この秋行きたいロンドンのエキシビション(2)。
V&AのFOOD展と歴史的食パンの復活

▲V&A FOOD展の食べられるチケット ©Victoria and Albert Museum, London

ロンドン・デザイン・フェスティバルが開かれ、多くのクリエイターが集まるロンドンで、現在、見逃せない3つのエキシビションを紹介する。その第二弾は、ヴィクトリア・アンド・アルバート・ミュージアム(V&A)の「FOOD: Bigger than the plate(その一皿よりも、実は意味深い) 」展(2019年10月20日まで)と、そこで見つけた英国の歴史的食パンの復活物だ。

フードに対するデザインからの取り組みは、単に食器やカトラリーのデザインといった形あるものにとどまらない。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)からは、容器のない食べられる水「Ooho」、オランダのデザインアカデミー・アイントホーフェンからは、手や指を皿やカトラリーの代わりにすることで、食べるという行為を考え直す「Con Tatto」、スイスのローザンヌ芸術大学Ecalでは、昆虫を混ぜたソーセージによって昨今の肉不足を解消しようという試み「The Future Sausage」などがある。これらはすでにデザイン誌「AXIS」でも紹介していたが、今回のV&Aの展示にも含まれている。

▲Skipping Rocks Labによる、食べられる水「Ooho」

▲The Future Sausage by Carolien Niebling, Photo by Noortje Knulst

今回の展示で一番のハイライトは、なんと言っても、LOCI FOOD Labのデモンストレーションだ。フードトラックならぬカウンターテーブルに設置されたスクリーンには、「バイオリージョン」という生態系を通じて食べ物の好みを調査するというイントロダクションが映し出される。次の画面では、ヴィーガン、オープン・ソースといった15項目から、各人が好みのフードシステムを3つ選択、すると番号札が手渡される。やがて番号が呼ばれると、嗜好に沿って配合された味がレシピとともに配られるというわけだ。ちなみに、筆者は「デリシャス」「カッティング・エッジ」「バイオダイヴァース」を選んだが、デモに参加した24,252人中、この組み合わせの人は他に皆無という結果が書いてあり、デモンストレーターとともに大爆笑した。

▲Loci Food Labのスタンド

▲アンケートをもとに、自分好みの味を配合してくれる

そのほかの展示では、サーキュラー・エコノミーと言えるような、V&Aのコーヒーショップが排出するコーヒーカスを用いてキノコを会場で栽培するGroCycleによる「アーバン・マッシュルーム」、牛糞からセラミックのトイレをつくるGiantonio Locatelliによる「Merdacotta」などが人気を集めている。個人的には、ピッカーが匍匐前進でレタスを収穫する様子や、魚のはらわたを機械がどんどんさばく様子を追ったNikolaus Geyrhalter監督によるショートフィルム「Our Daily Bread」が、幼児には適さないと記されているとおり、ショッキングで印象に残った。

▲Urban Mushroom by GroCycle

▲Merdacotta by Giantonio Locatelli

V&Aらしく多岐にわたるテーマを網羅した内容だが、そのなかに「これって、近所のベーカリーでは?」とおぼしき食パンも展示されていた。食パンの名前は「Veda」。Laura Wilsonというアーティスト名の下にはパン製造元として「Darvells, Chesham」と記されている。後日、このベーカリー「Darvells Family Bakery」を訪れると、奥から店主でパン職人のMarc Darvellが現れた。

▲Veda

1900年スコットランド発祥のVedaは、小麦に安価なモルト・オーツと大麦を配合した、栄養価の高い庶民のための食パン。力を入れてこねる必要がなく日持ちするため、第一次大戦中は女性のパン職人が戦地の兵士に送った歴史もある。第二次大戦後には、それまで高価だった白い食パンが大量生産され、Vedaは衰退。北アイルランド以外のつくり手はいなくなってしまったという。たまたまロンドン近郊のCheshamを訪れたアーティストのLaura Wilsonは、偶然このパン職人と出会い、北アイルランドのVedaは味も食感もオリジナルとは異なると、昔のものを再現しようとプロジェクトを立ち上げたそうだ。

▲現在のVedaの製造風景

▲Darvells Family Bakery店内のVedaの認定証

「このパンは特殊な製法と食感なので、コンサバな人たちはあまり好まず、毎日はつくらない。でも、希望があれば君のためにつくってあげるよ。アーティストのLauraにも連絡を取っておく」とDarvellは請け負ってくれた。半信半疑だったが、次の週、筆者の携帯電話が鳴ったのだ。

▲アーティストLaura Wilsonとパン職人のMarc Darvells

アーティストのLauraは、「もともとVedaは“幻のパン”と呼ばれ、製法が極秘だったため、レシピをたどるのが困難だった。また、機械や材料の質が改善されているので、現代風にアレンジすることも必要だった」と振り返った。「Vedaは朝6時にオーブンに入れてから昼の2時まで焼かねばならず、また半日は寝かさないと柔らかすぎて切れない」とDarvellは説明する。

▲V&Aの前で開かれたフードフェスティバルの模様

▲V&Aでは、Laura Wilsonの監督により、Vedaのパン生地を用いたダンスも披露された

購入したVedaを焼いて食べてみると、モチっとした食感で、なかなか美味。そのまま10日ほど日持ちするだけでなく、冷凍すれば非常食にもなる。このパンに興味がある人は、Vedaのサイトから直接、Laura Wilsonにメールを打つのが最適だ。V&Aの展覧会をきっかけに、実は地元のパン屋が1838年創業の5代も続く老舗だとわかった。これだから、展覧会では何が起こるかわからない。Darvells Family Bakeryは種類豊富な美味しい店なので、時間に余裕があれば、ロンドンから地下鉄メトロポリタン線に乗って、最終駅Cheshamから訪ねてはいかがだろうか。End

▲Vedaを食す。シンプルにトーストして、バターを塗るのがオススメ