REPORT | アート / 展覧会
2019.09.17 16:11
ロンドン・デザイン・フェスティバルが9月14日から始まり、日本から英国を訪れる人も多いなか、見逃せないエキシビションを厳選して3つ紹介したい。その第一弾は、テート・モダンの「Olafur Eliasson: In Real Life」。アーティストのオラファー・エリアソンを知る格好の機会であるとともに、併設のベジタリアン・カフェも見逃せない。
テート・モダンとオラファー・エリアソンと言えば、2003年に発表した「Weather Project」があまりにも有名だ。当時テート・モダンのディレクターだったニコラス・セロータが、まだ広く名前が知られていなかったエリアソンに、ターバインホールでの展示を依頼。彼が制作した沈まぬ人工の太陽を眺めながら、多くの観客は何時間も床に寝そべり、やがて見知らぬ者同士が静かに時間を共有したことは、今もロンドンのアートシーンで語り草となっている。この作品展示がきっかけとなって、エリアソンは著名アーティストの仲間入りを果たしたのだ。
それから、16年後の現在、テート・モダン新館で開催中の「Olafur Eliasson: In Real Life」は、彼のこれまでの軌跡を示すべく、約40もの作品を一堂に集めた大規模なものだ。エレベーターを降りると、いきなり強く黄色い光に包まれる。これは「Room for one colour」(1997年)という作品で、展示会場に入る前からエリアソンの世界に包み込まれる。
会場では、存在しない窓の影を壁に映し出す「Window Projection」(1990年)や、壁横20mに北欧の苔を敷き詰めた「Moss Wall」(1994年)といった初期の作品から、最新の彫刻作品「The Presence of absence pavilion」(2019年)までが網羅される。北極圏の流氷を持ち込み、その溶ける様から地球温暖化を警告する「Ice Watch」は昨年ロンドンでも展示されたが、新作「The Presence of absence pavilion」(2019年)では氷の溶ける様を四角いブロンズ像で示している。
エリアソンの作品には、光と影を題材にした体験型のものが多い。光の前に観客が佇むと何色もの影が現れる「Your Uncertain Shadow」(2010年)。小さなドアを開けると濃い霧と黄色い光が立ち込めていて、観客は前を通る人の影を手がかりに出口までたどり着く「Din blind passenger (Your blind passenger)」(2010年)といった作品は、わくわくしながら楽しみながら、ふと自らの存在について考えさせられるのだ。
「Beauty」(1993年)では、室内に降り注ぐ人工の霧雨が虹をつくり、「Bing Bang Fountain」(2014年)では吹き出す水が暗い部屋のなかでストロボによって浮かび上がる。確固としたフォルムをもたない流れる“水”ですら、美術館の中で彫刻に生まれ変わることを教えてくれる。
また、彼がつくり出すフォルムは、模型で埋め尽くされた「Model Room」(2003年)や、「Stardust particle」(2014年)、「Your Spiral View」(2014年)を代表するように、キネティックでミニマルなものも多い。エリアソンの美的感覚は、デンマーク育ちゆえ北欧に影響されているものと思っていたが、会場では流木でつくった民族調のオブジェが天井から吊り下げられていた。「Adrift compass」(2019年)は、彼の生まれ故郷であるアイスランドの伝統的なコンパスからインスピレーションを得ているといった具合だ。
「The Expanded Studio」と名付けられた最後の展示室は、スタジオ・オラファー・エリアソンのブランチ的な役割を果たす。壁には、最近の建築プロジェクトや思考プロセスを示すイメージが、所狭しと貼られている。そのなかにはAXIS187号で紹介した「リトル・サン」(2017年)もフューチャーされた。電気の通らないアフリカの家庭の多くは、いまだガソリンで灯した炎を照明にしている。地球温暖化を少しでも防ぎたいという思いが詰まったエリアソンのソーラーライト「リトル・サン」は、先進国と後進国で異なる価格設定というだけでなく、後進国に販売権を与えることで経済的自立を促進しようというソーシャル・プロジェクトでもある。彼はアーティストながら、この製品のために会社を興して尽力している。
テート・モダンのオープニングでは、エリアソンとも話す機会を得た。来春、本展をアレンジした作品展を東京都現代美術館で開催予定とのこと。また、最後に「この下にあるカフェにもぜひ行ったみて!」と笑顔を見せた。
カフェでは会期中限定で、ベルリンにある彼のスタジオのキッチンとコラボレーション。最上階にカフェがあり、昼食ともなればそこで全員が食事をとる。オーガニックでベジタリアン、そしてローカルな食材が話題となり、ファイドンから「The Kitchen」という料理本も刊行されている。それがテート・モダンで再現されているのだ。
メニューは、コース料理1品のみで同席者と皿をシェアするスタイル。コーヒーや紅茶といった飲み物の産地や製造者にさえも、こだわりが感じられる。自分がベルリンで取材したときに食べたものが懐かしく思い出される。すると、インテリアも展覧会に連動していることに気づく。前述のアイスランドのコンパスが、インテリアとして吊り下げられているのだ。時間のない方は、テラス席から人工の滝「Waterfall」(2019年)を鑑賞しながら、お茶をするのも良いかもしれない。
「Olafur Eliasson: In Real Life」では、2020年1月5日までの会期中、エリアソンのサイトやツイッターを通じて、人々からの質問を受け付けている。この展覧会は、オラファー・エリアソンを全く知らない人でも十分楽しめるだけでなく、彼のポリティカルな活動にも触れることができる良い機会になりそうだ。