料理のコツは「いい道具」と素材を生かすこと
ヤスダ屋・安田花織さん(料理家)と蒸篭をつかったイベントを開催

人の頭の中は判りようがないが、「人が味わうときの感覚」は知りたい……という欲求がある。料理家と食事をしたときのことだ。こちらは無邪気にただ、おいしい、おいしい、と言っているのに対し、料理家の彼女は明らかにもっと違う感覚を楽しんでいた。おいしさの感じ方が、脳みその解釈が、明らかに違うに違いない……。それ以来「一瞬でもいいから、料理人の舌と脳みそを借りて味わってみたい」と、思うようになった。

そもそも、食べものは“生もの”だ。“生ものだから賞味期限がある”が、“生ものだから、熟成して美味しくなる”、ということもある。何年在庫を持っていても腐ることのない、うつわや道具を扱う人間とは、根本的に時間の捉え方も違う気がする。

なぜ料理家の話をしたかというと「ヤスダ家」の屋号で料理の仕事をしている安田花織さんに、9月13日(金)からリビング・モティーフで開催される“日本の道具展” でイベントをしてもらうことになったからだ。

小さい頃から、安田さんはレストランごっこに親しんでいた。“ごっご”と言っても本格的なものだったが、親御さんは刃物や火の扱いから割れ物の片付けまで安田さんがやりたがるのを止めなかったと話す。ごくごく自然に、自分でサンドイッチやラーメンをおやつとしてつくっていたのだと言う。そんな安田さんは、高校卒業後、懐石料理の“燈々庵”の厨房に入り修行したのち、2012年に独立。数年前、岩手の漆のイベントの料理を担当してくださった縁で、今回、お声がけした。

▲安田さんのアトリエにも熟成して美味しくなるものが漬けてあった。

打ち合わせのある日、「7月末は、恒例の鮒鮨を漬けに滋賀に行く」と聞いた。熟鮓(なれずし)とも呼ばれる鮒鮨は暑さと時間を経て美味しくなる、調理法に“時間”が必要な料理の代表格。彼女にとっては年中行事のひとつで、本人曰く“仕込み旅”なのだそう。その足で西に向かい、別府で “地獄蒸し”ができる宿に泊まると言う。

地獄蒸しは私も友人と訪れた別府の鉄輪(かんなわ)温泉の湯治宿で体験したことがある。宿に備え付けられた、湯気の沸き立つ独特の釜には籠が設置できるようになっていて、その籠に持ち込んだ食材を入れて蒸すこと数分。蒸気に含まれたミネラルの力もあるようだが、とにかく、なんでも美味しく蒸しあがる。あっという間にどれもこれもほかほかのほくほく。湯気でできあがるアトラクション性の楽しさも相まって、今もその仲間が集まると地獄蒸しの話で盛り上がる。

▲鉄輪温泉の「柳屋」さんでは地獄蒸しの釜があり、調理できるようになっている。(写真 安田花織)

あとで安田さんに聞いたのだが、この別府行きは今回の「日本の道具」展のメイン商材である蒸篭を使った料理の可能性を探るため、わざわざ旅程を変更したものだったと言う。そういえば安田さんは、漆のイベントのときもその漆器のつくられる土地の料理と食材を活かしたいから……と、自主的に岩手を訪れていた。

きっかけがあれば、旅をして、新しい食材に会いに行き、調理法を知り、また次に活かすのがヤスダ屋式。店を持たないのも、思い立ったときにすぐに動けるよう、身軽にしておきたいからだと言う。出張の甲斐あり、蒸篭を使った調理に、いろいろ発見があったそうだ。今度のイベントでは、レモングラスのスープの蒸気で蒸して“湯気の香りを楽しむ”ことを、皆で楽しめるとのこと。

▲蒸篭は“ほおっておいても、たべものをおいしてくれる道具”。「こんな風に、小鉢をいくつか並べて、一気に調理もいいでしょう」と、安田さんがさっとプレゼンしてくれた。

目的に向かい、西へ東へ。活動的な安田さんだが、その印象は実に淡々としている。ふと、料理をおいしくするコツを聞いてみた。「肩透かしかもしれませんが、良い食材、良い調味料、良い道具があれば美味しくできますよ」との返事が返ってきた。 “道具展”の道具を集める人間にとってはでき過ぎな答えだが、同時に、任務の重要性を、どん、と手渡された気がした。

さらに、”料理をつくる意味“を尋ねると「食材のエネルギーを整え、食べる人の力にすること」だと話す。短いが、重みを感じるひと言だ。そして、「料理するときは自分の感情を入れない」と言い切る。決して冷たいわけではなく “素材をどれだけ邪魔しないで、食べてもらえるか”が重要で、それが“感情を入れない”につながっているらしい。

「自分の感覚を押しつけず、食べる方がおいしいと言ってもらえれば満足」という安田さんの言葉は、「料理人の舌を借りて、その味わいを感じたい」という私の考えが、邪念以外のなにものでもないことを諭すようだ。舌は借りられなくても、安田さんの料理がおいしいことには違いない。9月26日(木)のイベントでも、しっかりおいしくいただき、ぜひとも「いい道具を使えば、美味しくつくれる」コツも習得したい。

▲9月26日のイベントをお楽しみに!

前回のおまけ》

▲木曽の旅の最後に連れて行っていただいたのは、山一の柴原さんが敬愛して止まない名工・故小椋榮一さん、息子の正幸さんの作品が並ぶ店、「工房やまと」。小椋さんの木に対する思いが溢れており、またぜひ立ち寄りたい。

日本の道具 ひとてま上手の愛用品

日時
2019年9月13日(金)〜10月15日(火)
*10月1日(火)は臨時休業
会場
リビング・モティーフ
東京都港区六本木5-17-1 AXISビル 1F

トークイベント
「楽しくなる、ひとてま調理の始め方」
日野明子×ヤスダ屋(安田花織)

日時
2019年9月26日(木) 19:30〜21:00
会場
リビング・モティーフ
東京都港区六本木5-17-1 AXISビル 1F
定員
30名 事前予約制
参加費
2,000円
申し込み
トークイベントに参加ご希望の方は
お名前/ご職業/参加人数をご記入の上、メールにてお申込みください。