーーThe Deep Listener」

前回、フィーチャーしたヴィクトリア・アンド・アルバート・ミュージアムは、ロンドン・デザイン・フェスティバルの会場にもなっているので必然的に訪れる人は多いだろうが、その徒歩圏にあるのがサーペンタイン・ギャラリーだ。

このギャラリーを有名にしたのは「サーペンタイン・パビリオン」。これは、ケンジントン公園内にあるギャラリーの前に、夏限定の仮設建築を出現させるというもの。ザハ・ハディドやビャルケ・インゲルス、伊東豊雄など、毎年、名だたる建築家が設計することで、ロンドンの夏の恒例行事になっている。今年の建築家は石上純也。2019年10月6日まで建物が一般公開されるだけでなく、「パーク・ナイト」と銘打ったレクチャーやイベントも行っている。

▲石上純也による2019年サーペンタイン・パビリオン

そうしたリアルな建築に加えて、サーペンタイン・ギャラリーは今年初めにパビリオンとは別の、新たな建築展示を一般公募した。そのテーマは「Augumented Architecture」。仮想世界に誘うVR(バーチャル・リアリティ)に対し、AR(拡張現実)は現実の一部を拡張することで、現実と虚像の世界を行き来する。当初はどのような建築になるのか見当もつかなかったが、建築家のデイヴィッド・アジャイ、ファッションデザイナーのヴァージル・アブロー、グーグルのアーツ&カルチャー部門が審査に当たった。こうして7月に発表されたのが、ニューヨーク在住のデンマーク人アーティスト、Jacob Kudsk Steensenによる「The Deep Listner」だった。

▲アーティスト、Jacob Kudsk Steensen ©2019 Fiona Hanson

会場ではまず、専用アプリをスマートフォンにダウンロードしなくてはならない。終わると公園マップに5つの鑑賞スポットがドットでプロットされる。スマホのGPSと連動し、目的地に着くと、画面からAR画像がサウンドとともに現れるという仕組みだ。

▲「The Deep Listener」のアプリ

ギャラリーのエントランス近くにあるアート作品「London Plane Tree」にスマホを向けてみる。すると、パリパリというサウンドとともに、彫刻作品から枝がどんどん伸びて、スマホを持つ手に迫ってくる。皆、歓声をあげて枝から逃げようとするが、それでも枝の伸びは止まらない。


▲「The Deep Listener」はこのように見える ©2019 Fiona Hanson

園内の池に移動すると、画面に無数の黒い影が動物の鳴き声とともに現れた。驚いて動き回ると、スクリーンにはどこからともなく、黒い影が消えては現れてくる。この黒い影こそ、公園内に棲息する都会のコウモリなのだ。鳴き声は、コウモリ専門の動物学者が監修に当たったという。

▲都会に棲むコウモリが舞う様子

アーティストのJacob Kudsk SteensenはVRを巧みに使い、デジタルと現実世界を共存させるが、「The Deep Listner」を制作するにあたって数カ月間、木々や葉、地衣類に至るまで、写真を撮り続けたという。次第に今まで気づかなかった植物の変化や昆虫、動物の存在を五感で感じるようになったと語っていた。この過程こそ、アーティストにとって公園という空間の理解に役立ち、またARを用いることで鑑賞者にも深い空間体験を可能にしたのだ。

▲トンボの羽や木の枝の美しい細部が、スマートフォンのスクリーンから楽しめる

サーペンタイン・ギャラリーは作品の公募にあたり、3つのブリーフを設けたという。それは、作品を通じて「ロンドンの街を再発見」し、「公園という空間を再考」することで、最終的に「ギャラリーのある場所をさらに再活性化する」というものだ。スマホとARを用いたゲームソフトは多くあるが、それらがAugmented Architectureと決定的に違うのは、ロケーションへのリスペクトにほかならない。来年も同様の公募が行われるのか未定だが、「The Deep Listner」は現在のところ無期限で公開中。リアルとVRという2つの空間を楽しめるとあって、評判は上々だ。End